第42話 風の精霊様と悪魔

 

『この方の頭を探して欲しいの。私を美しいと言ってくださるこの方が、自分のほうが美しいと言う顔ですもの。きっと一見の価値ありですわ。それに、この方はきっと自信に満ちあふれているときこそ一番の魅力を発揮する方だと思いますの。ですから』


 切ない顔をした精霊様の言葉に、殿下は何事かを考えているようだった。すぐには返事をせずに、じっと悪魔を見つめている。

 私も悪魔をじっと観察していた。

 とても気になることがあるから。

 あの悪魔は男性なのか女性なのかということが。石像のほうは女体だったと思う。教科書でしか見たことがなかったけれど。でもスピリットクリスタルの悪魔はどっちだったかなって。羽もひらひらの布一枚の服も合っているんだけど……。

 今目の前で精霊様の膝の上に転がっているのは、どう見ても男性体。

 それにこのイベントって悪魔の頭探しなんてなかっ……。

 そこまで考えて、ハッとした。悪魔の頭捜しサブイベント、なんか後半の方にあった気が……。位置的に戻るの怠いしそれほど美味しい報酬じゃなかったからやらなかった。よって私にその知識はない。

 ここは諦めて周りの鑑定をすることにしよう。

 周りは結構なダメージが入っていると思われる石の瓦礫が散乱している。突風は吹かないものの、今もどこからか風は吹いているし、そのおかげが瓦礫で石埃が立ちそうなものなのにそれがまったくない。

 善し悪しだわ。

 

「とりあえず、その悪魔さんの頭を飛ばした当時の状況を説明していただいてもよろしいですか?」

 

 そっと近付いて、精霊様の近くに跪く。

 

『そう言われましても……いきなりこの方が現れて、先ほどお伝えした言葉を居丈高に発し、カチンときたので魔法を使っただけなのですわ』


 話を聞きながら、周りをそっと鑑定する。

 悪い予感は的中して、そこら辺に落ちている小さな石のつぶては、悪魔の頭の欠片だった。

 粉々になってる。粉々だよ。どうするのこれ。見つかっても小石の山を出されたら見つからないときよりダメージでかいと思う。


「精霊様……あの、大変申し上げにくいのですが……」

 

 なんといいますか、どう言えばいいといいますか、とよくわからない言い訳をごにょごにょと口にする。

 そして、ぐたっとしている悪魔の身体から視線を外すようにして、落ちている欠片をひとかけら拾った。


「……これが」


 そっと差し出すと、精霊様がそれを受け取る。 

 そして掌の石の欠片を見下ろすと、呆然とした。


『まさか、私、ここまで砕いてしまったの……?』

 

 精霊様は掌に載っている石を見下ろして、ふるふると震えた。

 悪魔はすでに気付いていたのか、特にリアクションはない。まあそんな気力もないよね。スタミナ減ってるし。

 

『どうしましょう……! 私に愛を囁いてくださった方の大事なところを壊してしまったなんて……! どう償えばいいでしょう。ねえあなた。私に何かして欲しいことはありまして?』

『……』


 ぐだっとした悪魔は、怠そうに手を上げると、精霊様の髪の毛を指で梳いた。

 その慣れた仕草に、半眼になる。

 頭がないから言葉もない。けれど、その優しげな手の動きに、精霊様は顔を赤らめていた。


 ふと目に入った悪魔の鑑定結果に、私はさらに半眼になった。


 ステータスの下には新たな文字が書かれていた。


『精霊の髪はとても綺麗だと伝えて欲しいと思っている』

「……」


 これはアレだろうか。私を伝言板もどきに使おうとしているのだろうか。

 私、交換日記じゃないんだけど。


『早く伝えて欲しいと思っている』


 文字が書き換わっていく。

 こんなこと今までなかったんだけど。

 もしかして、私の鑑定能力に気付いて、利用しようと……?


「……精霊様、このニケ様は精霊様の髪がとても綺麗だと伝えております……」


 棒読みになってしまったのはこの際目を瞑ろう。

 それよりも精霊様と皆の視線が私に突き刺さってくるのがとても気になる。


「ローズ様、あの悪魔の言葉がわかりますの……?」

「もしや空気読んだ当てずっぽう、とか」


 グロリア様が目を輝かせ、殿下が面白そうな顔をする。

 私だってこんな言葉伝えたくない。けれど、今も『もっと感情を込めて』と注意を受けているのですが。誰か、変わって欲しい。


「……とても、綺麗な髪だ、美しくて感激している! と……」


 少しだけ感情を込めて言ってみたけれど、これは恥ずかしい。何もないところでいきなり劇の練習を始めた人のような恥ずかしさがある。

 熱くなる頬を無視して、私はさらに口を開いた。


『もうない頭は仕方がない。けれど、貴女を愛でることは出来る。これから私の美の心を埋めてくれるのは、きっと貴女だけだ。ずっと側にいて欲しい……!』


 もう何を言わせるんだろうこの悪魔は。

 大げさな身振りで悪魔の言葉を口にすると、精霊様は目をまん丸にしていた。

 そして、その後下を向いて、優しく髪を梳く悪魔の手をそっと自分の手で包んだ。

 その顔は、とてもうっとりしている。


『私も、貴方様とずっと一緒にいたいですわ……』


 もう目を逸らしたい。でも悪魔は私に次の言葉を伝えろとめちゃくちゃ訴えてくる。


「精霊様の風の力……」


 ふとそこで言葉を止めた。

 悪魔は精霊様の力を分けて欲しいと訴えている。

 もしこれで精霊様がうんと頷いたら、力を悪魔に持って行かれるのではないか。

 これは悪魔に騙されているのではないか。

 じっと悪魔を見つめると、『こいつらチョロい』という文字が浮かんだ。

 ハイこれはだめなヤツ。


「精霊様、ニケ様はあなたに残りの力を差し上げるので、いついつまでも美しくいて欲しいと伝えて欲しいようです」

『まあ……! なんてこと……! わかりました。貴方様の分まで、私は美しくありますわ……!』


 精霊様は感激しながら、悪魔から魔力を吸い上げた。どちらも風属性だから、とても相性がいいはず。

 もう一度ステータスを見ると、最初に見た時よりもさらに下がっていた。むしろ殿下たちより低かった。-70%って。精霊様やり過ぎ。悪魔のハートは紫色に近かったけれど、精霊様はハートが真っ赤で満タンだった。

 これは悪魔がしゃべれなくてよかったと言わざるを得ない。きっとさっきまである程度ステータスが高かったのは、精霊様の力を分けてもらっていたからだ。

 最後に気を抜いたのが仇になったね。チョロくてごめんね。そのチョロい精霊様に瞬殺された悪魔には言われたくないわ。


「精霊様、その悪魔は精霊様がお元気なのが一番好きなんだそうです。なので、お元気な姿をいつでも見せてあげてください」

『わかりました。ありがとう。このご恩はどうすればいいかしら……?』


 悪魔の手をぎゅっと握りながら、精霊様は美しく微笑んだ。

 

「もしかして、このままでいいのか?」


 殿下がそっとこっちに聞いてくるので、私は思いっきり頷いた。あの悪魔は風の精霊様の元で飼われていたほうが絶対にいい。

 


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