第29話 久々の学園


 遅くなったことの顛末をかいつまんで説明すると、兄さんとアレックス殿下は力尽きたように背もたれに身体を預けた。

 

「全然帰ってこないから本気で焦ったんだからな! 魔道具っていうのは不具合だって起きるんだ。もし転移途中に闇の中で迷子になったり目的の場所とは全然違う場所に出ちゃったりしたらこっちはもう何も出来ないんだからな!」

「はい、すいません。ただ、あの精霊様、元気に暮らしてるかなって思ったら……思っただけでその場に跳ぶってかなり使い勝手悪いですよね。ここぞという時に使わないといけないのに思い出しただけで跳ぶなんてちょっとなんとかなりませんか」


 殊勝な態度をしつつ、改善点を上げれば、兄さんは途轍もなく大きな溜息を吐いた。


「それは改善できるかこっちでやってみるよ。幸いにも勇者たちに渡しても一本残るから、それを僕に貸してもらえれば色々研究できるし。アレックス殿下はそれで大丈夫ですか?」

「もちろん。使い勝手よくしてもらえるなら頼む。ただ、他の奴の目に触れるのは」

「わかってるので、ここでしかしません」


 でも、と兄さんは私の手に収まっている可愛らしいブレスレットをチラ見した。

 そして、積み重なっている薄汚れた野暮ったいブレスレットに視線を戻す。

 その顔からして、怒りは魔道具への興味へ移行したようだ。


「全部起動、よろしくな。ローズ」


 私の方に起動前のブレスレットを押し出した兄さんに、私ははいと返事するしかなかった。




 久し振りに学園に行くと、生徒会のメンバーが走り回っていた。


「すいません。魔術部の部費内約、これでは学園側からお金出せませんよ」

「どうしてだよ。必要だろ、魔術練習のためのマジックポーション。回復しないと魔法も打てないんだからさ」

「打っては回復打っては回復していたら予算がいくらあっても足りないですよね。もっと効率よく魔力を使わないといつまでたっても上達しないです。自分たちで効率改善していく姿が見られなければ、来期からはマジックポーション代は絶対に出せません」

「マジかよーどうやって改善すりゃいいんだよ」

「そこを研究するのが魔術部の役目なんじゃないですか。きっと先輩ならできます。頑張ってください」


 最後にニコッと特別な笑顔を残して、ヒロインちゃんは颯爽と魔術部部長の元を去っていく。

 あの笑顔向けられるとやだって言えないんだよな、とぼやいている魔術部部長を横目に、私は教員室へ向かった。

 留学の書類を制作するためだ。

 アレックス殿下が整えた状況は完璧で、外国に行ってもちゃんとこの学園の卒業資格が貰えるし、留学先の学園では、テストを受けてそれさえクリアすれば通わなくても問題なし。テストをクリアできなかった場合は、暫く学園に通わないといけなくなるらしいけれど、殿下は私がクリアできないとは全く思っていないらしい。国を出てしまえば、殿下たちと行動しても何ら咎められることはないのだ。

 殿下たちは逆に国からの極秘裏の依頼で精霊様の救助を請け負っているので、どこの国にでも出入りできるというお墨付き。こういう時に冒険者Bランクという肩書がとても役に立つ。もちろん私も留学先から他の国に出る場合は冒険者として出る。急務は冒険者ランクを上げること。一番下のランクだと取得した国から出られないらしいので、ワンランクは上げないといけないそうだ。けれど、ちょっとした採取と魔物討伐で上がるので、留学する前にちょちょっと上げてしまおうと思う。

 ここまでくるともう、本当に殿下たちは乙女ゲームとしての役目を終えたってことなんだろう。

 必要書類を提出して教員室を出た私は、学園のちょっと長めの渡り廊下を進んだ。

 あの乙女ゲームの背景がこの学園の姿なのかと思うと不思議な気分になる。大きな校舎が二棟建ち、その間に噴水のある中庭がある。そこを囲むように渡り廊下があり、生徒たちは思い思いに噴水の周りで寛ぐ。ここは丁度学園内デートスポットの一つ、中庭だ。他には講堂や拝礼堂、食堂なんてところもあった。基本ステータスを伸ばす授業はループにしておけば放置プレイで良かったので、あの時もスマホを放置しながらスピリットクリスタルをやっていたっけ。

 懐かしいなあと目を細める。


 星火の乙女でこの噴水周りで魔法を使っている人がいるから注意しろっていうクエストがあった気がするけれど、実際に入った時に学園規則で「この中庭での魔法は禁止」と教えられてから、あの依頼の意味を知った。

 勇者になってしまった今、私の中では乙女ゲームは既に終わっている。

 攻略対象者三名とお邪魔令嬢と共にスピリットクリスタルのシナリオを進めていくことになっちゃったから。本当に乙女ゲームになくてはならない攻略対象者を学園から飛び立たせてしまうという状態では仕方ないと思う。勇者になっちゃったし。学園外に行けば、世界感はほぼスピリットクリスタル。精霊様もいるし、あのゲームに出てきたダンジョンもある。勇者候補もいれば魔王もいる。これはもう、私の対処できる範囲外と言わざるを得ない。というか、もともと私はサポートキャラという微妙な立ち位置だから、巻き込まれた方だと言っても過言ではないはず。そもそもどうして二つの世界感が交ざってしまったかというと、あの時私が両方を開いていたから、なんてことはないと思いたい。前世だって単なる一般人。ただただガス爆発に巻き込まれただけの哀れな薄給庶民だもの。


 そういえばライ君はどうしてるのかな、と渡り廊下の途中で足を止めた。

 魔王様は一体何のためにここに来たんだろう。勇者阻止は失敗に終わったどころか倍以上に増えちゃったし、しかも勇者候補と親友状態になっているし。本気で何がしたいのかわからない。しかも金策のためにレグノス君たちと依頼を受けるとか。

 ウーンと呻り、ここで考えたところでわかるわけないか、という結論に達した私は、少しだけこのゲームのデート場所だった噴水を見納めすることにした。

 ベンチもあり、ある程度の花と緑もある。とても気持ちのいい場所だ。

 今は誰もいないから、と私は噴水横のベンチに座った。

 少しだけかかる噴水の水しぶきがとても清々しい。

 たしかにここでデートをするのは心身ともにリラックスできて距離も近付く気がした。


「ファーン様、今日の仕事は片付いたから、少し中庭で息抜きしませんか」

「でも、まだ覚えないといけないことが」

「根を詰めてもいい仕事は出来ないですよ。気分を変えてリラックスしたほうが効率もいいですよ」


 まったりしたところで、元気はつらつな声が聞こえてきた。

 これは、ついさっき聞いたばかりの声だ。

 視線を動かせば、噴水の向こうに、ピンク色の髪と茶髪が見えた。

 ヒロインちゃんと、現生徒会長のボンテール侯爵子息だった。

 二人の間はゼロ距離。ヒロインちゃんが生徒会長をまるで逃がさないとでも言う様に腕を掴んでいた。あれはわざとお胸を腕に当てているように見えるのは気のせいか。

 丁度噴水があるせいか私がベンチに座っているせいか、私に気付いた様子はないので鑑定をして見ると、生徒会長『♥♡♡♡♡』ヒロインちゃん『♥♥♡♡♡』だった。

 


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