第7話 気付けばRPGの世界でした

「ここが一応行動範囲の終点だ」


 シーマ様が目の前の大木を見上げてそう言った。

 ここから先は上級生の魔物の間引きも行われておらず、生徒が使うような整った道もないんだそうだ。

 確かに地図ではここから先は深い森となっている。

 でもやっぱりこの地図どこかで見たことあるんだよな……?

 首を捻りながらシーマ様の地図を覗き込んでいると、真横で「キャッ」という可愛らしい悲鳴が聞こえた。

 

「グロリア嬢!」


 ザッシュ様の叫び声と共に真横に視線を向けると、隣にいたはずのグロリア様の姿が消えていた。

 そして、ザッシュ様が私の真横に飛び込んだ。

 足の下からズザザザ……と土を滑る音が聞こえてくる。

 見下ろせば、木の根の間に人が一人入れるほどの穴が開いていて、土の音はその中から聞こえて来た。

 

「もしかしてグロリア様ここ落ちました⁉」

「ごめんなさい……、ザッシュ様に抱えて貰って、無事でした~」


 穴の中から、私の叫びに応えるようにグロリア様の声が聞こえてくる。

 ザッシュ様素早い。さすがアレックス殿下の護衛。

 アレックス殿下とシーマ様も穴を覗き込み、おーいと声を掛けている。


「ザッシュ! 登ってこられるか?」

「土が柔らかくて無理です」


 確かに、ザラララ……とザッシュ様が動くたびに聞こえてくる。

 アレックス殿下は一度顔を上げると、私とシーマ様に顔を向けた。


「これは俺たちが下りて合流するしかないな」

「そうだな」


 二人はうんと頷くと、同時に私に視線を向けた。


「ローズクオーツ嬢はこのことを学園に報告してもらいたいんだが……」

「私戦闘力へっぽこですのでここで一人放り出されるより皆と一緒に地下に行った方が生存率高いです」

「しかし……」


 ここで置いていかれるのは無理です。

 魔力はあっても鑑定に極振り状態なので、独りで学園まで帰れる気がしないです。

 だから皆が入ると決めたなら、ついて行くしかできない。

 非力がニクイ……

 どうしようかと思案している二人に、私は声を掛けた。


「じゃあ私が先に入りますね」


 そう言うなり穴に飛び込んだ私に、二人は驚いて止める間もなかった。よし、私の勝ち。

 あの土の音からして、縦穴じゃなくて大分傾斜が付いているはず。だからお尻から滑る分には怪我もしないでしょ。

 思った通りに、途中からまるで滑り台のように、ボロボロ零れ落ちる土と共に下に滑っていった私は、傾斜が緩やかになったところで身体を起こした。

 お尻がすごいことになっているけれど、怪我をするよりは全然まし、と立ち上がって土を払う。


「グロリア様、大丈夫でしたか?」

「ええ……途中で駆け下りてくださったザッシュ様に庇ってもらいまして」

 

 確かによく見ると、ザッシュ様の腕の辺りまで土が付いている。

 転げ落ちていたグロリア様を抱きかかえてそのまま転がり落ちたんだろう。でもザッシュ様は特に表情を動かすこともなく、「大丈夫か」と私の心配をしてくれた。

 その後すぐアレックス殿下とシーマ様も下りてきて、無事皆が合流できた。

 それにしても、とかなり暗い周りを確認する。

 落ちちゃったくらいだからグロリア様たちもこんな地下洞窟があるなんて知らなかったと思う。


「ローズクオーツ嬢は無茶をする……」


 呆れたようなシーマ様の視線が痛いけれど、私はあえてなんのこと? と首を傾げた。


「どちらかが学園に知らせに行くものだと思っていましたが、二人とも来てしまったんですね」

「だって、なあ」

「ああ」


 お返しとばかりにそう返せば、二人は今度こそ気まずげな顔で向かい合った。


「「こんな面白そうなところに入らないなんて手はないよな」」


 なるほど本音出ましたね。

 

「わかります」

 

 同意すれば、またしても殿下は肩を震わせた。




 ザッシュ様がランタンを手に先に進む。

 その後ろをシーマ様。最後尾の殿下に挟まれるようにグロリア様と私が歩く。先程までと同じ布陣だ。

 地下は暗く、肌寒い。途中何やらぞわぞわするような気配まであり、音がするたびに身体がビクッと震える。

 

「大丈夫よ」


 私が怖がっているのがわかったのか、グロリア様はそっと私の手を握ってくれた。その人肌の体温で、ようやく落ち着いて状況が読めるようになってきたので、鑑定を使って、せめてダンジョンか単なる地下洞窟かを調べることにした。

 乙女ゲームにダンジョンなんてあるわけないよね、という希望は潰えて、結果はこうだった。

 

『イルミナの地下ダンジョン:地下二階』


 はいきたー。これはRPGダンジョンだよ。しかも序盤の!

 勇者と魔法使いが二人で入る序盤ダンジョン。シナリオには大きく関係するこのダンジョンは、最奥にとても汚らしい泉があるのだ。

 その泉に巣食う序盤ボスを倒して、二人は勇者の称号を得るのだ。

 ということは、あのライ君の親友たちもここに入ったんだろうか。でも人が入っている気配は全くない。

 

「他には生徒、いないですよね……」

「いない。俺たち以外には誰も入っていないだろう。入り口の土も、俺たちが下りて来た跡以外はなかった」


 前を向きながらザッシュ様が答えてくれる。

 ということは、ライ君はまんまと勇者覚醒の邪魔をしたということか。やっぱりライ君はあかん方だったようだ。

 でもだったらなんで私たちがここにいるんだろう。あまつさえ、最奥に進もうとしているんだろう。それは入り口から上に上がれないからだ。

 今の所、分かれ道はない。そう、ここに分岐点はほぼなかったはず。

 どうしてあの森の地図が見たことあるのかようやくわかった。序盤のレベル上げの森と同じ地形だったからだ。

 確かに私、乙女ゲームよりはRPGのゲームの方がよかったって思ったよ。でも、乙女ゲームのキャラでRPGの方は無理でしょ。

 サポートキャラが強くなったなんて聞いたことないし、授業で特筆した成績もなかったはずだし。あ、でも私が生徒会に入った時点で頭いいレッテルは張られてるのか。

 全然シナリオと違う動きをしているけど、これ本当に大丈夫なの?

 繋いでいるグロリア様の手を思わずギュッと握ってしまうと、グロリア様は私を安心させるように背中をポンポンと優しくたたいてくれた。

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