第39話 リーゼのお菓子作り


「リーゼお姉様……お菓子作った……食べて」


 帝剣城。

 珍しくリーゼが帰ってきたため、クリスタは最近、励んでいたお菓子作りの成果を見せたくて仕方なかった。

 事前にフィーネと共に準備をして、最高傑作を用意した。

 リーゼはそんなクリスタに微笑みつつ、お菓子を口に含んだ。


「ふむ、良い味だ」

「本当!?」

「嘘はつかん」

「お姉様のために頑張った……」

「そうか、私は幸せ者だな」


 クリスタは少し照れたように笑いながら、リーゼに抱きつく。

 そんなクリスタを抱き返しながら、リーゼは一緒にお茶をしていた人物に礼を言った。


「いつもクリスタをありがとうございます。義母上」

「いいのよ。それにお菓子作りを教えたのは私じゃないわよ」

「うん、フィーネに教えてもらった……」

「そうだったか。感謝する、フィーネ」


 まるで侍女のようにせっせとお菓子を運んでいたフィーネは、リーゼの言葉に首を横に振った。


「お礼を言われるほどではありません。私も楽しくお菓子を作らせていただいてますから」

「そう言ってもらえると気が楽だな。では、ついで我儘を聞いてもらってもよいだろうか?」

「なんなりと」


 リーゼは生来、人の上に立つ存在だ。

 周りから我儘に見えても、リーゼにとってはそれが当たり前であり、そういう振る舞いがリーゼのカリスマ性に繋がっている。

 そんなリーゼが我儘という言葉を使うのは珍しい。

 少しフィーネは緊張したように身構える。

 しかし。


「私にもお菓子作りを教えてほしい」

「はい……?」


 思っていなかった我儘にフィーネは首を傾げ、クリスタはパッと顔を明るくし、ミツバはそれを微笑ましそうに見つめるのだった。




■■■




「では、最初はクッキーを焼いてみましょう」

「うむ」


 珍しく軍服ではなく、エプロンを身に纏ったリーゼを見て、フィーネは緊張していた。

 エプロンをここまでかっこよく着られるのは、リーゼくらいだろう。

 何を着ても様になる。さすが姫将軍だ。

 まさかそんなリーゼにお菓子作りを教えることになるとは。

 思ってもみなかったフィーネだったが、とりあえずクリスタに教えるように簡単なお菓子を提案した。

 作り方はすべてメモして、リーゼに渡してある。

 大きな間違いが起きそうなときは、フィーネが横から口を出すつもりだった。

 しかし。


「ふむ、意外に簡単だな」

「さすが殿下……」


 てきぱきとメモ通りにお菓子作りを進めていく。

 その手つきに無駄はない。

 とにかく余計なことをしない。

 メモを見て、工程を理解し、その通りに実行する。

 軍人として生きてきたリーゼにとって、メモ通りに実行するというのは難しいことではなかったのだ。

 あっという間にクッキーが出来上がった。

 初めてとは思えないほど見事だった。

 ここにクリスタがいなくてよかったと、フィーネは心から安堵した。

 リーゼと比べて、クリスタのお菓子作りは順調ではない。

 フィーネの助言や、ミツバの監視があって、ようやくまともな物が出来上がる。

 そんなクリスタがこれを見たら、きっと自信をなくすだろう。


「ほかのお菓子はどうだ? 私にもできそうか?」

「はい。いくつかメモを用意しておりますので、またそれを見て作ってみてください。何かあれば私のほうから助言させていただきます」

「頼む」


 結局、リーゼはフィーネから大した助言も受けず、あっさりとほかのお菓子も作ってしまった。

 おそらくメモさえあれば、もう一人で作れるだろう。

 ずっと最前線の戦場に身を置いていた軍人ゆえだろう。対応力が皇族とは思えない。

 手先も器用で、道具も当たり前のように使いこなしている。

 もしかして、ある意味、皇族の中で一番家庭的なのでは?

 そんなことをフィーネが思っていると、ひょっこりとアルが姿を現した。

 しかし、リーゼは気付いていない。

 コソコソと動き、リーゼに見つからないようにリーゼが作ったお菓子に手を伸ばす。

 だが。


「姉のモノを盗もうとするとは、悪い弟もいたものだな?」

「痛い痛い!! 痛いですって! リーゼ姉上!」

「盗人には罰が必要であろう?」

「ちょっとした冗談ですって!」

「私は悲しいぞ。弟がこんな育ち方をして……」

「いつも俺の物を盗んでいる人が良く言いますね……」

「弟の物は私の物だ」


 暴論を振りかざし、リーゼはアルを追い出す。


「お前に作ったわけではない。食べたければ、今度にすることだ」

「じゃあ誰に作ったんです?」

「お前は知らなくていい」


 そう言ってリーゼはフッと笑うのだった。




■■■




「帝都はいかがでしたか? 殿下」

「うむ、悪くなかった」


 東部に戻ってきたリーゼは、ラインフェルト公爵家に立ち寄っていた。

 まるで主人と従者のように、ユルゲンはリーゼの横で紅茶を淹れる。

 そんなユルゲンに対して、リーゼは椅子に座るように指示を出す。


「座れ、ユルゲン」

「はい」


 大人しく指示に従ったユルゲンに対して、リーゼは作ったお菓子を出した。

 袋に包まれたそれを見て、ユルゲンは首をかしげる。


「これは?」

「帝都で買ってきた物だ。お前にやろう」

「光栄です」


 そう言ってユルゲンは袋を開けて、クッキーを口に含む。

 興味深そうに、お菓子を食べるユルゲンを観察していたリーゼは、問いかけた。


「どうだ? 味は」

「絶品です。さすが殿下かと」

「うむ、私の見る目は確かだからな」

「そういう意味ではないのですが……」

「……余計なことは言わなくていい」

「かしこまりました」


 そっぽを向いたリーゼに対して、クスリと笑いながら、ユルゲンはクッキーを食べるのだった。

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