出涸らし皇子 配信SS

タンバ

第1話 ベッドの結界

「アル様、ベッドのシーツを取り替えますね」

「ありがとう、フィーネ。でも、君がわざわざそんなことする必要はないんだぞ?」


 仮にも皇子の俺には、侍女が何人かついている。

 傍に置くことはしないが、食事の運搬やベッドのシーツを取り替えるといった、日常的な世話は彼女らがやってくれる。

 彼女らがやらない場合はセバスもいる。

 公爵の娘であるフィーネがやる必要は何もない。


「いえ、私がやりたいだけですから。お気になさらず」


 フィーネは笑顔で答えると、楽しそうにシーツを交換し始めた。

 そういう家事みたいなことが好きなんだろう。

 本人が楽しそうなら止める理由もない。

 侍女をわざわざ部屋に入れなくて済む。それは俺にとっては利点だ。 

 隠しておきたいことばかりだからな。


「あ、フィーネ。ベッドの脇にある装置には触らないように」

「装置?」


 俺の言葉を聞いて、フィーネはベッドの脇を覗き見る。

 そこには隠された装置があった。

 忌々しい失敗作の装置だ。


「これは?」

「結界発生装置だ」

「貴重なものではないんですか?」

「生まれてはじめて、父上と母上に泣きついて作ってもらったものだ。技術者を集めて作られたもので、蓄えておいた魔力で結界を発生させる。要人の警護にも使える優れものさ」


 実際、俺にとっては無用の長物になったが、その技術はさまざまなところで生かされている。

 無駄な投資ではなかっただろう、帝国にとっては。


「なるほど。なぜそれがアル様のベッドに?」

「俺の安眠を邪魔する女がいてな。厄介なことに、そいつは自由に城へやってこれる身分だった。無理やり連れて行かれる危険から身を守るため、俺は結界を必要としていた」

「あー……なるほど」


 すべてを察したのかフィーネは苦笑する。

 その結界がどうなったかも理解しただろう。


「一応言っておくが、結界は正常に発動した。奴が来る頃に俺はちゃんと起きて、結界を発動してから二度寝した。けど、気づけば俺は引きずられていた。恐ろしいことに、帝国の技術者が総力をあげて作った結界を、奴は斬っていたんだ。俺は皇子である俺の身を守れない技術者たちをおおいに呪い、父上に相談した。このままでは寝不足になる、と。それに対する答えも残酷だった。今でも忘れない」

「皇帝陛下はなんと?」

「諦めろ、と。一言で、息子の懇願を切り捨てたんだ。幼い頃、俺に味方はいなかった。母上は楽しそうだったし、父上は諦めろという。すれ違う兄弟たちは、早起きだなと笑うばかり。俺はあんなにも寝たがっていたというのに……」


 思わず遠い目をして、過去を思い出してしまった。

 よき思い出という人もいるだろうが、振り回された側からすれば、よき思い出ではない。

 なにより。


「アル! 話があるわ!」

「ノックをしろ! ノックを!」


 この幼馴染が俺の部屋に入るときは、ノックをしなくていいと思い込んで成長してしまった。

 悪夢はまだ続いているのだ。


「お二人は本当に仲が良くて微笑ましいです」

「君までそんなこと言わないでくれ……」


 フィーネの言葉に俺は項垂れ、ため息を吐くのだった。

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