第26話 王族と魔道具オタク


 王宮の本宮から見ると、途轍もなく小さな建物。

 しかも王宮の敷地内の端も端、すぐ隣は王宮所有の林だよという場所に立つ建物の目の前に私とアレックス殿下は立っていた。

 王宮から馬車に乗って遠路はるばる端っこまで。敷地内で馬車移動とか、どれだけ広いんですか。歩くと優に一時間とかかかりそう。

 入り口では、騎士の人が見張りをしていた。

 アレックス殿下を見た瞬間何で王子がここにいるんだ⁉ みたいな顔をしながら敬礼していた。その気持ち、わかる。

 

「こんなところに魔道具技術省があったんだな」

「はっ、魔道具はたまに思わぬ誤作動を起こす場合がありますので」


 爆発するかもしれないってことね。

 兄さん、そんな危ない仕事してたんだ。目を輝かせて仕事の話をするからどんなかと思ってたけど。普通に危ない。

 しかも入り口でこれをお付け下さいと渡された指輪は、防御の魔法障壁を一回だけ張ることが出来る魔道具だから危険だと感じたら迷わず起動する様に注意を受けてしまった。

 私の中で盛大にアラートが鳴り響いている。

 アレックス殿下は楽しそうに建物に足を踏み入れ、興味深げにきょろきょろと見回している。

 私もおっかなびっくり足を踏み入れると、向こうから兄さんが走り寄ってくるのが見えた。


「ローズ! ……と殿下っ」


 キキーッと目の前で滑りながら止まると、ようこそいらっしゃいました、と兄さんはアレックス殿下に頭を下げて早速私たちを奥に案内してくれた。

 連れていかれたのは、兄さんの個人研究室。機密な物も多いから皆一人一人研究室を持っているらしい。何人かで弄る場合は相応の広さがある部屋で実験するとか。

 中に入ってみると、だいぶ広いのがわかる。アレだ、この建物の比較対象が王宮ってのがダメだったんだ。

 兄さんは自宅同様雑多な研究室で、辛うじて開いている応接スペースに私たちを座らせた。


「とととところでどうしてローズと殿下がご一緒に?」

「兄さんどもってますよ」

「あのなローズ……僕にも心の準備というものがあってだな。こんな風に個人的に尊き方と面と向かって対峙して通常通りなんて無理なんだよ……」

「アレックス殿下は気さくな方なのでダイジョウブですよ兄さん。どうしても兄さんとオトモダリになりたんだそうです」


 ね、とアレックス殿下を見れば、とても楽しそうな笑顔でうんうん頷いていた。


「さっきローズ嬢からマジックバッグ? とかいうアイテムを見せて貰っていてもたってもいられなくなったっていうか。俺にもくれるってホント?」

「只今準備しております。全員で五人と聞きましたので、出発までお待ちください」

「ありがとう! ここの技術省で出来上がった鞄かな。うちの国で特許取るよね。これ外国には秘匿しないとだめだね」

「個人登録が出来ますので、他の者が触っても単なる布のカバンですから、使っているところを見られなければ大丈夫だと思います。使う場合は……」


 兄さんは、鞄がバレないための様々な方法を殿下にレクチャーし始めた。私は貰った時に聞いた内容だったのであたりを見回す。

 気になる魔道具がそこここに落ちて、もとい置いていて、手を伸ばすのを我慢するのがちょっと辛かった。兄さんが嬉々として説明しているからかなり時間がかかりそうだし。殿下が目を輝かせて聞いてくれてるのがありがたい。

 あの箱型の魔道具、どんな効果があるんだろう。あっちに重なっているものは。手に触れるのは良くないけれど、鑑定する分にはいいよね。

 兄さんの声をBGM代わりに、私は片っ端から鑑定することにした。暇なんだもん。


『冷凍の魔道具:入れたものを凍らせることが出来る。生ものは鮮度が大事』

『送風の魔道具:風を送ることが出来る。涼しい』

『温石魔道具:布団に入れておくと寒い時でも快適』

『雷鳴の魔道具:電気を伴った雲を発生させることが出来る。使用法を間違えると死に至る』

『古代の魔道具(解毒薬生成具):毒の元を入れると分解する。20%の割合で解毒薬ができあがる』

『古代の魔道具(植物育成具):種を植えたところに設置すると成長促進させる。土属性の魔石が必要。必要魔力34』


 何やら次々すごいものが出てくる。

 これらを兄さんが単独で研究しているってことか。我が兄ながら頭の作りがどうなっているのかわからない。空恐ろしい兄さんだな。

 解毒薬を二割の確率で作れる魔道具を見ながら、しみじみと思う。

 アレックス殿下に魔道具説明をしている兄さんは、どう見ても魔道具オタクにしか見えない。残念過ぎる。


「っと、そういえば今日は魔法鞄の説明を聞きに来たのでしょうか」

「ぶっふ、今更⁉」


 話し終えて満足そうだった兄さんが話を本筋に戻した瞬間、アレックス殿下が噴き出した。

 

「実はこれを見て欲しかったんだけど、ローズ嬢のお兄さんと友達になりたいのはほんと」


 殿下は第三宝物庫から持ってきた古代の魔道具をポケットから無造作に取り出し、ことりとテーブルに置いた。

 兄さんは手にサッと白い手袋をつけると、ポケットからルーペのようなものを取り出して殿下が出した魔道具を持ち上げた。

 マジマジと色々な角度からブレスレット型魔道具を観察する。

 五分程度兄さんの手の中で観察されまくった魔道具は、兄さんの溜息と共にテーブルの上に返された。


「これは古代の魔道具で間違いありません」

「それは知ってる」


 兄さんがキリッと伝えた言葉に、アレックス殿下があっさりとそう答えると、兄さんが滅茶苦茶ショックを受けた顔をした。

 そしてこっちを向いて、私を認識して諦めた顔をした。

 ちょっとちょっとと手招きするので、兄さんの隣に座り直すと、そっと耳打ちした。


「先程鑑定しました。結果はこんな感じで……」

「なるほどなるほど。空間と風と付与と闇……これ、起動したら有能すぎるやつ、かも」

「それだけでわかるんですか?」

「起動するときの起源になる魔法によって大分読めるよ。これ、一つだけだった?」

「いや、これだけあった」


 アレックス殿下は、同じような物をポケットから五個ほど取り出し、全部で六個になった。

 こんなにあったのか、と殿下を見れば、殿下は笑いながら「気になるから全部持ってきた」と暴露した。


「ちょっとお借りしますね」

「ちょ、ローズ……!」


 手に取ったところで兄さんに慌てて止められたので、ちょっとだけ視線をずらして、ニコッと笑った。


「殿下は、知ってます」

「は……はぁぁぁあああ⁉」

「勇者になった時に、どうしようもなくて教えました。生死が掛かっていたので」

「……マジかあ……」

 

 私の言葉に、兄さんは頭を抱えた後、キリッと顔を上げて殿下を真正面から睨みつけた。眼鏡が部屋の光に反射して睨んでいる目が見えているかは定かじゃないけれど。


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