第19話 セバスのモーニングルーティーン




 セバスの朝は早い。

 寝ないで朝を迎えることもしばしば。

 しかし、暗殺者として鍛え上げられたセバスにとって睡眠をとらないことは日常茶飯事。

 そういう体のつくりになってしまっている。

 ゆえにそこに苦労は感じていなかった。

 執事服を身に纏い、早朝から働くメイドたちに挨拶しながら厨房へと向かう。

 いつもなら厨房には向かわない。

 ただ、今日はいつもとは違う日だ。

 いつもならば主であるアルを起こしにいくが、今日は別。

 そもそもアルを起こすならばこんな早朝ではない。

 ではなぜこんな早朝から動いているのか?

 それは別に起こすべき人がいたからだ。

 厨房から軽い朝食と飲み物を受け取り、一切バランスを崩さずにとある一室へと向かう。

 フィーネの部屋だ。

 公爵家の娘として、そして蒼鴎姫として、フィーネは城の一室を与えられている。

 城に泊まるときもあれば、帝都にあるクライネルト公爵家所有の屋敷に帰るときもある。

 だが、今日は城に泊まった日。

 そういう日は、アルを起こすのはフィーネの日課だ。

 そのためにセバスはフィーネを起こしに来ていた。


「失礼いたします。フィーネ様。朝食を持ってまいりました」


 扉をノックして、数秒待つ。

 反応がないため、開けると中は静かだった。

 無理もない。まだまだ早朝。

 この時間から動いている者は少ない。

 机の上に朝食を置くと、そのままセバスはフィーネの部屋に隣接している部屋へ向かう。

 そこにはフィーネが親しくしているメイドたちが寝ていた。

 彼らに声をかけ、セバスはフィーネの朝の身支度をお願いする。

 その間にセバスは再度、厨房へと戻り、暖かい飲み物を用意して、別室へと向かう。

 そこは城の上階。

 フィーネの部屋よりさらに上のその部屋は、アムスベルグ勇爵家に与えられた一室だ。

 ノックをすると、力ない返事が返ってくる。

 静かに扉を開けると、そこではグッタリとした様子のエルナがいた。


「夜勤お疲れ様でございます、エルナ様」

「眠いわ……」

「暖かい飲み物をお持ちいたしました。少し寝ていかれますか?」

「そうね……そうする」

「では、頃合いを見て起こしにまいります」

「頼んだわ……」


 完全に戦闘モードのエルナならば眠気など感じずに動けるだろうが、城の警備で戦闘モードになっていたらエルナの身が持たない。

 暖かい飲み物を飲み、ホッと一息つくと鎧とマントを脱いで、そのままベッドにダイブする。


「セバス……片付けておいて……」

「かしこまりました。寝ながら服を脱ぐのは感心しませんが」

「いいのよ、別に……」


 着ていた服を布団の中で脱ぐと、ポイっとベッドの外へ投げる。

 子供のころから、アルのついでに自分の身の回りの世話をしてくれる執事に、今更羞恥心など抱かない。

 そのままエルナは静かに寝息を立て始めた。


「困った方ですな」


 言いながら、手早く服を集め、代わりの服を用意し、鎧とマントを綺麗に立てかける。

 それを終えると、そのままセバスはフィーネの部屋へと移動する。

 そこでは身支度を終えたフィーネが朝食を食べていた。

 ただし、寝ぼけているのかまだ動きがおぼつかない。


「セバスさん……おはようございます……」

「おはようございます、フィーネ様。昨日、アルノルト様は遅くまで作業をしていたようですので、ゆっくり起こされるのがよろしいかと」

「わかりました……ではゆっくりします……」


 ウトウトしているフィーネにそう告げると、セバスはフィーネの机まで行き、今日、必要そうな資料をまとめる。

 フィーネの目が覚めているなら、フィーネがすることだが、まだ寝ぼけているため、手早くセバスがまとめる。

 それを終えると、セバスは資料のことをフィーネに告げて、部屋を去る。

 次に向かったのはクリスタの一室だ。

 そこではジークが欠伸をしていた。


「いつもどおりですかな?」

「いつもどおりだ」

「では、クリスタ殿下はお願いいたします」

「おー、任せとけー」


 クリスタの護衛であるジークと短いやり取りを終え、ようやくセバスに時間が生まれた。

 フィーネがアルを起こしに行くまでまだ時間がある。

 そこでセバスはさらに移動した。

 そこは後宮。


「あら? 珍しいわね」

「時間ができましたので紅茶でもお淹れしようかと」

「それじゃあ頼むわね、セバス」

「お任せを、ミツバ様」


 そう言ってセバスは優雅な所作でミツバのために紅茶を淹れる。

 そしてその紅茶を楽しむミツバの後ろで静かに控える。

 主が起きれば、忙しくなる。

 それまでの僅かな静寂を楽しむのだった。

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