第23話 兄からの贈り物


 その日、シーマ様がグロリア様を送っていくと言ってきかなかった。

 私は兄さんの帰りの馬車に便乗することにした。呼び出された兄さんは王太子殿下を目の前にしてとても恐縮して小さくなっていた。

 陛下のお言葉も入っている王太子殿下からの書状をひれ伏す勢いで預かり、兄さんは寿命が半年縮んだような顔で馬車に乗り込んだ。


「王宮で粗相はなかっただろうね」

「むしろ聞き役でしたよ。シーマ様の告白も全部聞かせてもらいました」

「うわああああ……情勢が、恐ろしい勢いで変わっていきそうだ……」

「大丈夫じゃないですか? 私達国を出る予定になりましたし」

「はぁぁあ⁉」


 兄さんは頭を抱えてしまった。

 でも王命ですし。王命で青い海を見てこないといけないですし。支度金を貰ったら、まずは動きやすい服と装備とドッケン氏の本を全巻買わなくてはいけないよね。

 

「学園は⁉ 入ったばっかりでしょローズ!」

「王命ですから」

「生徒会だって投げ出すことになるだろ」

「王命ですからねえ」

「ローズは一応貴族令嬢なんだからね」

「一応ってところがめっちゃ引っかかりますが。王命じゃ仕方ないですよ。私は全力でアレックス殿下のお手伝いをするだけです」


 兄さんはもう一度盛大に溜息を吐いた。そして、ジト目でこっちを見ると、ポツリと呟いた。


「王命言いながらすっごくいい笑顔なのが腹立つ」


 あら、顔に出ていたようですね、青い海の誘惑が。

 兄さんは私のその様子に、呆れた顔を苦笑に変えた。


「ローズが大人しくどこかの貴族に嫁いでいくなんて思ってはいなかったけどな。楽しそうだからもう止めないよ。ただ、無理はしないように。あと、僕が作った魔道具類も何個かあげるから、とにかく、無茶はしないように」

「兄さん……え、今まで一個たりとも私に触らせてくれなかった魔道具をくれるって……どうしたの? 熱でもある?」

「妹を心配してるだけだってば。素直じゃないんだから。照れてないで、夕飯食べたら僕の部屋においで」

「ふふ、ありがとうございます」


 心温まる兄妹のやり取りをしている間に、馬車は家に着いた。

 そのまま二人で父さんの執務室に突撃する。

 またなんかやらかしたのか、という顔で私たちを迎えてくれた父さんは、兄さんから陛下の書状を受け取って卒倒しそうになっていた。

 普段陛下とお近づきにもならないような貧乏伯爵だからね。申し訳ない。


「……なるほど。ローズはアレックス殿下たちと共に冒険者になって国を出ると……」

「はい。もうお受けしたのですぐにでも用意にかかりたいと思います」

「後悔はないんだね?」

「ありません!」


 青い海に後悔なんてありません。キリッと返せば、父さんは盛大に溜息を吐いて「心配だ……」と零した。


「ローズがとても優秀で、その稀有な能力があるから騙されるということもあまりないとは思っているけれど。世の中は危ないことが沢山あるんだよ。特に精霊様を助けるなんて、魔物と戦うことじゃないか。陛下の勅命だから仕方ないけれど、父さんは胃がよじれる程心配だよ……せめて、たまには手紙を書いておくれ。こちらからの返事は冒険者ギルドを通して送ることにするよ。ちょっと高いけれど、魔法で送ってもらえるようだからね」

「父さん……手紙、余裕があれば書きます。あと、可愛い物があれば母さんに送りますね。おかしな魔道具を手に入れたら、兄さんにも送ります。里帰りする際はお土産忘れません」

「旅行じゃないんだから……」


 そりゃあ、この世界が前世の世界よりもよほど危険に満ちているのは知ってる。でも、それでも、ただ家にいて誰かと政略的な結婚をする人生よりは余程楽しいんじゃないかと思ってしまう私は、もう生まれた時から貴族令嬢失格なんじゃないだろうかとたまに思う。

 それに、精霊の場所はだいたい覚えているし、そこをなわばりにしている魔族もある程度の情報はある。ある程度勝算はあるんだよ。ただ、魔王の動きが全然読めないだけで。

 敵対していないだけましなのかもしれないけれど。そこはそれ。ライ君はちゃんとまっとうに学園を卒業してくれるのを祈ることにしよう。魔王だって私が知っていることはバレてないし誰にも伝えてないしね。

 

「とりあえずはまだすぐに出発という訳ではないらしいから、暫くはきちんと学園に通いなさい。生徒会役員たちが皆いなくなると引継ぎなども発生するだろう」

「あ、そうですね。とりあえず授業もきちんと受けます。ま、冒険者としてやっていくならあまり学歴関係ないでしょうけど」

「もう冒険者としてやってく覚悟が出来てるのが父さんちょっと悲しいよ……」


 ローズ、と父さんが両手を広げるので、私はちょっと照れながらその腕に飛び込んだ。父さんとハグするのなんて久し振りだ。今度はいつできるかわからなくなるから、後で母さんも掴まえてハグしておこう。

 そう思いながら、大好きな父親の腕の中を堪能したのだった。



 皆で夕食を食べた後は、兄さんの部屋に向かった。

 どんな魔道具を貰えるんだろう。

 ワクワクしながら向かうと、雑多に散らかった兄さんの部屋の、辛うじて一人だけ座る場所があるソファに案内された。

 目の前のローテーブルには数個のよくわからない魔道具が載っている。


「とりあえずはこれ。この間丁度同僚と共に空間魔法の付与に成功したマジック鞄。見た目は普通の鞄だけど、かなり沢山入るよう空間を維持しているから、旅には便利だよ」

「マジックバッグきた!」


 定番だったインベントリ代わりのマジックバッグに、思わず叫び声を上げてしまう。通常そこらへんで売っているという話は聞いたことがないから、これから出回るんだろうか。

 そしたらうちの貧乏は少し上向くかもしれない。

 

「これ、作るの大変だったんだよ。まず空間魔法を使える人が少ないし、付与魔法を使える人も少ない。必死で寄せ集めて、皆で力を合わせて作ったんだからね」

「空間魔法と付与魔法が使えれば作れるんですか?」

「一応ね。でもどっちも希少属性だから……ローズは、作れる、かもね」


 兄さんはハッと気付いたように、私を見た。そう、私は全属性初級だけれど使える。だったら簡単なマジックバッグだったら自分で作って売り歩けるのでは……? 目をキラリと光らせた瞬間、兄さんが私の顔を両手で挟んだ。


「作れるからって簡単に売って歩いてはダメだからね! これ、画期的な魔道具なんだから! まずは特許を取って、そこから利権の話になって、どういう風に世間に出すかもまずこれから計画を立てる段階なんだから! ちゃんと路銀は陛下に貰ったんでしょ!」

「な、何で私の考えていることが分かったんですか……さては兄さん、実は私と同じような鑑定を使えることを黙っていましたね……」

「ローズの考えそうなことくらいわかるよ。とにかく、五人分確実に確保するから、絶対にローズは作っちゃダメ。鑑定もできてこんな魔法鞄も作れるなんて、どこぞの悪い証人に捕まって監禁して大量生産機械にされかねない……」

「それは嫌なので我慢します」

「よろしい。じゃあ次」


 兄さんはそう言って、次々魔道具を解説しつつ、マジックバッグの中に詰め込んでいった。

 それは結界を張る魔道具だったり、快適野営テントだったり、簡単火おこしの魔道具だったり、魔石の力がなくならない限り水が出る水筒だったり。どれもこれもとても旅をするのに便利な魔道具だった。キャンプ用具一式という感じだ。こんな魔道具ばっかり発明して、兄さん、実はキャンプ好きなのかな。

 最後に、マジックバッグに魔力を登録させて、個人使用限定してもらうと、兄さんは晴れやかな顔でよし、と頷いた。

 

「他にも渡したいのは沢山あるけど、まだまだ試作品が多いんだよな。だから、いいのが出来て王宮から許可を得たら都度送るから。ローズも面白い魔道具があったら送ってくれ。資金は僕につけてくれたらいいから。父さんにつけちゃダメだよ、迷惑かけるから」

「兄さんの方が稼いでますもんね。父さんの稼ぎは大半税金でもってかれて、残りは領民に還元してますもんね」

「ああ。でもそれでいいんだよ。僕は父さんの政策を素晴らしいと思うよ」

「私もです。貧乏ですけど」

「貧乏だけどな」


 二人で笑い合い、手を打ち合わせる。

 父さんを素晴らしいという兄さんも、私は素晴らしいと思うよ。地味だけど。人間見た目じゃないよね。

 

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