第17話 SS ザンドラの幼少期




 十五年前。

 いまだ皇帝が精力的に動いていた頃。

 帝都を留守にすることが多い皇帝にとって、帰ってきたあとに出迎えてくれる子供たちの笑顔は癒しであった。

 しかし。


「フランツ、ザンドラの姿が見えないようだが?」

「ザンドラ殿下は魔法の稽古中です」

「稽古のほうがワシより優先か……」


 見るからに落ち込み、肩を落とす皇帝ヨハネスを見て、宰相のフランツはため息を吐く。

 今回は他国との戦争に勝利しての凱旋。

 帝都の民は威厳があり、かつ戦に強い皇帝を大歓迎で出迎えた。

 しかし、そんな皇帝は娘に出迎えてもらえず落ち込んでいる。


「しっかりしてください、陛下。あとで呼べばよろしいかと」

「呼んでくるのと、自分から来てくれるのは天と地ほどの差があるのだ!」

「どちらも来たという事実は変わりません」

「過程の問題だ、過程の!」


 憤慨してヨハネスは歩きだす。

 フランツはそんなヨハネスの後を呆れながらついていくのだった。




■■■




 その頃、ザンドラは必死に魔法の稽古に明け暮れていた。


「殿下、皇帝陛下がお呼びですが……」

「あとにして!」

「しかし……」

「お父様にはあとで行くと伝えて!」


 魔法に夢中なザンドラは皇帝の命に従わなかった。

 娘に甘い皇帝のことだ。怒るようなことはしないだろうが、傍にいるメイドたちは緊張していた。

 皇帝の命は絶対。

 それに背くのは勇気がいることだ。

 しかも、いつものザンドラならば呼ばれる前に皇帝を出迎えている。

 それが、なぜか今日に限っては魔法の稽古に没頭している。

 何が起きているのか?

 メイドたちにはさっぱりだった。

 しかし。


「もう少しなのにぃ……」


 ザンドラはひたすら魔導書と格闘しながら、魔法の実践に明け暮れていた。

 そして。

 夜。

 皇帝の子供たちが寝静まった頃。

 ザンドラは息を切らして皇帝の私室へやってきた。

 そこでは私室でも夜遅くまで話し合いをしていた皇帝ヨハネスとフランツがいた。


「お父様!」

「うん? ザンドラではないか。どうした? こんな夜更けに」

「ザンドラ殿下、もう寝る時間かと」

「少しだけ!」


 子供はもう寝る時間だ。

 フランツは騎士を呼んで、ザンドラを連れていかせようとするが、ザンドラはそう言って指に火を灯した。

 魔法だ。しかも初歩的な。

 魔法の才能に優れたザンドラならばできて当然のこと。

 それにはヨハネスもフランツも驚かない。

 しかし。


「おおぉ……!!」


 ザンドラの手に灯った火は、ザンドラの手から離れて、空中で静止する。

 それをザンドラはいくつも生み出していく。

 すると、空中に火による言葉ができていた。

 書かれていたのは〝おかえりなさい〟。


「おかえりなさい、お父様!」

「おお!! 見たか!? フランツ!? ワシの娘は天才だ!」

「たしかに素晴らしい制御力ですが……」

「こっちへ、さぁこっちへ! えらいぞ! ザンドラ! ずっと練習していたのか!?」

「はい!」

「なんと! 人を喜ばせる天才でもあるな! 今日は良い日だ! 実に気分がいい!」


 娘のサプライズに浮かれる皇帝を見て、フランツはため息を吐きながら書類を片付け始めた。

 この様子ではもう重要な話し合いはできないだろうと思えたからだ。

 すでに厳格な皇帝の姿はそこにはない。

 あるのは可愛い娘を抱き上げる父親の姿だけだったからだ。



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