第5話 新入生歓迎会


 ヒロインちゃんにはああ言ったけれど、補佐の仕事は実はそこまで多くない。普通は。

 けれど私が付いたのはグロリア様。通常仕事の他にインク壺、ペン、お茶、書類の死守も入ってくると、なかなか気が抜けない。

 そして魔王様なライ君は、だいぶシーマ様にこき使われている。補佐の仕事を逸脱するほど、何かを任されているようだ。優秀なんだろうな。

 アレックス殿下とザッシュ様はほぼ生徒会室に顔を出すことはなく、書類の配達類は殿下たち自ら行っているらしい。トップの仕事じゃない、と思わず呟いたら、殿下が「俺は書類仕事より身体を動かしてる方が好きなんだ。それに、シーマがいるだろ」と気さくに笑った。

 実際、殿下たちが各クラスに書類を集めに行くと書類収集率は100パーセントなので、適任なのだそうだ。

 なるほどね。確かに殿下自ら「出てない書類集めに来たよ」なんて出向いたら「出せません」なんて言えないよね。


「それにしても、今年の補佐は滅茶苦茶優秀だな」


 珍しく生徒会長の椅子に座っていた殿下が、カップを持ちながらしみじみと呟いた。

 今は手を止めてお茶を飲む時間。机の上には書類はない。

 グロリア様がよくお茶を零してしまって書類を汚すと聞いてから、お茶の時間には絶対に書類仕事をしないで休むように進言したら、一も二もなく通ったのだ。でもこれならいくら零しても仕事に支障はない。それに休憩時間を設けたら、アレックス殿下たちがその時間には顔を出すようになった。やっぱり書類仕事したくないんじゃないかな、なんてうがった見方をしてしまうけれど、殿下たちがその日何をしたのかを確認できるのはとても大きい。


「本当にな。今年に入ってからグロリア嬢のミスが減ったのも、一年のお陰だよな」

「本当に。ローズクオーツ様には助けられておりますわ」


 グロリア様がシーマ様の言葉に笑顔で頷く。

 パターンは知ってるからね。知っていたら防ぐのもそれほど難しいことじゃないよね。グロリア様自身が転んだりぶつけたりしない限り。

 ザッシュ様が差し入れてくれたお菓子をほおばりながら、「そんなことはないですよ」と謙遜すると、シーマ様がさらに口を開いた。


「ライもすごいよな。もしかしたら僕よりも仕事が早いんじゃないか?」

「え、そんなことないっすよ。指示がいいんすよ指示が」


 シーマ様に手放しで褒められたライ君は、微妙な顔でそう返していた。魔王が書類仕事得意って、意味がわからない。ライ君が優秀なのは知ってたけれど、書類仕事得意な魔王って字面がまず変だと思うのは気のせいかな。気のせいだね。ライ君は平民枠ライ君だもんね。商家の息子なら書類仕事得意なのもうなずけるよね。


 私が今数字をまとめている新入生歓迎会。

 これはゲームイベントでもあった。ペアを組んだ相手と校舎内を移動して、トラブル現場に向かう。向かったところで問題を起こしている生徒に対して間を取り持つ、風紀に通報、教師を呼ぶの三択から一番いい処置だと思うものを選んで、その通りに行動すること。私も当日生徒会として動くのかと思ったら、私とライ君は迎えられる方なので当日は仕事免除となった。シナリオと違う。

 歓迎の内容は、毎年違うらしい。今年何をやるのかは教えて貰っていない。もちろん企画書なんか私たちの目にはつかない。何を購入したのかとどれだけの予算が組まれているのかというのはわかっても、それは毎年学園内に来る商人たちの露店の収支だから出し物のことはわからないようになっている。

 シナリオとは逸脱したので、私も内容はわからない。

 

「何をするのかヒントくらいは貰えないんですか?」


 気になってグロリア様に訊くと、グロリア様はうふふ、と含み笑いをしてから、首を横に振った。


「当日のお楽しみですわよ。今回はとても大規模な……」

「グロリア嬢。そこまでだよ」

「あら、私ったら。ごめんなさいね。お仕事しましょう」


 グロリア様がうっかり口を滑らせそうになったところで、アレックス殿下がストップをかけた。惜しい。もう少しで内容訊けるところだったのに。

 思わずチッと舌打ちすると、目の前に座っていたライ君が驚いた顔でこっちを見ていた。ごめんよ、貴族令嬢が舌打ちしたりして。



 という訳で新入生歓迎会当日。

 皆は歩きやすい服装を身に纏って、森の中に立っていた。

 私もスカートタイプの乗馬服を身に着けている。周りの同級生たちも、それぞれ剣技の授業の時に着る服などを身に纏っていて、いつもの制服授業風景とは違った雰囲気でちょっとワクワクする。

 

「皆揃っただろうか。今日は我々二年、三年が皆の実力を測るとともに、共に不測の事態に陥った時の冷静な対処の方法を皆に伝授しようと思う。今日のために我々は様々なトラブルを想定して訓練を行ってきた。それが少しでも身につき、皆の糧になればと思う」


 そんなアレックス殿下の挨拶と共に新入生歓迎会は始まった。

 上級生たちはこの森の中に隠れて、簡単な罠を仕掛けたり、初級魔法で攻撃したりするらしい。一年生はそれを全力で阻止し、時に迎え討ち、ゴールである学園の入り口まで辿り付かなければいけない。タイムリミットは日没。もし皆の力で倒せない魔物が出たり、不測の事態に陥ったら、もちろん近くにいる上級生に助けを求めても全然オッケー。速やかに上級生は一年生を助けること。

 罠にはまったり怪我をしたものはリタイアも大丈夫。特にペナルティもないそうだ。

 殿下が広げた地図によりと、森はだいぶ広い。

 こんな地図、あの乙女ゲームにあったかな? 大体校舎内、そして生徒会室がメインだからこんな森なんて出てこなかった気がするんだけど。

 でもこの地図どこかで……。

 首を捻っている間に、アレックス殿下の合図で皆は大体3~5人の組に分かれていた。

 わ、出遅れた。周りを見回せば、皆がしっかりと仲良しグループで固まっている。ヒロインちゃんもいつも一緒にいる子たちと五人のグループを作っていた。女子グループに死角はなかった。だったらライ君が頼りだ、と探すと、ライ君もちゃっかり三人のグループを作っていた。

 そこでハッとする。ライ君と同じグループに所属している男子生徒、どこかで見たことがあったような。一緒にいる少し小さめの男子も。あれえ、どこだっけ。他にはあまりない赤毛と紫毛は忘れようもないのに……

 でも三人ならまだ余裕あるかな、混ぜて貰おうかな、と足を一歩踏み出したところで、鑑定の文字が目に入った。


『レグノス

 職業:学生 孤児

 レベル:21

 スタミナ:92%

 体力:221

 魔力:235

 知力:43

 防御:78

 俊敏:35

 器用:32

 運:54

 スキル:斬撃 身体能力アップ (勇者の心)

 身体の奥底に人知を超えた力を秘めているがまだ覚醒には至っていない

 ♡♡♡♡♡ 』


『トレイン

 職業:学生 宮廷魔導師候補

 レベル:19

 スタミナ:76%

 体力:78

 魔力:559

 知力:65

 防御:22

 俊敏:19

 運:43

 スキル:連続魔法 魔力アップ (大魔導師の心)

 子爵家の庶子 魔力が多く魔法攻撃力に優れている 今から宮廷魔導師への勧誘を受けているが返事を保留している

 ♡♡♡♡♡ 』


 あ、これアレだ。RPGの勇者と魔法使いだ。

 沢山レベル上げてめちゃつよにした勇者と魔法使いだ。まだ育ってないけど。この二人レベルカンストさせると魔王のステータスすら凌駕して人類辞めちゃう部類になっちゃうんだよね。

 なるほど勇者の卵を潰す、か。

 見ている限り、とても楽しそうに話をしていて、ライ君に勇者を潰すそぶりは見えない。何なら親友的な親しさすらある。

 よし。

 あのグループに入るのは止めよう。絶対に何かに巻き込まれる。

 出した足をひっこめ、ボッチな自分に溜息が出る。

 そもそも生徒会に入っている時点で女子受けはだいぶ悪いんだよね。しかも出自が貧乏伯爵家だから余計に。

 寂しくないもん、とぐっと手を握ったところで、後ろから肩を叩かれた。

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