第39話 就職口は


 何弱気になってるの私。

 この間悪魔を倒したばっかりなのに。

 怖さ比較をしたら、そこら辺に沸く魔物よりも悪魔の方が絶対に怖さ度高いはず。

 でもねえ、とアクア様を助けた時のことを思い出す。

 鑑定で悪魔を見た内容がアレじゃ緊張感なくなるよね……


「殿下たちならアムレットスネークは瞬殺だから大丈夫でしょうけど……」

「緊張していますの?」


 鈴のような可愛らしい声とともに、そっと手が握られる。

 横を向けば、グロリア様がいつもの笑顔を私の方に向けていた。


「大丈夫、私が蛇の一体や二体、一瞬で燃やして差し上げますわ」

「グロリア様女神……」


 慈愛の笑みでそんなことを言われたら、惚れるやろ。

 ああ、女神。


「一生ついて行きます……」

「それはアレか。僕とグロリア嬢のし、し、新婚の館にもついてくるということか……!」

「新婚の館ってなんだよ」


 激高しかけたシーマ様に、すかさず殿下がツッコミを入れる。

 横ではバールさんが肩を揺らしていた。


「むしろ侍女、いや下女でもいいのでグロリア様に雇って貰いたいくらいです。私、嫁ぎ先もありませんし貧乏なので持参金も期待できませんし、だからこそ就職しようと学園では手抜きせずに試験頑張りましたし」


 ぐっと手を握れば、皆が残念な子を見るような目で私を見ていた。

 

「っていうかノア殿が勤めている宮廷魔道具技師って大分稼いでいるはずだぞ……」

「兄の収入は兄の収入でしかありませんし、魔道具マニアなので面白い物があると大枚はたいて買ってくるので、案外兄は懐具合寒いですよ」

「……」

「それに雀の涙の領地は特筆した物もありませんし、父が頑張っていますがいつでもカツカツです」

「世知辛いな……」


 全くその通りですね。

 溜息しか出ない。

 鑑定があるとはいえ、飼い殺しの生涯は御免被るし。

 この世界、女性の地位は低いからね。仕事探しもそりゃあ大変。

 成績だけじゃなくて、家柄、見た目……、もうその時点でアウト物件なんですよ私は。

 はぁ、と溜息をつけば、ザッシュ様がそっと私の肩に手を置いた。


「もし貰い手がなかったら、俺と婚約するか? 最近釣書が大量に届いて裁くのがめんどくさいんだ……」

「女性に対して正直すぎてドン引きです……」


 人を風よけにするな。それくらいの価値しかない見た目だけれども。


「あ、でもザッシュ様の私に対する好感度は友人程度はあるんですね。案外いい関係を築けるかもしれませんね」

 

 チラ見したザッシュ様のハートは、二個半ほど染まっていた。友人的立ち位置だ。ちゃんと目が合っていたからこのハートは私に対してで間違いない。

 ザッシュ様と恋愛したいとはこれっぽっちも思わないけれど、友人枠で婚約とかはとても楽かもしれない。

 他にお好みの女の子が現れたら婚約解消して慰謝料で暮らしてもいいわけだし。

 そんな考えが見透かされたのか、シーマ様に「実は二人相性は悪くないんじゃないかな」と無理矢理くっつけられそうになった。グロリア様の私に対する好感度が高いから嫉妬しているなこの男。


「ふふふ、でも私の一番したいことは、グロリア様の家で下女をすることです」

「そこはほら、侍女とか言っとこうよ!」


 殿下が叫ぶようにツッコんでくるけれど、そこはどうでもいいんだよ。下女仕事だってきっとできるから。


「あ、じゃあグロリア様お抱え鑑定士なんてどうでしょう。悪意ある人を絶対にグロリア様に近付けない自信あります」

「わかった、雇おう」

「言質取りましたからね」


 即座に掌返ししたシーマ様にニヤリと笑ってがしっと手を組むと、ツッコみ疲れた顔をしたアレックス殿下が、盛大に溜息を吐いていた。


 北の山のダンジョンには、荒れ果ててはいるけれど、道がある。

 炭鉱だったものがダンジョンに変化した場所らしく、昔炭鉱で働いていた人が住んでいたと思われる小さな廃村がかすかに残っている。

 その廃村にアムレットスネークが二体住み着いているらしい。王領だからさすがに大きい魔物に住み着かれるのはちょっと困るからと討伐依頼が出されたんだそうだ。王様の騎士さんたちも忙しいんだね。

 でも炭鉱がダンジョンになるとか、きっと国としては災難だったよね。石炭がとれなくなったんだから。その代わり魔物素材は手に入るのかもしれないけど、どう考えても石炭のほうが実入りはいいんじゃなかろうか。

 ガタガタの道を馬車で走り、馬車を操っていたトレフ君が廃村を発見したと報告してくれた。

 廃村から少し離れた場所で馬車を止め、私たちは馬車を降りた。

 御者の二人に手を振って、皆で廃村に近付いて行く。

 闇魔法の隠密を発動し、気配を薄くしながら、大蛇の姿を探す。

 村の中を鑑定して魔物を探そうとした瞬間、アレックス殿下が「いたあ!」と叫んで飛び出していった。

 そのスピードはとてもとても普通の人間の私には追いつける物じゃなくて。

 少し遅れて飛び出したザッシュ様とシーマ様が殿下に追いついた時には、すでに一匹屠られていた。早すぎい。


「もう一匹いるはず……」

 

 アレックス殿下がキョロキョロしている間にようやく鑑定することができてほっとする。


『カロッツ鉱山街跡地……鉱山がある間はとても栄えた小規模の街。今は奥の崩れた建物がアムレットスネークの住処と化している。建物の地下の土の中にアムレットスネークがためた物が埋まっている』


「殿下! 奥の建物に住処があるみたいです!」


 私の叫びに殿下がサムズアップし、さらにスピードを上げて行ってしまう。

 横ではグロリア様がまったりと村跡地を見つめている。

 卵って美味しいのかしらっていう呟きを聞いてしまって、一人ちょっと悶えた。

 すぐに殿下たちが大きな魔物の死骸を引きずって戻ってきた。

 二体の大きな亡骸は、マジックバッグにしまい込まれた。売れるんだって。やった。

 喜びつつ、さっき仕入れた情報をさらに出してみる。


「そういえばここのアムレットスネークの根城の建物、地下がありまして、土の中に蛇のお宝が埋められているそうです」


 教えた瞬間、アレックス殿下がカバンからスコップを取り出し、またしても駆けて行ってしまった。


「食いつきがすっごいですね……一応お金持ちのおうちでしょうに……」

「お金持ちって……王家をそんな風に言う方はなかなかいないですわよ」


 グロリア様も笑いながらカバンからスコップを取り出した。

 参戦する気満々のようだ。

 

「宝探しみたいでわくわくしますね」

「きっと殿下たちも同じ気持ちよ」

「じゃあいきますか!」


 殿下たちにすべてを掘り起こされる前にと、私たちも駆けだした。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る