第16話 SS クロエとフィーネ



 その日、クロエはひどく緊張していた。

 冒険者として高ランクに位置するまで上り詰めたクロエだが、仙国にいるときは貴族に会うことなどなかった。

 そんなクロエが大陸随一の大国、帝国の城に呼び出された。

 なぜ? という疑問も生まれたが、呼ばれた以上、行かないわけにもいかない。


「ど、どうしよう……マナーとかわからないよぉ」


 緊張して椅子に座ったまま動かないクロエの下に、招待した人物が現れた。


「お待たせしてしまい、申し訳ありません。クロエさん」

「あ、ほ、本日は……お、お招きいただきありがとうございます……冒険者ギルド所属……AAA級、あ、もうS級か……その冒険者のクロエです……!!」

「フィーネ・フォン・クライネルトと申します。本日は急な誘いにも関わらず、来てくださり、本当にうれしいです!」

「その……あたしを呼んだ理由というのは……?」

「シルバー様のお弟子さんとお聞きしました。シルバー様には何度もお世話になっていますので、ぜひクロエさんにもお礼がしたいと思いまして」

「なるほど……」


 クロエは理由に納得した。

 神出鬼没な自分の師匠はお礼など受けない。

 せめて、弟子にお礼をというのはわかった。

 しかし。


「美人……」


 クロエは思わず小さくつぶやいた。

 当たり前だ。

 目の前にいるのは蒼鴎姫。

 帝国公爵家の娘にして、帝国一の美女だ。

 しかも平民出身のクロエに対しても何ら嫌味がない。

 見るからに素敵な人だった。


「ふぃ、フィーネ様は……お師匠様とはどういうご関係で……?」

「協力関係というのが一番でしょうか? 一方的に助けられているといえなくもありませんが」


 苦笑しながらフィーネは紅茶を淹れる。

 そして。


「私は帝国公爵家の出身です。常に民を守り、帝国を守ってくださるシルバー様を尊敬しております。私の大切な人たちも、幾度も助けていただきました。ですから、せめてクロエさんにお礼をしたいと思ったんです。それに……私があなたを招けば、ほかの貴族はあなたを招くことを遠慮しますから。私のお友達だと示しておけば、帝国滞在中、煩わしい思いをしなくて済むかと思いまして」

「……」


 フィーネの言葉を聞き、クロエは自分が恥ずかしくなってしまい、俯いた。

 自分のことを真摯に考えてくれていた。

 それなのに師匠の知り合いにこんな美人な人がいるなんて、と浅はかなことを思った自分が恥ずかしくなる。

 突然やってきたS級冒険者。

 帝国貴族としては誼を通じておこうと思う相手だ。

 それを阻止するため、フィーネはすぐにクロエを招いた。

 フィーネが招き、親しく接すれば、ほかの貴族は動きづらい。

 もちろん、すべてアルの指示ではあったが。

 フィーネとしてもクロエに興味があったことは事実だった。


「どうぞ、私、紅茶の淹れ方には自信があるんですよ?」

「あ、ありがとうございます」


 クロエに紅茶を渡し、フィーネは笑みを浮かべながら対面に座る。

 そして。


「少し聞かせていただけますか? シルバー様の話を」

「お師匠様の話ですか?」

「はい。謎が多い方ですから。あなたから見て、どう見えたのか。聞いてみたいです」


 フィーネは笑顔でそう質問した。

 それに対してクロエは最初こそ、ぎこちなかったが、すぐに楽しそうに話し始めた。

 それをフィーネも楽しそうに聞く。

 お互いに心に想う相手の話だ。

 その場は終始、笑顔に包まれたのだった。






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