第33話 お土産はイチャイチャの道具ではない
ザッシュ様は、宿に帰り着くと躊躇いなくお高いマカロンを皆に渡していた。自分用と私用まで買ってくれて流石と言わざるを得ない。こういうのがモテる秘訣なのかもしれない。
今日食べてしまうのはとてももったいないので、私も自分のマジックバッグにしまうことにした。
「素敵ですわね。晩餐があるので全て食べるのは躊躇いますが、一つだけ……」
ピンク色のマカロンを手に取ると、グロリア様が小さく一口齧った。齧った瞬間、目を見開いた。
「口の中で溶ける……! 上品な甘さで、とても美味しいです……!」
ホワンとした顔で嬉しそうに呟くと、残りのマカロンを数回に分けて口に詰め込んだ。ああ、食べ方までお上品。私一口で食べましたがなにか。
シーマ様はグロリア様のその蕩けるような笑顔を見て、自分の手にあった箱をそっと開けた。
そして、一つつまみ出すと、そっとグロリア様の顔の前に持って行った。
「グロリア嬢、はい、あーん……」
シーマ様がそう言うと、グロリア様は少しだけ恥ずかしそうにして、でも周りに私達しかいないということを確認すると、サクッとシーマ様の手にあるマカロンを齧った。
「~~~~!」
心の中で盛大に鐘が鳴っている気がする。神の祝福がある時に教会で鳴らす大きな鐘の音が。
きっとシーマ様の心の中でも盛大に祝いの鐘が鳴っていることだろう。このまま教会に駆け込んでしまいそうな顔をしながら、グロリア様にマカロンを差し出し続けている。
「見ているだけで胸が焼けてくるな……」
殿下の呟きには、盛大に同意しておいた。
さて、カロッツ国国境街の領主にお呼ばれのため、私達は持ってきたドレスを身に着けて、身だしなみを整えた。
グロリア様は相変わらずとても綺麗で可愛らしい。その横の私はどうひいき目に見ても引き立て役。グロリア様の引き立て役なんて、役得でしかないよね。シーマ様あたりの服を借りたら兄さんの出来あがり待ったなしだからね。視力はだいぶ低いから眼鏡は外せないし。ドレスに眼鏡なんて本当に似合わないんだけれど仕方ない。この世界コンタクトレンズなんてないし、足りない技術で作った物なんて怖くて目に入れられない。それも持っている数個の眼鏡の中から比較的可愛らしい花のついたものを選ぶ。失礼にならない程度に。この世界の眼鏡はお高いけれども、兄さんが自分の技術を駆使して私に作ってくれたのだ。ありがたい。
最後の仕上げとばかりに椅子に座っているグロリア様の髪に花の飾りをつけていると、部屋のドアがノックされた。
「そろそろ出るが、用意は出来たか?」
「あ、はーい」
声がアレックス殿下のものだったのでそのまま返事し、最後にグロリア様の髪型を確認して頷くと、私はドアに向かった。
ゆっくりと椅子から立ち上ったグロリア様は、とても神々しく、このまま絵画になっても問題ないんじゃなかろうかと思った。とはいえ、旅路途中の晩餐なのでそこまでかしこまったドレスではないんだけれどね。
グロリア嬢のドレス姿は、シーマ様には眩しかったらしく、シーマ様はそっと顔を手で覆って何やら呻いていた。そこまで行くと挙動不審なのは自覚しているんだろうか。悶える気持ちはわかるけれども。
シーマ様とて乙女ゲームの攻略対象者。顔も頭もいい。クール担当なだけあり、普段は冷静沈着で、多分一番裏を読める人物だと思う。けれど、グロリア様の前に出るとこの残念さ。ギャップに萌える人ならば、きっといちころだろう。グロリア様がギャップ萌え属性があればとてもお似合いだね。今の所鑑定ではそんな言葉出てきていないけれど。
そして今度はシーマ様がエスコートのため、グロリア様と二人でさっさと馬車を走らせてしまう。
残った私は、「あーあ」と声を出すアレックス殿下に手を借りて、馬車に乗り込んだ。馬車のステップは高いので、足元の見えないドレスを着ていると、一人で乗り降りは大変なのだ。エスコートって大事。最後にザッシュ様も乗り込んで、三人で領主の館に乗りつけた。
「晩餐……とは」
半眼でアレックス殿下を見れば、アレックス殿下も苦いものを噛んだような顔つきだった。
馬車が沢山停まっており、中からは上品な音楽が流れている。
人の気配も多くて、気軽な晩餐とは言い難い雰囲気だった。
これはもう、パーティーでは? パーティーですよね。
問題なのは、私の相手をどっちがするかだ。
チラリと二人を見れば、二人は顔を見合わせて肩を竦めた。
「菓子同盟仲間として、俺がエスコートしよう」
「ここは王子に譲るべきでは?」
「ここの領主はローズ嬢と同じ歳のご令嬢がいるんだろ。そのエスコートを秘密裏に頼まれたんじゃないのか?」
「な、なぜ知っている。やんわり断ったんだよ。流石国境というか、ここの領主は食えないやつだからな。隣国のよしみでこれを機に婚約をなんてぶち込まれでもしたら笑えないからな! その点ザッシュなら騎士団長の息子とはいえ家格は伯爵だからがっつかれないんだよ」
「もしここの令嬢が俺のことが好みだったらどうする」
「うわお前自分でそれ言うか」
うわーうわー、と騒いでいるアレックス殿下も、俺に惚れたらどうする発言をするザッシュ様も、乙女ゲーム攻略対象者なのでスペックは総じて高い。
そうだねー。たしかに一度ダンスを踊っただけで惚れた子とかも多いからね。それは心配だね。
生暖かい目で二人を見ていると、二人はハッとしたようにこっちを向いた。
「ローズ嬢はどっちがいい? 今ならお買い得だよ」
「俺を選んでくれたら、さっき買った菓子を……ううう、一粒、やろう」
「いやいやいや、たたき売りしないで下さい」
とはいえ、どっちを選ぼうがご令嬢が惚れる時は惚れるし、家格だって立場だってすごくいいんだよ。私なんか風が吹けば飛んで行ってしまう程の貧乏伯爵家令嬢ですから。
でもこの場合は、ザッシュ様を選んだ方がまだいい気がする。
殿下の場合は是非婚約を、と言われてもお断り出来る立場だけれど、ザッシュ様の場合は家格は多分こっちの方が国は違えど上だから、断るのもひと悶着あるかもしれない。もちろん、ご令嬢が惚れると決まったわけじゃないけれど、最悪の事態を想定して動いた方がいいしね。
「最終的には勇者という称号を盾にすれば回避できるのでは? というわけで、ザッシュ様、お相手お願いします。私、ダンスは下手くそなんで、足を踏みそうになったら素早く逃げてください」
「おお! 了解した! 菓子は」
「大丈夫、私もう頂いてますから、ザッシュ様の分はザッシュ様が食べて下さい」
「ローズ嬢は女神か」
目をキラキラさせるザッシュ様をはいはいといなして、馬車から下りる。
一人になったアレックス殿下は、まあそうだよな、と呟きながら一人とぼとぼと歩き出した。
けれど入り口にさしかかったところで、ゴージャスに着飾ったご令嬢が立っているのが見えた。
思わず鑑定を掛けると、その後令嬢がこの領主様の家のご令嬢だということが伺えた。ちなみに、隣国の王子を、ひいてはこんな辺境で一生を過ごすことなく、玉の腰を狙っている模様。愛情とか一目惚れじゃないのが救い、かな。
「この度はお越しいただきまして、ありがとうございます」
「こちらこそ、歓迎感謝する」
スッと顔を作ったアレックス殿下は、ご令嬢に案内されるまま、館内へ足を踏み入れた。
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