第16話 種類別イケメン


 ぐしゃぐしゃになった髪の毛を梳かそうとしたグロリア様から逃げ出したライ君は、水魔法で髪を濡らしてざっと手櫛で後ろに流した。

 垂れていた黒髪がオールバックにまとまり、その顔があらわになる。

 はい、ここに攻略対象者がいますね。

 滅茶苦茶整ってますよ。アレックス殿下の爽やかな顔、ザッシュ様の精悍な顔、シーマ様の美しい顔とはまたジャンルの違う、鋭利な美貌とでもいうかなんというか。

 この世の中美しい人しかいないんじゃないだろうかという錯覚に陥る。まあそこでうちの兄がポッと頭に浮かんできて現実を思い出すんだけどね。平凡顔、美形の中ではかなり大事。安心する。


「濡れたままだと体調を崩しますわよ。今乾かしますわね」

「遠慮します。これでも髪の毛大事なんで」


 無礼講がこの短い時間でしっかりと浸透したのかそれとも諦めの境地か、ライ君は真顔でグロリア様の親切をスパッと切り捨てた。

 まあねえ、グロリア様がやると三割の確率で髪の毛ちりちりのコント状態になっちゃいそうだからね。ライ君ももう読めてるね。


「じゃあ私がしますね」

 

 グロリア様の代わりに立候補してライ君の後ろに立つと、その頭が遥か上にあった。背も大きい。膝カックンをしたらさすがに怒るだろうか、なんて冷静に考えてしまう。

 

「椅子に座ってください」

「あ、ああ、わり」


 素直にすとんと椅子に座るライ君は、私達が勇者とわかっても特に何もしてこない。むしろ勇者にこんな簡単に魔法を使わせていいのか。自分は魔王だって気づかれていないと思ってるんだろうな、とちょっと遠くを見ながら、初級の火と風の魔法を駆使して人間ドライヤーとなった。

 

「ローズ様、器用だな」


 私の手から織り成す温かいそよ風に吹かれながら、ライ君が感心したように褒めてくれる。


「私強い魔法は苦手なんですが、こういう弱いのなら結構得意なんですよ。只今生活を豊かにする魔法を修行中です」

「へぇ……俺も教えてほしいな」

「ライ様は器用なので、すぐできると思います」


 はい、乾きましたよ、と魔法を止めて自分の席に戻れば、目の前にはオールバックに髪型をセットされた魔王バージョンのライ君がいた。こうしてみると、確かにラスボスの面影はある。ラスボスの貫禄は今のところ感じないけれど、見た目はまんまだった。

 

「ところでローズ様、俺に様をつけるのやめて欲しいんだけど」

「どうしてでしょう」

「貴族のご令嬢に様付けで呼ばれると背中がムズムズするんだよな」

「わかりました。ではライ君と。私のことも様付けしなくていいですよ」

「ん」


 心の中で呼んでいる敬称にしてみたら、ライ君はホッとしたように顔をほころばせた。

 その隣でライ君をちらりと見ているシーマ様は、ライ君が私を気に入ったと勘違いしている模様。鑑定で『グロリア様に懸想していなくて安心している』とバッチリ書かれていた。いやいや、私に対するライ君の好感度、多分数字にして5%とかそれくらいだから。友人未満、初級の知人くらいだからね。



 時間になったので、皆で講堂に移動する。

 私とライ君は景品を持ち、アレックス殿下たちはまとめられた昨日の書類を手に横の扉からそっと中に入る。生徒たちはまだ教室待機のようで、数人の教師が広い講堂の中を動いているところだった。

 指定された場所に景品を置きながら、今はまだがらんとしている講堂を見回す。

 入学式以来入っていなかった講堂は、記憶の中のそれよりも広く感じた。

 こまごまと動いているうちに、少しずつ生徒たちが集まり始めた。

 ここに呼ばれたのは一年生のみ。昨日優秀な成績で歓迎会を終えた生徒たちが表彰されるんだけれど、何を持って優秀となるのかは、上級生しか知らない。もちろん私も知らない。

 皆が集まったところで、壇上のアレックス殿下の後ろの方に配置につく。

 生徒会役員たちは全員壇上待機している。

 

「一年生諸君。昨日はよく頑張った。上級生から薬草知識を得たか? それとも、罠の解除方法を教えて貰ったか? 優しく治癒魔法で怪我を治してもらった者もいただろう。我々上級生は少しでも一年生諸君が知恵を身に着ける助けになっただろうか。沢山の生徒を見て回ったが、皆とても素晴らしい表情をしていた。とても充実した、とても素晴らしい一日を終えられた事と思う。これから先、困難が待ち受けているかもしれない。その場合、昨日のように上級生に助けを乞えば、きっと力になると誓おう。我々は君たちを歓迎する」


 アレックス殿下の挨拶が、講堂に響く。声の拡張もしていないのに、その声は朗々と、皆の耳に届いているようだった。

 皆、真剣にアレックス殿下の言葉を聞いている。


「さて、ここからはお待ちかねの優秀者発表だ! これは上級生たちがつぶさに君たちを見てきて、これだと思った者を推薦したことによる集計だ。部門も色々あるから、楽しみにしていてくれ。惜しくも優秀者として名が呼ばれなかった者もいると思う。けれど君たちの頑張りは教師たちと私達がしっかりと見ている。伸びしろは十分。これから、沢山の優秀者の名が上がる機会に恵まれる。その時のために、自身を磨こう」


 ぐっと殿下が拳を上げると、歓声が上がった。

 貴族たちが大半の筈なのに、なかなかにノリがいい事に驚く。紳士淑女の仮面が剥がれているよ。

 殿下が次々優秀者の名前を呼んでいく。「森の中でも淑女だったで賞」などというふざけた項目まであって、上級生のノリもまたどこかぶっ飛んでいることに気付いた。さすが、新入生歓迎会に森の探索をぶっこんで来るアレックス殿下の世代だ。好感度高い。


「では次。治癒魔法優秀者、アリア嬢」


 耳に入った名前に、少しだけ心臓が跳ねる。

 ヒロインちゃんが返事をして舞台の上に上がって来た。

 ライ君が殿下に景品を渡し、それをヒロインちゃんが受け取る。


「君のその力は素晴らしいと思う。精進してくれ」

「第三王子殿下のために、聖女目指して頑張ります。ライ君も、今日の髪型カッコいいよ」


 ヒロインちゃんは恐ろしい言葉を呟いて、まさしくヒロインらしい満面の笑みを浮かべた。


 

 

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