第41話 風の精霊様の祠
このダンジョンの地図はなんとなーくしか頭に入っていない。本当にここはさらっと入って終わったのだ。
難しい場所などなかった気がする。
だから、迷うはずが……。
「どうして休憩もなくピンポイントでここに来るのかな……」
迷うどころか、直通状態でラスボスのところにきてしまった私たち。
本当であればラスボス前でセーブポイントあるはずなのに。セーブポイントのある部屋は魔物が出てこない快適仕様のはずなのに。直通で来てしまうとは……休む間もない。
一度ラスボス手前で休むというのも有りだと思ったけれど、すでに半数がラスボスのいる風のほこらのある部屋に足を進めてしまっている。
「もう回避出来ないですね……」
まだ部屋に入り口に差し掛かったところにいた私は、何やら不穏な雰囲気を醸し出す祠が光り始めるのを半眼で見つめた。
すでにもう反応しちゃってるじゃん。
これじゃ悪魔出てくるよ。あの祠から。
立ち止まっている私の横に立っていたグロリア様が、そっと私の手を取って握ってきた。
「大丈夫。私が護りますわ」
ね、と力強く頷かれてしまっては足を踏み入れない選択肢はない。
「大丈夫です。行けます」
頷いて見せれば、グロリア様はまるで妹を見るような慈愛の目で私に微笑んだ。
その笑顔で士気が上がります!
気合いを入れて殿下たちの方に走りよる。
殿下たちはすでに祠の異変に気付いていて、しっかりと武器を構えていた。
そこまで大きくない石の祠が、目の前で開いていく。
ぐっと構えると、光と共に祠の扉が全開になった。
と同時に、中からすごい突風が吹いて来た。
『待って、攻撃はやめてちょうだい』
飛ばされそうになって咄嗟に身を屈めると、風の中からそんな声が聞こえてきた。
「精霊様の声だ」
足を踏ん張って風に抵抗しながら、殿下が呟く。その声も耳鳴りのような音の風にかき消されそうになっていた。
「……精霊様を、お助けに来ました!」
殿下が大声で叫ぶと、少しだけ風が強くなった。
『攻撃しないで』
また精霊様の声が聞こえてきて、殿下が眉を顰める。あまりの風に、肩に付けていたマントがブチッと根元からちぎれて飛んで行くのが目に入った。精霊様が攻撃をしているようだった。
今はまだ姿が見えない。風のせいであまり目を開けていられないというのもあるけれど、それだけじゃなくて、扉の中が暗すぎて目視できない状態だったのだ。
これはもしや、悪魔に使役されてるパターン?
そうだったらだいぶ大変なんだけど。そんな設定なかったのに。扉を開けたら悪魔が出てきて、それをボッコボコにして終わり! っていうスピーディー討伐だったのに。おかしい。前の精霊の祠と同じように、内容が改変されているのかもしれない。
「殿下! とりあえず武器を下ろして!」
ここで精霊に攻撃するのは悪手だ。助けるどころかやっつけてしまって、精霊を敵に回す。そうなると、しばらくの間は精霊の加護もなくなってしまって、戦闘が大変になるはず。そんなことがネットで密やかに騒がれていたことがあった気が。私はそんなことしなかったので本当かどうかはわからないけれど。
私の言葉に、殿下たちは頷いて剣をしまった。
すると、暴風はたちまち収まり、辺りは静かになった。
暴風の中に身を置いた私たちは、今の先制攻撃でだいぶ身なりがボロボロになっていた。髪型も。しっかりとポニーテールで押さえていたグロリア様だけは変わらぬ美しさをしていたけれど、ちょっと髪が長めのシーマ様は笑える状態になっていた。短髪ってこういうときにベンリだね。
解けかけたリボンをほどきながら祠を見ていると、ふわりふわりと祠の周りに小さな精霊たちが集まった。
その精霊の微かな光のおかげで、中の様子が見えてくる。
本来だったらバーンと出てくるはずの悪魔は、苦しそうに風の精霊の膝枕で身を横たえていた。
「っ、な……っ」
「どうなっているんだ……」
「あれは……悪魔か?」
「精霊様が悪魔にお膝を貸しておりますわね……」
どういうこと? と皆が私に注目するので、目をこらして精霊様たちを鑑定して見る。
『ニケ
下級天使
レベル:40
スタミナ:9%
体力:481(頭部紛失のため-20%)
魔力:966(頭部紛失のため-20%)
知力:88(頭部紛失のため-20%)
俊敏:154(頭部紛失のため-20%)
器用:35(頭部紛失のため-20%)
運:25
風の国の祠で風の精霊の怒りを買い、頭部を飛ばされてしまい、戦意損失中
顔がないと力が出ないため、この場に留まっている
♥♥♥♥♡』
「……」
きっと私の顔は、とても微妙な顔をしていたと思う。
何やらあの悪魔は風の精霊様の怒りを買って頭を飛ばされてへこんでいるらしい。
顔がないと力が出ない系ですかそうですか。新しい頭とはならないのですね残念ですね。
だからってどうして頭部を飛ばした張本人の精霊様が膝枕をしているんだろう。理解が追いつかない。
それにしてもスタミナまさかの9%。私もスタミナ一桁台を体験したことはあるけれど、息切れしてまともにしゃべれないレベルのつらさだったよ。これ、瀕死に近くない?
「……風の精霊様、ええと、状況を説明していただいてもいいですか?」
殿下が私の顔を見て、果敢にも精霊様に質問し始めた。
精霊様はその豊満な肢体を薄布一枚で隠した状態で、太ももむき出して悪魔に膝を貸している。頭がないので,正しくは足の上に上半身を乗せている状態だ。
『あのねえ。私、この方にとても腹の立つ言い方で交際を求められましたの。とても頭にきたのでその頭を飛ばしたらこうなってしまって……その時の元気が全くなくなってしまって、責任を感じて、こうして力を分けているのですけれど、一向に元気にならなくて……』
「腹の立つ言い方で交際……?」
『ええ。この方、ご自分の顔がとても美しいから、二番目に美しい私が隣に立つことを許そうって。私そういうナルシストって嫌いですの。だから頭を飛ばしたら、こうなってしまって……ちょっと可哀想かなって。それによく考えると、私が美しいと言ってくれたということでしょ……』
最後のほうはちょっと頬を染めた精霊様が、優しい手つきで悪魔の肩を撫でる。
どうしてこう精霊様と悪魔の関係が乙女ゲーム仕様なんだ。
半眼で聞いていたけれど、何やらグロリア様は両手を顔の前で合わせて「それは大変でしたね……」と同情していた。
「じゃあ無理矢理手込めにされたとか、無理矢理ここで力を奪われたとかそういうことはないのですね」
『ええ。もちろん。私が負けるわけがありませんわ。一撃で首が飛んだほどですもの。でも、私切り刻むのは得意でも、飛んで行ったものを探すのは苦手なのです……ごめんなさいね、私を美しいと言ってくださったのに……確かにあなたのお顔は美しかったですわ』
愛しげに肩を撫でる精霊様は、何やら恋する乙女状態になっていた。ちょっと鑑定したら、洒落にならないステータスで、もしこれで敵対したら瞬殺だな、と遠い目をするような数値だった。
そして肝心の悪魔に対するハートはすでに四つも染まっていて、完全に恋する乙女だった。悪魔もどこを向いているのかわからないけれど、ハートが四個染まっていたから、相思相愛レベルだ。これは悪魔を討伐したら精霊様が敵になるやつだ。
『ねえ、貴方がたにお願いがあるのですが、聞いていただけませんでしょうか』
精霊様は相変わらず悪魔を撫でながら、私たちに視線を向けた。
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