第45話 新しいクラスにいたのは悪役令嬢でした


 次の日から、ザッシュ様と共に学園に通うことになった私。

 あの夜会の時もザッシュ様とペアになってダンスを踊ったから、勘違いが勘違いを生んで盛大な勘違いの集団が出来上がりそうではあるけれど……ところで皆忘れてないかな。一応私も勇者の称号があるということに。

 勇者特典でステータスはちゃんと底上げされてるから、多少荒事があっても案外何とかなるんじゃないかなって思うんだけど。

 甘い考えかな。

 なんて思っていた私の考えは、本当に甘いものだというのがわかった。

 

 ザッシュ様に手を差し出されて、馬車からのエスコートをされた私は、その日のうちに二股疑惑が持ち上がっていた。

 というか皆、私の外見を見て。二股できるようなポテンシャルの外見してないから。

 むしろそこら辺を歩いているモブご令嬢のほうが格段に可愛いからね!

 教室は針のむしろ。知り合いなんて本屋のリュビさんしかいないから、こっちから話しかけたら噂に拍車を掛けそうで声もかけられない。かといって最低限の授業には出ないといけないから、さぼるわけにもいかない。一週間の我慢とはいえ、精神ゴリゴリ削られます。

 あえて皆の鑑定をする気にもならないし。青いハートをたくさん見たら多分立ち直るのに時間がかかる。むしろもう転校してもいいんじゃないかな。

 あれだ。勇者だってことを公にして、私も皆と一緒に学園をやめて世界を回ればいいんだよきっと。

 勇者としての使命が終わったらそこで摘むけれど。学歴のない令嬢なんて嫁の貰い手もない。むしろ終わるのがいつになるのか見当もつかないから、行き遅れまったなし。その時は改めてザッシュ様に形だけもらってもらうって手もあるけれど、私だってそこまで妥協したくはない。どうせなら好きな人と結婚とか夢みたいじゃん。グロリア様たちみたいに。

 ……好きな人なんていないんですけどね。しいて言えば、私の心の中の一番高い位置にいるのが、年齢不詳性別不詳のドッケンミュドラー氏だから、それ以下ならもう誰でも同じだとすら思う。やっぱりグロリア様の侍女が一番かもしれない。でもそうなると、学歴は大事。ああ、堂々巡り……。


「とりあえず、この学園の図書室チェックでもしときますかね……」

 

 遠巻きにされているし、このクラスで一番爵位の高いご令嬢が声をかけてくれないから私からかけることもできずに、諦めて図書室に行くことにした。

 前の学園は天国のような図書室だった。あれだっけドッケン氏の書籍がそろった図書室、他にはないんじゃないかな。それともここにもあるのかな。あったらいいな。通いまくろう。

 わくわくルンルンで図書室に向かった私は、あまりの蔵書の少なさにがっくりと肩を落とした。

 いやいや、本自体は結構あるんだよ。でも、ドッケン氏の本が、私の持っているこの国のものしかなかったんだよ。なんでだよ。なんでここの司書さんはドッケン氏の良さがわからないんだよ……。人生の損失だよ。

 はぁ、と盛大に溜息を吐いた私は、諦めて図書室を後にしたのだった。

 

 午後の授業では、来週から行われる学校行事の話し合いが行われることになった。

 今月の末に開催される学園祭のクラス単位の出し物を決めるらしく、私も参加しないといけない行事だった。

 皆わいわいがやがやと何がいいかを話し合っている。

 私は話す人もいないので、まあ雰囲気だけ楽しもうとじっと周りの話を聞いていた。


「そろそろ考えはまとまったかな。ではやりたいものをまとめるよ」


 先生の言葉で、皆が一斉に手を挙げた。


「カフェをやりたいです」

「スイーツを売りたいです」

「バザーを開催したいですわ」

「刺繍を展示したいです」

「剣の模擬試合を」

「魔法大会!」


 てんでばらばらな意見に、先生が苦笑している。

 それよりも男子生徒のやんちゃぶりがすごい。

 じっと黙っていると、一人の高位貴族のご令嬢がさっと手を挙げた。


「せっかくこのクラスにマーランド様がいるのですから、勇者方との交遊会などはいかがでしょうか」

「素敵! 賛成ですわ!」

「勇者⁉ 交遊できるのか? いいなそれ!」


 ご令嬢の言葉に皆が快哉を叫び、私はぴしりと固まった。

 ねえ待って。

 さっき意見を出していた人たちまでノリノリで賛成を叫んでいるんだけれど、それ、私の許可がないと絶対にできないやつでしょ。

 しかも私が殿下たちにお願いしないといけないやつでしょ。

 ねえ。悪意しかない。あのご令嬢はふふん、っていう顔でこっちを見ているし。

 仕方ない。鑑定。


『マリーウェル・ランドクロス

 職業:公爵家息女(第一王子婚約者 悪役令嬢)

 レベル:5

 スタミナ:85%

 体力:27

 魔力:33

 知力:52

 防御:12

 俊敏:16

 器用:37

 運:35

 スキル:炎魔法 威圧

 学園で一番爵位の高い家の令嬢 居丈高 扇子は武器

 カロッツ国第二王子がお気に入り 勇者をダシにして婚約者の変更をもくろんでいる

 ♥♥♡♡♡』


 うえーい。情報が多い。

 公爵家のご令嬢でしたか。そして第一王子の婚約者なのに本人は第二王子が好きと。私の敬愛するグロリア様たちをつかって乗り換えたいと。

 私に向けるのは青いハート二個なので結構な敵意がある。

 敵意向けられて協力するとでも思ってるのかな。いまだに挨拶してもらってないから彼女の周りの人達に声を掛けることもできない状態なのに。

 若干冷めた目でだんまりを決め込んでいると、マリーウェル嬢が勝ち誇ったような顔をこちらに向けた。


「お願いいたしますわね、マーランド様」


 あーもう決定事項のようになってる。

 先生は困ったような顔で私を見ていた。せめて一言注意くらいしようよ。

 心の中で溜息を吐いて、私は彼女の方に目を向けた。


「申し訳ありません。我が国の勇者方はお暇じゃないので、お断りさせてもらいます」


 丁寧に頭を下げる。あっちから声を掛けてきたからここは返事していいヤツだね。

 

「どうしてそんな酷いことが言えるのです? クラスの皆様の総意を、あなた一人で無碍にしようとなさって」


 悲しそうに口元を覆う彼女に、溜息を呑み込む。

 えーと、流石悪役令嬢。ターゲットはぜひヒロインちゃんにして欲しかった。って、ここでのヒロインちゃんはあれか。リュビさんにお熱だから全然関係ないやつか。だからって私をだしにして勇者を引っ張り出して婚約者の変更とか、ありえないわ。どうやって勇者を使って婚約者を変更しようとしてるのかはわからないけれど、迷惑。


「むしろ私がここで了承したところで勇者様が実際来るかはわからないですよね。話を通すどころか、まだ立案の状態なんですから。それこそ勝手に決めてしまうのはよくないです。だったら学園を通して冒険者ギルドに『学園祭出演依頼』を出すことをお勧めします。もちろんタダではないので、依頼料はどこから出すのか、予算の上限、そして、勇者様たちに何をさせたいのかをきっちり決めてからにしたらどうですか」


 依頼料が高ければ多分断らないよ。

 だって勇者の前に冒険者やってるから。嬉々として。

 グロリア様の一日の報告がそりゃあもう可愛くて。

 今日は何を狩ったとかとてもいい状態だったとか、解体を褒められたとか。シーマ様が後ろから手を支えて一緒に解体してくれるから、不器用が仕事をしなくてとても楽しいらしい。きっとシーマ様も同じくらい楽しいと思うよ。切りそびれて魔物の血だらけになったとしても。赤に染まったグロリア嬢もとても妖艶で美しいと、自分も血まみれ状態でうっとりと呟いたらしいから。グロリア様はちょっと嬉しそうだったらしいけれど、殿下とザッシュ様はドン引きしたらしい。私もドン引きする。

 

「そうだね。勇者様たちを呼ぶ場合は依頼がいいかもね。マーランド嬢、いい意見をありがとう。では日付だけお伝えして、依頼を受けてもらえるかだけ先に確認することにしよう。無理なら他の出し物にしないといけないけれど、君たちなら十分間に合うだろう」


 先生が手をパンパンと叩いてまとめた。

 マリーウェル様は何やら悔しそうにこっちをジト目で見ていたけれど、そこら辺はクラスの代表者がお願いします。

 そこからは勇者に何をして欲しいかという話題で盛り上がり、一通りの案をまとめていた。

 おっとりして見える先生、なかなかにまとめるのは上手だなと思う。


 放課後、馬車停まりに行くと、バールさんとリュビさん、そしてザッシュ様が立ち話をしていた。何やら大盛り上がりに盛り上がっている。あのザッシュ様が笑顔でリュビさんの背中をバンバン叩いているのをみて、なかなかにレアシーンだと驚きながら馬車に近付くと、私に気付いたザッシュ様が手を振ってきた。


「ローズ嬢! 聞いてくれ! リュビはなかなかの情報通だ! 素晴らしい情報をゲットしたぞ!」

「どんな情報かは訊かなくてもわかるので、割愛しますね。お迎えありがとうございます」

「いいって。それにしてもローズ嬢、引き寄せる体質なのか?」

「へ?」


 ザッシュ様の言葉の意味がわからなくて首を傾げると、ザッシュ様の視線が私の後ろに向かった。


「バールから一人って聞いてたけど、二人に増えてないか? なんか女性を怒らせるフェロモンでも分泌してるのか?」

「失礼な⁉」


 なんかとんでもなく失礼なことを言ってくるザッシュ様の足をがっと踏み抜きながら、チラリと後ろを見ると、ヒロインさんがすごい形相でこっちを睨んでいる横の柱からは、マリーウェル様ものすごく威圧感のある視線をこっちに向けていた。

 もう笑うしかないよね。

 今日もリュビさんを乗せた馬車は、そんな学園を後にして、街に向かって走り去ったのだった。

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