第14話 勇者の巣窟


 学園は、いつもよりも少しだけ浮足立った雰囲気だった。

 今日は授業はなく、講堂で昨日の歓迎会の上位優秀者たちを発表するらしい。

 ちなみにこれは成績には全く関係がない。ただただアレックス殿下から頑張ったね、と景品を手渡されるだけだ。その景品にしても、会計手伝いをしていた私は全て知っているので、ありがたみも何もない。学園でも売っている文房具類なので、誰もが手に入る物だからだ。ただただ殿下が用意して、殿下が手渡ししてくれる、あわよくば名前を憶えて貰って就職に有利になりそうなのが嬉しい、そんな感じで盛り上がるのだろう。

 今日は教室ではやることがないので、教室に着いて早々生徒会に向かうことにした。喜びや思い出を共有する生徒がいないからね。

 チラリと教室内を見れば、今日もライ君は勇者候補君たち二人と仲良しだった。

 談笑しているところ申し訳ないけれど、同じ生徒会補佐として一応声を掛けることにする。


「ライ様、おはようございます。私、これから生徒会室に顔を出してきますが、ライ様は教室の方で待機しますか?」


 その声に振り返ったライ君は、笑顔で私を見た瞬間、目を見開いた。


「え……なんで……」

「今日は生徒会として事後処理が色々ありますので。ただ、一年はもしかしたら免除もあるかもしれませんけれど」

「いや、あ、うん……俺も、行く、よ」


 何やらぎこちない声で、椅子から立ち上がる。足に椅子が引っかかって倒れたのを、レグノス君が「何やってんだよ。女の子に話しかけられたからって緊張しすぎ」と笑いながら直してくれる。


「談笑中失礼いたしました。レグノス様もトレイン様もおはようございます」

「おはようござい、ます」

「おはようございます。わざわざ挨拶ありがとうございます」


 ギシギシ言いそうな動きを見せるおかしなライ君の横で、レグノス君とトレイン君がちょっと緊張気味に挨拶してくれる。


「んじゃ、ちょっと行ってくる。移動ん時は俺のこと待たなくていいから」

「わかった。頑張れよ」

「ライならバリバリこなしそうだよね」


 二人に見送られながら、ライ君は私と共に教室を出た。

 隣を並んで歩きながら、チラチラとこっちを見る。

 なるほど。ライ君は、少なくとも称号の欄は見えるくらいの鑑定は使えるんだね。魔王だからね。

 何事もない様な顔をして並んで歩いていると、ライ君は控えめに口を開いた。


「昨日は……どうだった? 楽しかった?」


 何があったのか知りたいんだろうライ君に、少しだけ身構える。

 これで、昨日起こったことを話したら、ここですぐに敵対するんだろうか。

 あの魔力では私は全く太刀打ちできないから、ここで戦闘になったら瞬殺案件。

 チラリとライ君の方を見ると、がっつり目が合った。


「昨日、ですか」


 どう答えたら正解なんだろう。心臓をバクバクさせながら、そっと鑑定を使う。


『勇者候補以外の勇者が現れて戸惑いを隠せていない。どうして勇者になったのか知りたそうにしている』


 戸惑ってるんだ。怒りとかそんな感情はないらしい。というか勇者になったいきさつなんかは読めないらしい。だったら、誤魔化せるかな。

 うむむ、と悩んでいると、ライ君が眉尻を下げた。


「そういえばローズクオーツ様、組み分けの時一人で立ってましたよね。声を掛けようと思ったんだけど、途中から見当たらなかったから気になってたんすよ」

「あ、ええ……あの後、生徒会として動かせてもらいましたので、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

「でも、あの……危険なこととか、なかったっすか?」


 魔王は、勇者になったいきさつを聞きたそうにしている。そんなウィンドウが目の前に出てくるような錯覚に陥る。

 あれえ、ライ君、私より知力高かったはずだけど。こんな直球勝負していいのかな。


「ご心配いただき、ありがとうございます」


 そっと頭を下げれば、ライ君は必死で笑顔を作って口を噤んだ。

 そのまましばし無言で生徒会室に向かう。

 そういえば今や生徒会は勇者の巣窟なんだけど、魔王ライ君は大丈夫なんだろうか。一年間勇者の巣窟で補佐とかできるのかな。

 いまだに戸惑いしか見せないライ君が、ほんの少しだけ心配になる。あれだけレグノス君たちが勇者になるのを阻止してたのに、それが全部無駄になるなんて。

 多分一番の原因はグロリア様のうっかりだと思うんだ。

 頑張れ、と心の中でライ君のエールを送っている間に、生徒会室に辿り着いた。

 ライ君が先に立ってドアをノックする。

 シーマ様の返答と共にドアを開けたライ君は、後ろに私がいるにも関わらずズザァ、と一歩後ろに下がって来た。

 その背中にしたたかに鼻を打つ。鍛えられた背中はもう凶器なんじゃなかろうか。

 

「な、あっ、ごめんローズクオーツ様! た、大丈夫?」


 狼狽している中、私の心配をしてくれる魔王ライ君。私よりももっと大変なことがあると思うんだけどね。

 

「大丈夫です。どうかなさいましたか?」

「あ、いや、うん。ちょっと足が滑っちゃって。巻き込んですいません。あー、鼻が赤くなってる」

「これぐらいどうということはありません。どうぞ、生徒会室にお入りになって」


 入室を勧めてみれば、ライ君は歯切れの悪い返事をしながら生徒会室に足を踏み入れた。緊張しているのが後ろから丸わかりである。

 私もそっと部屋に入ってドアを閉めると、既に皆が揃っていた。


「おはようございます、ローズ様、ライ様」

「ライも来たのか。今日まではお客様で良かったのに」

「ヤル気があるのはすごくいい事だ」

「おはよう」


 一人一人が丁寧に挨拶してくれる。

 とはいえいつでも口数の少ないザッシュ様は一言だけれど。

 ライ君は「っす」というよくわからない挨拶をすると、そっと移動して自分の割り当ての机にそっと座った。動きがとても借りて来た猫状態だった。尻尾があったらきっとブワッと膨らんでいるんじゃなかろうか。ちょっと見てみたい。

 私も早速グロリア様の隣に座る。


「昨日はお疲れさまでした。無事、歓迎会を終えることが出来ましたね」


 グロリア様が書類をトントンしながらにこやかに話しかけてくる。

 私もつられて頬を緩めながらそうですねと答える。


「でも森での実習は今年限りだな。思った以上に大変だった……」

「そうだな、遭難者が見つかってよかった」


 なんてことないようにアレックス殿下とザッシュ様が話しているけれど、遭難者が出たことにドン引きする。

 

「でも生徒が食事処をやった去年よりはましだろ」

「どっこいどっこいだな。やれ火傷をした、食事を出すのが遅い、温い、給仕が悪い等々、上位貴族があまりにも酷かったから二度とやるまいと心に誓っただろう」

「そうだったな」

「音楽祭も席順でかなり揉めたしな。一年は身分を鼻にかける振る舞いが目立つからな。上級生になると身分は親のもので、自身は単なるその子供でしかないと悟るんだけどな」

「そうだな」

「見てると残念だよな。せめて学園くらいは気楽に友人とか作って欲しいのにな。ライ君も、平民だからって俺たちにかしこまることはないからな」

「っす」


 アレックス殿下が人好きのする笑顔でライ君に話を振るも、ライ君は同じような返事で、シーマ様からひったくった書類をひたすら裁いている。顔すらあげない。

 今殿下たちに勝てるのは魔力だけだからね。もしかして魔王なりたてなのかな。冒険者三人組はしっかりとランク上げと共にレベルも技術も鍛えていたから、今三人に敵対しても瞬殺されるよ。

 

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