第3話 レオとゴードン



 出陣前。

 皇帝へのあいさつを終えたレオナルトは、城の中庭にいた。

 多くの思い出が詰まった幼いころの遊び場。

 幸せだったと断言できる時期。

 ただ、出陣前に思い出したのは今は亡き兄との思い出だった。

 今は兄と呼ぶことが憚られる人。

 しかし、かつては尊敬していた。

 目をつむり、レオナルトは過去へと思いを馳せる。




■■■




 まだレオナルトが十歳くらいの頃。

 中庭で剣術の稽古をしていた時、前線から帰ってきたゴードンが通りかかった。


「ゴードン兄上、お帰りなさい」

「おお、レオナルトか。剣術の修行か?」

「はい」

「では、少し稽古をつけてやろう」

「あ、その……もう剣術の時間は終わりで、座学のほうに行かないと」


 申し訳なさそうにレオナルトはつぶやくが、ゴードンは豪快に笑う。

 そして。


「戦場では何事も予定どおりにはいかない。慣れておけ。上手くいかないことも、な。さぁ、構えろ。俺を倒さねば座学にはいけんぞ?」

「で、ですが、先生を待たせています!」

「待たせておけばいい。どうしてもお前に教えたいことがあるならば、向こうからやってくるだろう。もしも、尊敬する先生にそんなことをさせられないというなら、俺を倒せばいい」

「そんな……ゴードン兄上は帝国の将軍です。僕じゃ……」

「ならば、同じことを戦場でも言うか? 相手が強いから勝てない、と」

「それは……」


 煮え切らないレオナルトに対して、ゴードンは軽く木剣をふるう。

 だが、ゴードンの軽くはレオナルトにとっては重い。

 なんとか受け止めるが、後ずさりしてしまう。


「お前はなんのために武芸に励む? 必要だからか? 自分がしたいからか? 周りがそうしろと言うからか?」

「僕は……」

「目的のない稽古には何の意味もない。俺は策士ではない。兵士の後ろで、兵士たちが死なないように指示を出すことは苦手だ。だから、自分を鍛える。背中で語れるように。この人についていけば大丈夫だと思わせられるように。突撃しかできん俺には、それしかない。だが、強くなければ周りが許してくれない。強くなければそんな方法は通じない。ゆえに、自分を鍛える。それが帝国のためであり、自分のためであり、戦友を守ることにつながるからだ。お前はどうだ? なんのために剣をふるう?」

「えっと……」

「剣術の時間だから剣をふるっていたな? 甘いぞ。そんな覚悟で剣を振るっても何も身につかん。守りたいものを心に思い浮かべろ。成したいことを夢見て剣を振れ。さぁ、来い!! レオナルト!」


 両手を広げるゴードンに対して、レオナルトは深呼吸をする。

 ゴードンの言うことは的を得ていた。

 心のどこかで、レオナルトはアルノルトを羨ましがっていた。今日もアルノルトは城の外へ遊びにいっている。

 自分も行きたい。そんな思いがあったから、剣術にも身が入っていなかった。

 だが、ゴードンの言葉で目が覚めた。


「僕は……ヴィルヘルム兄上のようになります。いつか……兄さんや母上を守れる強い自分になりたいから……」

「なら、本気でこい。座学の時間など気にするな。帝国の将軍と打ち合える経験は滅多にないぞ?」


 楽しそうにゴードンは笑う。

 そんなゴードンに対して、レオナルトはひるまず攻撃を仕掛けるのだった。

 それから数時間。

 ずっとゴードンとレオナルトは打ち合い続けた。もちろんゴードンは本気ではない。

 なるべくレオナルトに学びがあるように、様々な技を披露していた。

 だが、楽しい時間は突然終わりを迎えた。

 レオナルトの迎えがきた――からではない。


「さて、ゴードン。言い訳を聞こうか?」

「ま、待ってくれ! ヴィルヘルム兄上! 俺はレオナルトに剣術の稽古をつけていただけで!」

「その前に父上への挨拶が先だと思わないか?」

「それは……ちょっとのつもりだったんだ。ちょっと稽古を付けたら終わるつもりで……」

「それは父上に言うことだな」


 笑いながらヴィルヘルムはゴードンを連れていく。

 去り際、ゴードンはレオナルトの方を振り返る。


「良い攻撃だったぞ、レオナルト」

「はい! ありがとうございます!!」




■■■




 幼い頃の思い出。

 それを振り返ったレオは、フッと笑う。

 かつて語ったヴィルヘルムのようになるということは、実現しつつある。

 だから思い出したのか、それとも違う理由か。

 それでもレオはスッキリした顔をしていた。


「行ってきます。ゴードン兄上」



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