第29話 アルのホワイトデー


「兄さんはホワイトデー返したの?」

「ホワイトデー?」


 聞きなれない単語に思わず聞き返す。

 レオは目を丸くすると、説明を始めた。


「バレンタインデーのお返しの日だよ。貰ったら返さないとね」

「なぜそんな日が……」


 面倒なことだ。

 思わずそう考えてしまう。

 それはそうとして。


「お前は返したのか?」

「ある程度の家格の女性には、ね」

「身元がわからん人には返しようがないか」


 そうだとしても相当な数だ。

 一方的に渡されたのに、返そうと思えるこいつは精神的に成熟しすぎな気がする。


「何を返したんだ?」

「手紙を返したよ。簡単なメッセージだけどね」

「あの数に対して手紙を……」


 想像しただけで手首が痛くなる。

 却下だな。

 とても参考にはならない。


「どこ行くの?」

「参考になりそうな人のところだよ」




■■■




「――というわけで、何かお返しについて良い案はないだろうか?」

「なぜ私のところに来たのですかな?」


 俺はお返しについてもっとも参考になりそうな人、宰相の下へ来ていた。


「愛妻家で知られる宰相だ。プレゼント選びは得意だろ?」

「若い方の趣味はわかりかねますな」

「宰相なら何を返すか、でいい」

「そうですな……」


 宰相はしばし考えこむ。

 そして。


「私なら手紙でも返すかと。手作りのお菓子を作る時間はありませんし、買ったものでは味気ありませんので。やはり自分で汗を流したものが気持ちのこもった品といえるのではないかと考えます」

「……」


 なるべく簡単なものがよかったのに……。

 よりによってレオと一緒とは。

 しばし無言のあと、俺は承知したと言って、踵を返す。

 そんな俺に宰相は声をかける。


「殿下、こういう悩みは父親にするものでは?」

「参考になるとでも?」

「陛下も昔はやんちゃでございました」

「帝国で唯一、複数の妃を持つ男に相談しても当てにはならないさ」

「陛下は喜ぶかと」

「俺に見返りがない」


 どうせ宝物とか贈れというに決まっている。

 それはそれで参考にならん。

 しょうがない。


「自分で考える」

「それがよろしいかと」




■■■




「うーむ……」


 金に物を言わせるのはさすがに品がないだろう。

 かといって、手紙というのはちょっと俺っぽくない。


「どうかされましたかな?」

「セバス、贈り物といえばなんだ?」

「女性にということでしたら、やはり宝石など喜ばれるのでは? 身に着けられるものはよいかと思います」

「なるほど……」


 身に着けられるモノ。

 買うのは気を遣わせるか。

 となると。


「どちらへ?」

「ちょっと取ってくる」

「まぁ、アルノルト様がそれでよろしいのでしたら、止めはしません」

「汗を流すことに意味があるからな」


 そう言って俺はとある山へ転移した。

 そこは帝国にある火山。

 火口の近くでは希少な宝石が取れる。

 火口の近くなのに青く輝くそれはブルー・フレイムと呼ばれる宝石だ。

 色鮮やかで、さらに採取が難しい。

 それを魔法で削り取ると、簡単にカットする。


「これでよし」


 さっさと城に戻ると、俺はセバスにそれを渡した。


「梱包してくれ」

「一つ聞きますが、汗をかきましたかな?」

「いや?」

「なるほど」


 セバスの問いに首を傾げつつ、俺はセバスがてきぱきと梱包するのを眺める。

 俺が帰ってくるのを見越して、道具を用意しているあたり、セバスとしては予想通りの展開なのだろう。

 綺麗に梱包されたプレゼントを持ち、俺は部屋を出た。

 そしてそのままフィーネの下へ向かう。


「アル様? どうかされましたか?」

「いや、ホワイトデーだと聞いてな」


 時間をかけてもあれなので、俺はさっさとフィーネに梱包されたプレゼントを渡す。


「急いで用意したから大したものじゃないが……」

「ありがとうございます! 開けてもかまいませんか?」

「ああ、もちろん」

「えっと……これはブルー・フレイムですか……?」

「ああ。穴をあけてあるから装飾品にしてもいいし、飾っておいてもいい。とりあえず使ってくれ」

「こんな貴重なもの……」

「平気だ。さっき採ってきたものだから」


 早口でそういうと、俺は話を切り上げてフィーネの部屋を出た。

 そんな俺の後ろにセバスが音もなく現れる。


「照れていますかな?」

「黙れ」

「失礼を。図星でしたな」

「うるさい」


 うんざりした表情を浮かべながら、俺は早歩きでその場をあとにしたのだった。


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