第36話 ラブラブはほどほどに


 結局睡眠時間が足りなかった。

 その日の馬車の旅は、グロリア様とキャッキャウフフと女子トークを繰り広げるはずだったのに、私一人夢の世界へ旅立ちました。

 グロリア様は長閑な外の世界を堪能していたそうです。

 道は整っており、野営することもないので、御者さんたちも殿下たちも余裕が見える。

 あくびを手で隠していると、グロリア様がくすっと笑った。


「よく眠れていたようですね。可愛らしい寝顔を堪能しました」

「いやいや、可愛くないですから。なにせ兄そっくりのこの顔。男性の制服を着たら兄と見分けつきませんから」

「お兄様も可愛らしい人なのですね」


 そういえばグロリア様は兄さんと会ったことはなかったね。殿下とはだいぶ仲良くなったみたいだけど。たまに見たことのある鳥を飛ばしているから、殿下と兄さんは文通友達なんだろう。殿下、魔道具とかかなり食いついてたからね。好きなんだろうなあ。


「兄はまったく可愛くないですよ。単なる魔道具オタクです」

「まあ。そういえば一度この魔法鞄のお礼の手紙を出したのですけど、返って来た返事が『うちのローズが迷惑を掛けると思うので、それで相殺です』って一言だったの。とても楽しいお返事でした」

「うちの兄が失礼ですいません」


 まともなお返事も書けないのか、と少々がっかりしていると、グロリア様がいいえと首を横に振った。


「とても妹様想いの優しいお兄様だと思ったのよ。私の兄は、女は男を立てるもの、と本気で言っているような残念な兄なので。あまりにも優しくないので、私も兄に優しくするのやめましたの。私だって、立てる男性は自分で決めたいもの。でも、シーマ様は私が立てる前に、私を立ててくださって、手を引いてくださって、お優しくて……あ、あら、私、何を言っているのかしら」

「ごちそうさまです。グロリア様がとても素敵な優しい方と添い遂げられるようで、私も感無量です」

「もうっ」


 両手で赤くなった頬を押さえるグロリア様にほっこりしていると、ゆっくりと馬車が停まった。

 外を見ると、次の街に着いたらしい。入り口の検問で並んだようだ。

 コンコンとドアが叩かれ、頬を押さえているグロリア様の代わりに返事をすると、ドアが開いて噂のシーマ様が顔をのぞかせた。

 思わず生暖かい目でシーマ様を見ると、生徒会室で良く見せていた仏頂面をこちらに向けた。そしてすぐに蕩けるような笑顔をグロリア様に向けた。変わり身の早さに思わず吹き出すと、またしてもシーマ様がこっちに仏頂面を向けた。


「僕の顔がそんなにおかしいか」


 憮然とした口調に、更に笑いがこみ上げる。けれどぐっと我慢して、首を横に振った。

 グロリア様がシーマ様の手に自分の手を乗せると、私に向けていた仏頂面を崩して、足元注意を促しながら紳士的にエスコートし始める。

 毎回のこととはいえ、この変わり身は楽しすぎる。

 グロリア様が安全に馬車から下りることができるので、問題は何もないけれど。


 殿下とザッシュ様は向こうの方で打ち合わせをしているようなので、私は自力で降りようとステップに足を出したら、御者の人が手を貸してくれた。ありがたい。流石殿下が選んで連れて来た御者さんだ。名をトレフ君というらしい。お付きの人は御者さんたちだけなので、旅もかなり気楽だ。グロリア様の身支度は私がやればいいし。

 ラブラブ全開のシーマ様達を横目にしながら、私たちは今日の最後の行程、宿屋チェックインをするのだった。


 そんなこんなで、晩餐という名の夜会の後は特に何事もなく、無事カロッツ国の王都に辿り着いた。いやあの晩餐も何もなかったんだけれど。

 殿下は一人で王城に挨拶に行き、ラブラブカップルとザッシュ様は街の散策。私は明日編入試験があるので一人宿屋でお勉強。

 受かること前提の行程なので、気を抜いちゃいけない。というか皆の「どうせ受かるだろ」っていう全幅の信頼が重い。私そこまで優秀じゃないんですが。

 溜息を呑み込んで、一人残った部屋でカリカリとペンを走らせた私だった。


 試験当日。私は馬車を一台借りて、カロッツ王立高等学園に向かった。

 ここが当座の私の籍が置かれる場所だ。

 毎日授業を受けることはなく、試験を受けて結果を出せばいいだけ。

 にこやかにアレックス殿下が説明してくれたけれど、それって授業をちゃんと受けないと結果出せないんじゃ……?

 

「普通に勇者として国を出た方が、楽だったんじゃ……」

「それだとローズ嬢が学園中途退学になっちゃうだろ。グロリア嬢とシーマは卒業試験に合格したから卒業資格貰ったけど。あの学園、飛び級は一年だけだから一年生は原則卒業試験受けられないんだよなあ」

「そこはほら、殿下特例とか」

「俺そんな権限持ってないって」


 残念だったな、ととても爽やかに言われて、項垂れたのはつい最近。

 別に中途退学でもいいんだけどね……でもそれだと本当に嫁に出るくらいしか将来なくなるからね。

 ああでも、鑑定能力を公表して王家に売り込めば嫁以外の未来もあるのでは。


「美人じゃないから中途退学だといい所に嫁も無理だろうしなあ……」


 一人馬車に揺られながら、溜息と共に零す。

 要するにやるしかないってことだね。ここで踏ん張れば、ドッケン氏お薦めの魚介類を食べに行けるってことだね。

 ……よし、気合入った。頑張ろう。

 試験が終わって時間が余ったら、王都の本屋に行ってドッケン氏の本がないか探してみよう。自分へのご褒美として、一冊くらい買ってもイイよね。

 ぐっと手を握りしめて、顔を上げる。ついでに王都の様子も見ようと窓の外に視線を向ければ、遠くの山の麓にカロッツ王城が見えた。

 その手前の方にある細長い建物が、今向かっているカロッツ王立高等学園だ。

 学校に通うこと自体は嫌いじゃなかったから、もしかしたらここで友人の一人も出来るかもしれない。

 それはそれで楽しみ。

 そう思うことにしよう。

 

 

 

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