第30話 乙女ゲーム第二部の行方


 あれ、と首を傾げる。二人ともそこまで好感度が上がっていない。なのにあの親密さが不思議だった。

 ここは紳士淑女がよしとされる世界。腕を組んで胸を押し付ける行為は淑女のマナーから逸脱する。

 でも生徒会長がチラリとヒロインちゃんの胸を見た瞬間だけハートが染まったのを見た時は、ちゃんと戦略的行動なんだと納得してしまった。私にはああいう戦略は無理だ。チラリと自分の胸元を見て溜息を吐く。もしかしたら男装も出来るかもしれない。むしろ兄さんの服を着たらもう見分けが……やめよう。ちょっと悲しくなる。


「あれ? ローズクオーツ様」


 いきなり声を掛けられて、ビクッと肩が揺れる。

 下を向いている隙に見つかってしまったらしい。逃げるという選択肢が全くなかったからそこまで広くない噴水周りであれば、当たり前なんだけど。

 顔を上げると、ヒロインちゃんが生徒会長と腕を組んで私の方へ歩いてきた。


「こんなところでどうしたんですか? ご気分が悪いとか」


 さも心配そうな顔をしているけれど、鑑定を使ったままなので生徒会長との仲を私に見せつけようとしているのがバレバレである。 

 当の生徒会長はというと、人に見られたことにかなり焦って青くなって、腕をさりげなく抜こうとしている。柔らかい二つのロマンを見つめていた余韻は既にない。

 

「アリア嬢、ひ、人前でこれはちょっと……」

「大丈夫ですか? 手をお貸ししましょうか?」


 ヒロインちゃんの両手は既に獲物を捕獲することに使ってしまっていますね。と冷静に心の中でツッコむ。

 

「いいえ、大丈夫です。ただ、もう少しでこの学園から離れなければと思うと少しだけ寂しくなって、この風景を目に焼き付けていただけです」


 心にもないことをそれっぽく口に乗せてみると、生徒会長が「ああ」と納得したように頷いた。


「交換留学生に選ばれたんだったな。とても優秀だとアレックス殿下からも聞いていた。とても頼りになると」

「そんなことはないですが、他国をこの目で見ることが出来るのはとても楽しみです」


 私を概ね好意的に見てくれている生徒会長の横で、ヒロインちゃんが「本当にすごいわ」と笑顔を浮かべた。


「ローズクオーツ様は本当に努力家で優秀でしたから、友人としてとても鼻が高いんです。休憩時間も学習に宛てていたくらいなんですよ。私、その姿勢を尊敬していたんです」


 にこやかにそんなことを言うヒロインちゃんに、生徒会長はそうなんだ、と穏やかに返している。   

 その言葉、ライ君から話を聞いた私にはだいぶ悪意ありありに聞こえるよ。本人はとても可愛らしい笑顔を浮かべているけれど。

 友人ですかそうですか。はははと乾いた笑いを零しながら、私はベンチから立ち上がった。

 これからベンチに座って噴水デートのようだから邪魔しちゃ悪いしね。乙女ゲーム第二部はもう始まっているみたいだし。

 第二部は私がサポートキャラじゃないのがとても素敵。

 だから、ここで「この生徒会長はお淑やかな子が好みでぐいぐい来る女性には腰が引ける。かなり苦手」というサポートキャラ的立ち位置の助言はしないことにする。むしろ仲の良くない私からそんなことを言われたらきっとヒロインちゃんも嫌だよね。

 

「では、私はそろそろ行きますね」


 ぺこりと頭を下げれば、生徒会長とヒロインちゃんが笑顔で手を振り私を見送ってくれた。ヒロインちゃんの心情は全て見えてしまった。仲良くならずに離れてほっとするようなことを考えていたけれど、それを表に出さずに周りに被害がないように、うまくいい人を掴まえて欲しいものだ。

 足取りも軽く、私はもう通うことのない学園を後にした。


-・-・-・-・-・-・-・-・-



「彼女、ここに来るのは今日で最後らしいんですよ」

「そうなんだ。ところでアリア嬢、手を離してくれないか」

「もっと一緒に勉強をしたり恋のお話をしたりしたかったんですけど、寂しくなります」


 腕を掴んだままアリアがスンと鼻を鳴らせば、無理やり手を取ることも出来ないファーンは困ったように辺りを見回した。

 幸い今は放課後、中庭に寄り付く生徒はあまりいないのが救いだ。こんな状態が衆目に晒されると思うと、胃がギュッとなる。

 

「か、彼女の分も生徒会補佐を頑張ってくれると、僕は助かるよ」


 二人がどんな関係だったのかいまいちわかっていなかったファーンは、そもそも女性に掛ける言葉のボキャブラリーも少なかったので、絞り出すようにそう慰めた。腕に縋りつかれているこの手をそろそろ離して欲しいなと思いながら。

 溜息を呑み込んだところで、向こうから生徒が歩いてきたので、慌てて「アリア嬢!」と俯いている彼女に声を掛ける。

 名を呼ばれたアリアが顔を上げると、その大きな瞳には涙が薄っすら浮かんでいた。

 これはヤバい、僕が泣かせたように見えるかもしれない、と本格的に焦ったファーンは、歩いてきていたのが知っていた生徒だったので、この状況を打開したいがためだけに名を呼んだ。


「ラ、ライ君、よかった、ちょうど君に用事があって! アリア嬢、ごめん、僕はライ君に渡さないといけない物があるから、手を離してくれないかい? 今日の生徒会の仕事は終わりだから、あとは帰っていいよ。気をつけてね」

「え、ちょ……っ」


 今度こそ半ば強引に腕を抜くと、ファーンはサッとアリアから距離を取った。笑顔でアリアに手を振ると、小走りでライの元に向かう。ライが白けたような視線をこっちに向けて来るのに気付いたけれど、そんなことは無視してライの横に立つ。

 呆然と立ち尽くすアリアを背に、ファーンは強引にライの背中を押して、校舎の中に入った。


「どうしたんすか、生徒会長」

「ごめん、本当は用事なんてなかったんだ」


 取り繕うことも忘れて本音を言うと、ライは生暖かい顔でファーンに同情の眼差しを向けた。


「ああーあいつに秋波飛ばされたんすね。俺も俺の友人もやられたっすよ」

「そうなんだ……仕事はしっかりやるのに隙あればああやってくっついてくるのがちょっと怖くて……ってごめんな、こんな情けないことを」

「いっすよ。顔と金と地位があるやつは狙われるんで、アレックス殿下がいなくなる今、一番のねらい目は生徒会長ですから。頑張れ」


 訳の分からない恐ろしいエールを送られて、ファーンはギュッと拳を握りしめた。

 彼女の押しの強さからどうやって逃げればいいんだと溜息を呑み込みながら。


 

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