第34話 乙女ゲームの戦場



 案内された広間には、沢山の着飾った紳士淑女が集まっていた。

 アレックス殿下歓迎の晩餐……パーティー?

 ザッシュ様にエスコートされながら、私は片っ端から鑑定していった。

 私たちと同世代の女性を連れた方たちが多い。これは、隣国の王子が来るよ的な呼びかけを受けたらしい。

 ここの領主の思惑は、誰でもいいからこの国の女性と殿下が恋仲になって、婿入りでもすれば輸入関連に力を入れてウハウハになるのではというものだった。

 うちの国の王宮から、この地に一泊すると連絡が入った時点で、周りの人達に声を掛けて、最速でこの晩餐の用意をしたらしい。根性が凄い。

 そしてその中の一人に、ここのご令嬢も入っているらしい。

 見る限り、皆華のある綺麗系女子が多い。まあ皆グロリア様の美しさには負けるけれど。私が隣に立つと、その人の引き立て役にしかならないから、壁の花と化していよう。もしくはグロリア様の横にいて、グロリア様をこれでもかと引き立てよう。

 そんな決意を抱きながら領主をご挨拶すると、ザッシュ様は私の手を引いて早速テーブルのある方に足を進めた。

 グロリア様たちもわかっていたようで、私達がテーブルの方に行くのを見越して、既にそこにスタンバっていた。

 殿下は残念ながら女性たちに群がられているけれど、素晴らしい話術と巧みに貼り付けられた笑顔で、うまく躱している。私には出来ない立ち回りだ。そういうところ、王族として揉まれたんだなと納得させられる。普段は冒険者の中に入っても違和感ないくらい態度が庶民的なのにね。

 殿下以外が揃ったところで、私はそっと口もとを扇子で隠し、グロリア様にくっついた。そしてそっと囁く。


「グロリア様、ここは、私達を歓迎すると見せかけた、婚活パーティーです」

「あらあら」

 

 シーマ様に「言い方」と注意されてしまうけれど、他にどう言いようがあると?

 チラリとシーマ様に視線を向ければ、眉をしかめて厳しい顔つきになったシーマ様が、さりげなくグロリア様の手を取っていた。ずっと手を繋いでいる気満々だ。周りの視線から、自分も狙われているということがわかったらしい。ザッシュ様は敢えて皆の方に背を向けて、こっちを見ている。正しくは、私達の後ろのテーブルにあるお菓子だけれど。

 こういうところではガタイの大きなザッシュ様がお菓子を食べるのはとてもおかしいと、両親や周りの人たちから止められているらしい。

 とても獰猛な野獣の顔つきをしているけれど、その顔すらモテ要因だから気を付けて欲しい。

 

「という訳で、私とグロリア様の役割はもう終わりましたので、一緒に美味しいお料理に舌鼓を打ちませんか」

「いいですわね。シーマ様もザッシュ様もテーブルをお借りしましょう」


 ご挨拶が終わったら、今度はダンスが始まるんだけれど、三人ともダンスをする気はないらしい。

 殿下が何曲踊るかを賭けながら、私達を丁寧にテーブルまでエスコートしてくれた。会話はとても下賤っぽくて見た目とのギャップが楽しい。

 椅子を引いてもらって座りながら、これが乙女ゲームクオリティーか、と溜息を呑み込む。会話はどうあれ、動きは洗練され、二人とも紳士の動きが身についている。

 むしろ魔物討伐やレベル上げよりも、女性からのアプローチを躱す方が余程難易度が高い。これはもしかするとグロリア様も誘惑されるかもしれないね。数少ない同世代の男性は、自国の女性よりもグロリア様に視線が釘付けだもの。シーマ様が常に横について、手を握って、お互いがお互いしか見えてない演出により、周りでは溜息を吐きまくっているのが鬱陶しい。

 これは「あーん」もやっちゃうのでは、とちょっとだけ期待しながら二人の世界を堪能する。やっぱりこういうのは外野が一番安心安全だよね。私にはまったく視線が来ないからとても楽でいい。

 という思いは、口から出ていたらしい。

 私の隣に腰かけていたザッシュ様が変な顔をして私を見下ろしていた。


「ローズ嬢は本当に女性か……?」

「失礼な。男性に必要な物を私は持っていません」

「……」


 視線が、女性はそんなことを言うわけない、と語っているけれど、知らない。

 女性に必要なでっぱりもないので、そちらを比喩には使えなかったんだよ。

 にこやかにザッシュ様を見上げれば、ザッシュ様は盛大に溜息を吐いていた。


「ローズ様の心根は男性よりも素晴らしいと思います」


 グロリア様に笑顔でそう言われたので、私は今までの生きざまは間違えていなかったんだということを確信した。

 


 宴もたけなわ。

 殿下はそろそろダンスを五曲目に入ろうとしている。まだまだスタミナは残っているようで、フラフラもせず笑顔も衰えない。

 同じ女生徒二度踊るなどという愚は犯すことなく、無難に乗り切っている殿下の、社交能力の高さには舌を巻く。

 私達はずっと同じテーブルに陣取って、美味しいご飯を食べている。給仕の人たちが用意してくれるので、色々と頼んでるのだ。それにしてもカロッツ国の料理も美味しい。

 身体の大きなザッシュ様も、細身のシーマ様も健啖家らしく、気持ちいい程沢山食べている。本来はこういう場所ではずっと座って食べているのはマナー違反なのかもしれないけれど、育ち盛りだから食べないとやっていけないよね。というか下手に席を立つと身の危険が迫る人が約三人ほどいるので、皆大人しく座っている。

 私はもちろん一度お花を摘みに席を立ったけれど、無難に案内されて普通に帰って来た。話しかける人もほぼいなかった。

 皆に通知されているのは、四人が『勇者』で私は単なる留学生だから、立場が全然違うんだよね。これも殿下が色々してくれたからこそなんだけど。今も矢面に立って風除けになってくれている。殿下が王位を継いでも全く問題ないんじゃないか、なんてちょっとだけ思っちゃったりする。王太子殿下も隙あらばアレックス殿下に継承権を明け渡したそうにしていたしね。その二人にして「絶対に王位あげられない」と言わしめる第二王子殿下、恐るべし。会ったことないけど。


「そろそろお腹いっぱいですね」


 たんと美味しいものを食べて幸せいっぱいに呟けば、いまだに皿を山にしているザッシュ様が「そうか?」と首を傾げた。


「まずザッシュ様とは胃袋の大きさが違いますので。私燃費いい方なんですよ」

「少食だから育たないんじゃないか? 小さいし」


 身長のことを言っていて、まったく悪気がないのはわかっているけれど、カチンとくる。女性特有のでっぱりのことを言っているわけじゃないのはわかってるけど。

 いやはや、乙女ゲームの攻略対象者のくせに、ここまで色気がないって問題じゃないか? 黙っていればどの女性も溜息を吐くような美形なのに。口を開くと一気に残念になるの、どうなの。あれえ、ザッシュ様ってギャップ萌え枠じゃなかったよね。筋肉枠だったよね。脳筋ではないのは私以外への雰囲気読めるし状況読めるし成績いいしでわかってはいるんだけど。


「なるほどなるほど、私がザッシュ様の中の女性枠に入っていないだけか。納得」

「ローズ様? それは納得しちゃいけないところよ。ザッシュ様の足を思いっきり踏んでよろしいのよ」

「いいですねそれ。ザッシュ様。足をふ……腹ごなしにダンスでもしましょうか」

「俺の足を狙ってないか? そう言われてはいそうですか、なんて」

「逃げるのですね、私の挑戦を受けずに、尻尾を巻いて逃げるのですね」


 笑顔でそう言えば、ザッシュ様は獰猛な魔物のような雰囲気を漂わせて、椅子から立ち上った。


「ローズ嬢、パートナーである私と踊って貰えますか」


 まるで食いつきそうなほどに獰猛な笑顔で手を差し出してくるので、もちろんとその手を取る。

 ダンスは嫌いじゃないけれど、ハッキリ言って苦手だ。兄さんの足を再起不能にしたことも何度かある。二度とローズとは踊らないと言わしめた私のダンス、とくと味わうがいい。

 きっと私とザッシュ様の後ろには、『勇者VS勇者 ダンス対決』とテロップが流れていることだろう。これはダンスという名のバトルだ。これまでに上げたステータスの全てを駆使して足を狩りに行く!

 

 

 

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