第32話 ザッシュ様と一緒



「街に着いたら買い物とか出来るでしょうか」


 他国の街なんて、ワクワクしかない。

 ぐっと手を握りしめてグロリア様に訊けば、グロリア様は苦笑しながら頷いてくれた。

 私だけが皆とは違う状況で国を出て来たけれど、勇者の皆はとりあえず「精霊様を救え」という漠然とした指示しかないので、私の行動に合わせてくれる。

 なので、学園で試験を受けたら、皆にレベル上げをしませんかと声を掛けようかなと思っている。

 もちろん、この国の小型ダンジョンへだ。一人では自殺行為でも、皆がいれば多分楽勝。だってまだマップ上では序盤だから。全てが全てスピリットクリスタルのストーリーと同じだとは思わないけれど、泉の悪魔は通常通りの強さっぽかったから、きっとダイジョウブ。勇者だって本当は二人の所五人まで増えたしね。


「他国に足を踏み入れたというだけで、胸がどきどきいたしますわね」


 グロリア様もそれなりに楽しみにしていたらしく、頬を紅潮させて胸を押さえた。この姿をシーマ様が目にしなくてよかった。きっと暴走する。絶対に暴走する。

 婚約してからのシーマ様は、グロリア様に向けるハートが振り切れんばかりにマックス状態なんだもん。ぐっと一気に好感度が上がり切って、浮かれ切っているのが丸わかりだった。きっと私の表情を見て、聡いアレックス殿下は大体の事が読めたと思う。二人きりはヤバい、と出発前に私にも忠告してくれたので。たしかにヤバいです。旅の途中でグロリア様に赤ちゃんが出来てしまったりなんかして、グロリア様が抜けたら絶対にシーマ様もついて行くし、そうなると大幅戦力ダウン確定。お二人の愛の結晶はとてもとても見たいしこの腕に抱いて愛でてみたいけれど、今はちょっと時期的に難しいからね。シーマ様には殿下からちゃんと釘を刺して貰っている、はず。

 そんなことを考えている間に、街に入り、今日泊まる予定の宿に着いた。

 馬車が停まってドアが開いたその目の前には、シーマ様がでんと構えていて、グロリア様に手を差し出していた。はい、お約束ですね。半眼で見ていれば、外ではアレックス殿下が溜息を吐いていた。仲がいいのはいいんだけどね。


「まあ、危ない時にグロリア様の盾にはなるかな」


 という私の呟きは、その後手を貸してくれたザッシュ様にまるっと聞かれてしまい、ザッシュ様の肩が震えていた。



「時間があるので、僕たちはちょっと必要なものを買い出しに行ってくる」


 キリッとした顔で宣言したシーマ様の手には、グロリア様が捕獲されており、否、ラブラブ繋ぎされており、二人で買い物デート行きたいという気迫が読み取れた。

 

「じゃあ私はザッシュ様と甘味探しの旅に」

「ここは俺が奢らせてもらおう」


 私の冗談の筈の一言は、ザッシュ様により実行されることとなった。スポンサーとして。

 一人取り残されたアレックス殿下は、苦笑しながら一人お留守番と相成った。

 

「俺は手続きや挨拶があるからそっちをやっとくよ。夜はここの領主に晩餐に呼ばれているから、そのつもりで早めに戻ってこいよ。特にシーマ」

「なななななんで僕を名指しで! そ、そんな破廉恥なことは考えていないから!」

「俺は何も言っていないが? デートに浮かれて時間を忘れるなよって言いたかったんだよ」


 うわー! と顔を手で覆って真っ赤になったシーマ様は、まさにほんの少しだけ破廉恥なことを考えていたらしい。鑑定なんか使わなくても丸わかりである。

 生暖かい目で慌てて出掛けていく二人を見送ると、私とザッシュ様も街へ繰り出した。

 ドッケン氏によると、カロッツ国境の街にはとても可愛らしい焼き菓子が売っているらしい。

 中央通りの武器屋の角を曲がってすぐの可愛らしいお店だそうだ。

 それをそのままザッシュ様に伝えると、目を輝かせて足早に移動を開始した。

 ザッシュ様は早歩きだけれど、私はもはや駆け足である。

 息を切らしながら武器やに辿り付くと、ザッシュ様がまるでワンコのように目を輝かせて早く早くと急かしていた。

 

「ま……って、下さい……息切れが……」


 角を曲がったところでとうとうスタミナ切れとなり、足を止める。とはいえ、もうお菓子屋さんは目と鼻の先、の筈。

 息を整えながら周りを見渡せば、たしかに可愛らしい女性が好みそうな小さなお店があった。


「これは……男性一人では入りにくい、かも」

「たしかに、たとえ菓子のためとはいえ、ちょっと躊躇う外観だな……」


 ヒラヒラフリフリのレースで飾られたドアの内側は、窓から見える限りピンクに染まり、到る所にレースのお花が飾られていた。

 そのレースに埋もれるように、まるでマカロンのような焼き菓子が可愛らしくデコレーションされて置かれている。


「だいぶお高そうですねえ」

「でも美味そうだな」

「そうですね。でも私でもこのお店には入るのを躊躇います……グロリア様と二人ならきっとすんなり入れそうなんですけどね」

「ああ……シーマを、グロリア嬢で釣るか」


 ザッシュ様の言葉に、目が半眼になる。お菓子のためなら友人を使うことも躊躇わないこれは、非情と言っていいのではないだろうか。

 でもせっかくここまで来たんだし、とドアに手を掛けた。

 躊躇いながらドアを開けると、外から見える数倍は可愛らしい内装の店内が現れた。

 本格的総レース。そしてピンクと白基調なのが何とも言えず乙女チック。

 焼き菓子が置かれた場所はカウンターの所だけで、他はレース調の小物やアクセサリーが置かれていた。

 

「……ここをお薦めに入れたということは、ドッケン氏はここに来たことがあり、且つ、お菓子を買って食べた、ということか……」


 一人で来たとしたらそれはもう勇者だ。

 尊敬の念を強くしていると、ザッシュ様がそっとカウンターに近付いた。


「この焼き菓子を、五セット程包んでくれ」

「かしこまりました。包みはこちらの白とピンクどちらになさいますか。リボンは赤とピンクが選べます」


 にこやかに対応してくれるのは、とても可愛らしいお姉さんだった。恰好がこの店にピッタリな可愛らしさだったので、もしかしたらこの方がこの店をプロデュースしたのかもしれない。 

 ザッシュ様が買ったマカロン五個セット五箱分は、お値段が笑っちゃうほどお高く、私がもし足を踏み入れてもお菓子には手が届かなかっと言わざるを得なかった。

 包み用レースとリボン選びを渡しに丸投げしたザッシュ様は、「ここで食べることは出来ないだろうか」と店員のお姉さんと交渉をし始めた。


「これは最近流通し始めた白い砂糖とナッツを砕いて最高級の小麦と混ぜて焼き上げた高級品となります。お味見でしても買っていただきませんと……」

「これとこれとこれを買おう」


 躊躇わずお高いマカロンを三種類買ったザッシュ様は、金貨を取り出し、お姉さんに渡した。


「釣りは取っておいてくれ。その代わりここで食べてみたいのだが」


 待てが出来ない状態に陥っているのですね……

 まるで見えない尻尾を全力で振っている様に見えるザッシュ様に、私は溜息を呑み込んだ。

 けれど、半眼でいたのもザッシュ様が私にマカロンを差し出してくれた時まで。

 

「ローズ嬢も一つ食べてみろよ」


 ほら、と三つで金貨一枚よりちょっとだけ安いくらいの焼き菓子を躊躇いなく私にくれたザッシュ様を、私は全力で見直した。

 三つのうちの一つを私に食べさせてくれたザッシュ様は、もう一つを自分の口に放り込むと、目を見開いてモグモグし始めた。


「美味い! これは……今まで食べた菓子の中で一番美味いな……! ……買い占めたい」

「ザッシュ様、最初の店で持ち金全てなくすのは悪手ですよ」


 残りの一つをザッシュ様の口に放り込みながらそう言うと、ようやくザッシュ様の暴走は止まった。

 苦笑するお姉さんから包んでもらったマカロンを受け取りながら、まだ名残惜しそうなザッシュ様を店の外に誘導していく。

 美味しかったけどね。最高級お菓子って感じでとても夢心地になったけどね。

 バラで四個買うと金貨一枚から頭が出るお値段を、そんなおいそれと買うことなんて出来ないよね。

 ザッシュ様が手にしているお土産ですら、金貨が大分山積みになったからね。もうレースに包まれた箱が金貨にしか見えないよ。

 

「いやあ、いい店だった。見た目で尻込みしてはいけないな」


 やっぱりあの店構えはザッシュ様にとっては入りにくかったらしい。でかい図体にキリッとしたまさに男前というような面構えなので、たしかに総レースのお店では違和感しかなかったけれど。そこら辺の躊躇いも吹っ飛ばすほどマカロンの味をお気に召したらしい。たしかにマレウス国では売ってない焼き菓子だからね。


「これは、マジックバッグに入れたら時間も止まるのか?」

「そうですね。空間と時間に干渉している様ですから、物は腐らないそうです」


 兄さんの受け売りの説明をしたら、ザッシュ様は「だったら行った先で菓子を大量に買ってもいつでもどこでも食べられる……!」と何やら不穏な事を呟いた。

 もしかして、ザッシュ様の頭の中は世界菓子探索の旅になっているんじゃなかろうか。不安……



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る