第18話 SS クリスタと新人近衛騎士隊長


 アルが藩国で宰相として辣腕を振るっている頃。

 帝都にいるクリスタは奇妙な遊びを習得していた。


「クーちゃん! まずいって!」

「平気……」


 城の上層。

 見張り台の役割を担う尖塔。

 そこをクリスタは登っていた。

 後を追うのはクリスタ専属の見習い近衛騎士であるリタ。

 ここは本来立ち入り禁止。

 バレたら間違いなく怒られる。

 それでもクリスタはいつもの調子で登っていく。


「よし……」

「うわぁ……すごい高さだよ?」

「スリル満点……」

「クーちゃんが変になっちゃった……」


 帝都の反乱以後。

 クリスタは高いところが好きになった。正確には高いところから飛び降りるのが、だが。

 その熱中ぶりはすさまじく、自分で浮遊魔法を勉強するほどだ。

 しかし、すぐに会得できるものではない。

 だからクリスタはここまでやってきていた。


「本当にやるの……?」

「やる……」

「これ、失敗したら死ぬんじゃ……」

「大丈夫。受け止める人は用意してある……」

「やっぱりやめたほうが……」

「二人なら平気……」


 そう言ってクリスタはリタに手を伸ばす。

 感動的な言葉だが、違反行為に付き合わせようとしているだけでもあった。

 しかし、リタはクリスタ専属の近衛騎士。たとえ見習いといえど。

 クリスタについていかないという選択肢はなかった。

 

「えっと、行くときは行くって……」

「行く」

「わぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!??????」


 基本的に恐れ知らずのリタだが、さすがに城の上から落ちるのは怖かった。

 しかし、クリスタは気にした様子もなく飛び降りる。

 手をつないでいたリタも勢いよく落ちる。

 リタは叫ぶが、クリスタは楽しそうに笑う。


「風が気持ちいいね……」

「落ちてる! 落ちてる!?」

「平気平気……騎士がいるから」


 そう言ってクリスタは空を見上げる。

 予め待機していた白い竜騎士が勢いよく降下してきて、クリスタとリタをまとめて引き寄せる。

 そして。


「殿下……怒られるのは俺なんですが……」

「食堂からノーヴァのお肉をくすねたの知ってる……」

「それは……」

「フィン、なんでも言うこと聞きますって言った……」

「はぁ……」


 新たに近衛騎士隊長に就任したフィンは、ノーヴァの夜食を食堂からくすねたことがあった。

 近衛騎士隊長だ。言えば肉くらいもらえる。しかし、人がいなかったから勝手に持っていくしかなかった。

 それを見つけたクリスタが、無理やりフィンに協力させていた。

 別に断ろうと思えば断れるし、言われたところで痛くも痒くもないが、近衛騎士隊長になったばかりのフィンは皇族のあしらい方をわかっていなかった。

 そのため、クリスタの無理難題に付き合わされることになったのだ。

 さらにいえば、勝手に遊ばれるより、管轄下で遊ばれたほうがましという考えもあった。

 それにしても。


「危険な遊びですから。俺がいないときはやらないでくださいね?」

「わかった……」

「怖かったぁ……」

「リタ。君も止めるんだよ?」

「止めたけど……止まらない……」


 リタはフィンの言葉に肩を落とす。

 いつもは大人しいクリスタだが、こうと決めたら頑固な一面がある。

 この遊びはそういう一面が出てくるのだ。


「あの兄にして、この妹ありか……」


 北部で関わることになった変な皇子。

 その妹ならば仕方ない。

 そう思うことにして、フィンは自分を納得させることにした。


「もう一回……」

「はぁ、ではお送りします」

「いい、自分で登る」

「……こだわりですか?」

「そう、こだわり」


 やれやれと思いつつ、フィンは一礼して空へと戻るのだった。




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