第35話 惨敗を喫する


 ザッシュ様の足さばきは巧みだった。

 剣バカだと思っていたのに、リードがやたら上手く、足を踏みに行こうとしても普通にステップになってしまう。

 更に気合いを入れると、ザッシュ様も気合を入れて私を振り回しにかかるので、それについていくのがやっとという体たらく。

 これではだめだ、と足の動きを速めれば、ザッシュ様も難なくその動きについてくる。

 

「……流石勇者の称号を持つ者ですね」

「ローズ嬢の足さばきもキレッキレだぞ。これほど面白いダンスは初めてだ」

「私もです。兄の足をその日は二度と立てない状態にした私のダンスが、今はとても輝いていると思います」

「運動神経も悪くないからな。普段のつまらないダンスだったら始まって五秒で飽きるんだが、これならいくらでも踊っていられる」


 ザッシュ様の瞳も獲物を前にした獣のようにギラギラとしている。

 周りとは一線を画した私達の足狩り……ダンスに、何やら視線が集中している。

 今日は今までで一番踊れている気がするので、そんなに見られるほどみすぼらしいダンスではない筈なんだけれども。

 曲が止まると同時に二人で一礼をし、テーブルに戻ってくる。

 私の惨敗だった。


「くっ……一度も足を狩れませんでした、グロリア様……」

「とても素敵で迫力のあるダンスでしたわ。うっとりしちゃいました。皆の中で一番輝いておりましたわ。お二人とも流石です」


 グロリア様にべた褒めされて、悔しさも霧散する。

 ちょっと息切れ気味な私と違って、ザッシュ様は涼しい顔だ。

 踊ったからにはザッシュ様を狙う後続の子たちが迫りくるかと思いきや、女性たちはザッシュ様を遠巻きに見るだけで踊って欲しそうな視線を向けることはしなかった。


「この国って、女性がダンスを誘っても大丈夫な所ですよね。一度踊ったらザッシュ様に女性が入れ食い状態になると思ったんですが」

「ローズ嬢、言葉遣い」


 シーマ様に注意されつつ周りを注視してみるも、先程までのようなガッツくような視線は消え去っていた。


「そんなに私たちのダンスがダメダメだったんでしょうか。やっぱり一度もザッシュ様の足に打ち勝つことが出来なかったから……」


 溜息を吐けば、皿に食料を山にして優雅に食べていたアレックス様が肩を震わせた。


「違うって。二人のダンスがあんまりにも凄すぎて、あれ以上のダンスを踊る自信のあるやつがいないから、申し出れないんだよ」

「ホントに。まるで舞台上で見る演舞のようだったよ。何やら一つの素晴らしい出し物を見ているような心地だった。ザッシュ達が返ってきたら僕たちもダンスしようってグロリア嬢と話していたんだけど、ちょっと僕でも躊躇うレベルだったよ」


 シーマ様からもまさかの大絶賛だった。

 足の踏み合いが素晴らしいステップに見えていたらしい。


「でもあの勢いで足を狩られたら、流石に俺でも暫くは足逝ってたかもしれないから、負けてやることもできなかったんだよ」

「そんなお情けで勝ちを貰っても全く嬉しくありません」

「ホント、ローズ嬢って今までのご令嬢の常識を覆していくよな。いい意味で」


 それは褒め言葉でしょうか。ザッシュ様をじろりと睨めば、涼しい顔でニコッと極上の笑顔を浮かべた。



 どうやら私たちのダンスが、隣国の勇者の強さを証明してしまったらしく、私のような冴えないご令嬢がそれについてゆけることで、我が国には凄いご令嬢がごろごろいると思われ、求婚合戦は終わりを告げた。もしや私、いい仕事した?

 その後は和やかに過ごすことが出来て、アレックス殿下もゆっくりとご飯を堪能できたらしい。

 領主の思惑は外れたらしいけれど、こっちとしてはイイ感じにお開きに出来て、お腹いっぱいになりながら私たちは宿に帰って来た。

 グロリア様とお互いのコルセットを外しながら着替えをして、部屋に備え付けられた豪華な桶に水と火の魔法でお湯をいれ、布で身体を拭いてさっぱりする。どうせならお風呂に入りたいなと思いながらベッドに入ると、すぐに眠気が襲ってきた。


「グロリア様、明日は一緒の馬車で移動ですね……楽しみです」

「私もです。シーマ様はとても紳士的だけれど、二人きりで馬車に乗っているとちょっと気まずくて」


 困ったように眉を下げるグロリア様に、眠気が少しだけ消え去る。

 もしやあれだけラブラブな二人が喧嘩したとか?

 心配になり、身体を起こして聞いてみる。


「気まずい、とは?」

「シーマ様はね、ずっと馬車の中では蕩けるような笑顔で私を見ているのです。それはもうずっと。だから私がそちらを向いてしまうと目が合うでしょう? そうすると、こう、胸の辺りがドキドキしてしまって……」

「ごちそうさまでした! いやもうそれはいい事ですよグロリア様。だってグロリア様とシーマ様は将来結婚するんですよ。一緒にいてドキドキできる方と結婚出来るなんて、グロリア様の家格のご令嬢からしたらとても素晴らしいことですよ」


 思わぬ恋バナに目が覚醒する。

 ぐっと手を握りしめて力説すれば、グロリア様はそっと頬を赤くして、毛布の中に顔を埋めてしまった。途轍もなく可愛い。これを見ることができないシーマ様、ご愁傷様です。何やら私が悪役令嬢の気分でくくくと笑うと、隣の布団の中から「もうっ」という可愛らしい声が聞こえてきた。

 

 一度飛んでしまった眠気はなかなか戻ってこず、隣から健やかな寝息が聞こえて来ても私の目は冴えてしまっていた。

 なので、諦めて『スピリットクリスタル』のカロッツ国の道中をおさらいすることにした。

 とはいえ、本当にダンジョン内の神殿に行って悪魔と戦って精霊を開放しただけの、レベル上げマップだったので、思い出すことはほとんどない。

 精霊の所にいる悪魔だって、そこまで強いわけじゃなく、たしか風魔法を得意としていた、頭がなくて手が鳥の羽になっている悪魔だ。有名どころの美術館に飾られている石膏とそっくりなその悪魔は、天使なのか悪魔なのかはたまた堕天使なのか鳥なのかと、ネット上で議論を交わされたもの。でも、強くもないし空を飛ぶわけでもない、物理で叩き潰せるので、楽勝で精霊を開放できてすぐに海のある国に向かったんだよね。

 

「もしかしてその精霊を助ければ、この国の風も元通りになって、この国特有のハンググライダーも再開されるのかな……そうしたらちょっとはヤル気も出るよね」


 とはいえ、その神殿のあるダンジョンは中央。そこまではあと数日の馬車の旅が待っていて、しかもダンジョンに行く日程の余裕があるかどうかもわからない。

 まずは私の学園テストもあることだし、臨機応変でいこう。

 そうしよう、と決めたところで、心に余裕が出来たのか何なのか、ようやく消え去っていた睡魔が戻って来た。

 これをのがしては徹夜になってしまうので、今度こそ大人しく睡魔に身を任せることにした。

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