第49話 古代のヤバい本
――昔、この世界は神王が天に住み下界を守り、瞑王が天に魔素を送り、精霊が互いの力を飽和し中和し、地上界を生命の育む地にした。そこに命が生まれ、進化し、人族となり、天と下界の恩恵により豊かに暮らしていた。
しかしある日。精霊王が人族の一人に恋をした。
その精霊王は神王の声を聴き、瞑王の声を聴く役目を担っていた。けれど、その聴力の全てを恋した人族に向けてしまったため、力の均衡が崩れ、地から魔物が、天から天使が生まれてしまった。それは人の心を解すことなく人族を蹂躙し、たくさん増えた人族の数を激減させた。
精霊王の恋した人族も、その魔物の爪にその身を引き裂かれてしまった。
神々は癒しの魔力を持っていることを知っていた精霊王はその恋した人族の身を抱えて天に癒しを願ったが、そもそもは精霊王がやるべきことを怠ったことにより魔物が天使が現れてしまったことで、神王は怒り心頭で精霊王の願いを突っぱねた。
そんなときに様子を見に来た瞑王は、嘆き泣きくれる精霊王を一目見て、その哀れさに心を打たれた。そして、自身は誰かの泣く姿が見たいと思ってしまった。
瞑王は手始めに天の力の残滓から生まれてしまった天使を闇に染めた。
闇に染まった天使は悪魔となり、瞑王の手先として精霊を手にかけ始めた。あくまでその存在を消すことなく、ただ精霊が嘆き悲しむ様を見たいがために。
瞑王が喜ぶと魔物の力が増すことに気付いた神王は、地上界の混沌と化した状態を憂い、人族に自ら魔物を倒す力を与えた。
そこで人族の中でも力を持つ勇者が現れた。
心の傷も癒えぬまま瞑王に見初められ、ずっと悲しみを植え付けられる精霊王を哀れに思った神王は、勇者に精霊たちを助けるという使命を与えた。精霊にも、勇者となる人族を見極める目を授けた――
まるでリンゴを囓ってしまった聖書の男女のようだなと、半眼になって思ってしまったことまで思い出した。
昼ドラのドロドロ恋愛劇みたいだ。こうして思い出してみると、乙女ゲームと混ざっても仕方ない恋愛ものだった。そこ気付きたくなかった。瞑王様はとてもドSで、精霊王様はかなり悲劇のヒロイン気質の恋愛脳、それを知ってしまった神王様が溜息を吐きながら人族頑張れ、と応援していたってことでしょ。
説明を終えて、始まりからアレだよなと思いながら顔を上げると、四人ともとても複雑な顔をしていた。
「……悪魔が精霊を狙うのは、そんなわけがあったのですね……恋人が魔物で斃れ、嘆く精霊王様に瞑王様が……なんて酷い……」
グロリア様がうるうるしている。
いや可愛いけれども。違うんだよ。これね、私が読んで思ったのは、精霊王様の片思いっぽいなってことだったんだよ。人族と愛を育んだとかそんなことは一言も書かれてなかったし、そもそも最初から「恋をした」としか表現されてなかったんだよ。惚れられた人族はもしかしたらありがた迷惑だったかもしれないんだよ。そこら辺はなんとも言えないけれど、平民に言い寄る王族的なものを、当時あの解体新書を読んで感じた身としては、全然感動できないんだよね……。
ここぞとばかりに悲しむグロリア様の肩を、シーマ様がそっと抱く。
コテンと頭を預けるグロリア様に、シーマ様のいつもはキリッとした顔が溶けて見てられない顔になる。イケメン台無しとはこのことだ。
「いやまてグロリア嬢。これそんな悲恋なんかじゃないぞ」
アレックス殿下も思うところがあったのか、そう口を開いた。
「人に恋をして仕事を放り投げた精霊王様が元凶ってことか」
ザッシュ様もぽつりと核心を突く。それな。
私がうんうん頷くと、うるっていたグロリア様がえっと驚いた。
「そ、そんな話……でした?」
チラリと真横のシーマ様に視線を向けるグロリア様。シーマ様は申し訳なさそうにしながらも、うんと頷いた。よかった。皆攻略対象者だったのに恋愛脳じゃなくて。知ってたけど。
「私ったら……最近とても幸せだから、考え方も甘くなってしまったわ……」
恥ずかしい、と両手で顔を隠すグロリア様の横では、やっぱりシーマ様が顔面崩壊を起こしていた。
最初のクールキャラはどこ行った状態のその崩れた顔面は、見てはいけないもののような気がしてならない。誰か、誰かシーマ様の顔面を隠してくれ。
「そんなことよりも」
アレックス殿下がシーマ様の頭を小突きながら、話を一刀両断する。ゴツン、と割といい音がしたので、殿下も見ていられなかったんだろう。
「ローズ嬢がこれの文字が読めないのに内容がわかるのが、俺的には一番すごいと思う。鑑定?」
アレックス殿下にじっと見つめられて、私は曖昧にそんな感じだと思いますと頷いた。
挿絵はなぜかあれと同じで、文字の並びが同じ。誰がこの挿絵を描いたんだろう。神絵師がこの世界にもいたのかな。
あの本は全て日本語で書かれていたけれど、文字列の並びも同じっていうなら、もしかしてこれを解読できないかな。
そう思って上からも下からもひっくり返してもみたけれど、やっぱり日本語との規則性は見当たらなかった。
そうだ鑑定。
殿下の言葉でふとこれをまだ鑑定してないなと気付く。
じっと見てみると、文字が浮かんだ。
『古代の記録(ノンフィクション)文学:精霊王の黒歴史と瞑王の性癖を暴露した本。神王が戒めのため真実を記した物』
古書の価値がガクッと下がった。
瞑王の性癖暴露本……どういうことなの……。
がっくりと肩を落としたことで、皆が心配そうに私を見ていた。これ、伝えていいのか本当に悩む。
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