第21話 王宮の物騒な会話
カチコチに緊張しながら、グロリア様と共に超豪華な廊下を歩く。
前と後ろには護衛の騎士たちが付いていて、逃げようと思っても逃げられない状態になっている。逃げる意味はないけれど。
足音も立たないふわふわな絨毯がこんな長い廊下に敷かれているって、この廊下一本でどれくらいのお金がかかっているのか考えただけで眩暈がする。
案内された先は、とても素晴らしい装飾の大きな扉の前だった。
両開きのそれを、騎士様が二人がかりで開けてくれる。
グロリア様の一歩後ろで扉が開くのを見ていると、中から「遅かったな」という聞き慣れた声が聞こえてきた。
部屋の中では、アレックス殿下とシーマ様が寛いでいた。ザッシュ様はアレックス殿下の横で待機している。これぞまさに護衛、という姿だった。
「ごめんな、一緒に来れたらよかったんだけど、ライがいる時に誘う訳にもいかなくてさ。グロリア嬢に王宮集合の合図出してたんだ」
「久し振りにあの合図を見ました。少しだけワクワクしてしまいましたわ。それに、道中ローズ様と二人でとても楽しかったですわ」
「二人で一体どんな話をしていたんだ?」
「秘密です」
ふふふ、と笑いながらグロリア様はアレックス殿下の前のソファに腰を下ろした。
私もそっと隣に座ると、すぐさま近くで待機していたメイドさんがお茶とお菓子を用意してくれた。
「ほら、ザッシュもそんなところに突っ立ってないで座れよ。そのうち親父が来るから」
「陛下を親父呼びするな」
シーマ様に注意されても、アレックス殿下は「いいじゃん別に」とどこ吹く風。王族ってこんなフランクでいいのかな。
ザッシュ様は立ったままそっと手を伸ばして、焼き菓子をひょいパクした。そして知らん顔をしてまた殿下の後ろに立つ。
「ん、美味いな」」
「ザッシュも。任務中なんだろ」
「じゃあ殿下、ここに菓子がある間だけ任務解除してくれ」
普段の堅物そうなイメージをぶち壊すようにしれっとそんなことを言うザッシュ様に、思わず吹き出しそうになって慌てて口を手で隠す。
こっちは必死でマナーを頭の中で反芻しているのに緊張感をぶち壊していくのほんとやめて欲しい。
しかもこれから陛下が来るっていうし。どうしていいかわからない。
「ローズ様、大丈夫です。陛下はそんな怖い方じゃないですから」
グロリア様にそっと背中を撫でられて、落ち着くために深呼吸した。
国王陛下って言ったら家みたいな貧乏伯爵家からしたら雲の上のような存在なんだよ。緊張しない方がおかしい。兄さん、たとえ片隅だとしてもよくこんなところで働いてられるよね。私は無理だ。もっと気楽に生きたい。
落ち着くためにお茶のカップに手を伸ばしたところで、「陛下並びに王太子殿下がお越しです」と声が掛けられて、カップを取り落としそうになる。
「私、ローズ様がこんなに緊張しているの初めて見ましたわ。大丈夫よ、あの泉の悪魔の方が陛下よりも恐ろしいから」
「グロリア嬢、それうちの親父が人間じゃないって言ってる?」
「あら、そんなこと申しておりませんわ」
ほほほ、と上品に笑うグロリア様には、緊張は一切見受けられなかった。
腰を上げて頭を下げて陛下を待っていると、貫禄のある声が聞こえてきた。
「もっと楽にしてよい。私的な呼び出しだ。いきなりのことですまない。学業に支障はないかな? 特にアレックス」
「父上、いきなりご指名するのやめて。俺が不真面目みたいじゃん」
「その言葉遣いが既に不真面目だろうが、バカ息子」
陛下はアレックス殿下にそんな声を掛けると、一人掛けの椅子に腰を下ろした。その顔は美丈夫と言ってもいい程で、アレックス殿下があと20年もしたらこんな顔になるんだろうなという程似ていた。その隣にはやっぱりアレックス殿下によく似た、けれどもっと厳しい顔つきの王太子殿下が腰を下ろす。なるほど、陛下の遺伝子が強い。
「皆息災か。グロリア嬢、しばらく見ない間に美しくなったな。そちらはマーランド伯爵令嬢だな。君の兄上には我々もお世話になっておる」
「マーランド伯爵家長女ローズクオーツにございます」
なんとか必死で挨拶だけすると、座りなさい、とお声がけいただけたので、皆と一緒に腰を下ろす。
それにしても兄さん、陛下に憶えられてるって何をしてるの。魔道具関係はちんぷんかんぷんだからよくわからないけれど、あれだけ影薄そうなのに不思議すぎる。
「今日呼び出したのはほかでもない。五人が勇者の称号を頂いたというのが本当かどうかの確認をしたくてな。それと、その経緯の確認だ。一応アレックスからは詳細聞いておるが、今一度皆の口から聞きたい」
陛下はそう言うと、王太子殿下に促した。
それに応じて、王太子殿下が手にしていた石板のようなものをテーブルの上に置いた。
なんだろうと見ていると、アレックス殿下が目を輝かせた。
「俺から俺から」
「こらバカ息子。お前はガキか」
「まだガキだよ。それにローズ嬢はこれがなんだかわからないっぽいから俺がまず見せようと思って」
サッと手にして「なっ」とこっちを見て笑うアレックス殿下に、陛下が苦笑し王太子殿下が呆れたような溜息を吐く。
そんな二人を気にすることもなく、アレックス殿下はその石板に魔力を通した。
途端に石板が光り、文字を綴っていく。
次々現れる文字に、思わず声を上げそうになる。
それは、まんまスピリットクリスタルのステータス欄だった。
私が見る鑑定の欄ともまた違ったそれは、ステータスと称号のみを記したもので、流石に下にハートが並んでいるなんてことはなかった。そして、あのよくわからないメモのような一言も。スキルも表示されていないことにホッとする。
「これ、王家秘伝の魔道具なんだけどさ、こうやって自分の称号とか見れるんだよ。今までいくらやってみたいって言ってもダメだの一言で却下されてたんだけどようやく念願叶ったぜ。俺の数値もよく見える」
これはシーマ様とザッシュ様も目を輝かせて、やりたそうに見ている。
「次シーマな。おお! 体力俺の方が高い!」
「知力は殿下よりも僕の方が高いが」
「うわあ、シーマ『理念の勇者』ってなんだよ」
「殿下こそ『運命の勇者』どんな運命を背負ってるんだよ」
「次ザッシュ! ほらさっさと魔力流せ」
「……俺の方が殿下より知力が高い」
「俺がバカだって言いたいのか二人とも! なんだよザッシュの『勇猛の勇者』って!」
やり取りがまんま子供だった。
ちょっとだけ遠い目で三人を見ていると、視界の隅で盛大な溜息を吐く王太子殿下が見えた。苦労性っぽいなあ。
でもここで二人を鑑定したら不敬になりそうだから自重しておこう。
三人が満足すると、ようやくグロリア様に石板が渡された。
そこで現れる『器用:11』の数値。
一瞬だけ部屋に沈黙が落ちた。
「私が失敗するのって、これのせいなのかしら……努力したら、器用さは上がるのかしら?」
ぽつり呟かれたグロリア様の言葉は、誰一人答えることが出来なかった。
「へぇ、グロリア嬢は『慈愛の勇者』か」
殿下はグロリア様のステータスを確認すると、今度は私にほいっと石板を手渡した。
そっと魔力を流すと、自分で確認できる鑑定の劣化版が記される。一言欄がなくて本当によかった。
ホッとしながら、現れた『叡智の勇者』を指でなぞる。
ありがとうございましたと石板を王太子殿下に返すと、陛下は満足そうに頷いた。
「これで皆が勇者であるということが確認できた。では、ここからが本番だな」
陛下が足を組み、私たちを見回す。
その姿は、ラフな格好の筈なのに威厳すらあった。さすが一国の王だなと納得の貫禄だ。
「アレックスに問う。そなたはこの国の頂点に立ちたいと思うか」
「ごめんこうむります」
陛下の問いに、アレックス殿下は即座にそう返した。普通は王位を狙うんじゃないのかな、と思いながら本来王を継ぐはずの王太子殿下に目を向けると、王太子殿下は表情一つ変えず、出されたカップを手にお茶を飲んでいた。
「しかし、アレックスが勇者になったということは、それを持ち上げ王位につけようとする者もあらわれるやもしれない」
「くそくらえですね。その時は潰します。物理で」
「やめい。しかしアレックスが揺れると、ラティオが揺れるからしっかりとな。では、あとはリオンに任せよう。ではな」
陛下はそれだけ言うと、私たちをぐるりと見回してから、席を立った。
陛下と共に数人の騎士たちが部屋の外へ向かい、部屋の中で待機していた侍女さんたちもいなくなった。
そして、王太子殿下と私達だけになった部屋で、アレックス殿下が盛大に伸びをした。
「兄貴も大変だね。頑張れ」
「煩い。まったく……勇者なんて称号を貰って来やがって」
王太子殿下が盛大に舌打ちする。
剣呑な雰囲気なのに、アレックス殿下はまったく気にすることなく、お菓子を手に取ってザッシュ様の口に突っ込んだ。ザッシュ様は文句を言うでもなくモグモグしている。
「俺だって欲しくて貰った奴じゃないって。でも精霊様にもらっちゃったもんいらないなんて言えないだろ」
「それはもちろん。精霊様からの贈り物なら大事にしろ。でもな、お前が勇者になんてなったせいでラティオが慌て始めたんだ。面倒だからアレックスはしばらく国を離れろ」
「俺学生だよ?」
「もう卒業資格あるだろ。試験受けろ」
「横暴!」
「じゃあお前がラティオに勝って王位につけ。絶対だ」
「絶対やだ」
「じゃあ外に行け」
「……わかったよ。じゃあ兄貴はちゃんとラティオ兄を押さえろよ」
王子二人の会話に、私の頭の中でハテナマークが飛び交う。
一体何の話をしているんだろう。
ラティオって第二王子殿下のことだよね。見たことはないけど。
活発って何。外に出るってなに。王位に就けって一体……
ここは口を挟んではいけないというのはわかっているので、ただお茶をすすりながらだんまりを決め込む。私もザッシュ様の口にお菓子を詰め込みたいな、と思いながら、ただただ物騒な会話をスルーした。
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