第15話 SS ヴィルヘルムの窮地
アルとレオが帝位争いに参戦する七年前。
皇国と帝国との間で大きな戦争があった。
その戦争で皇太子ヴィルヘルムは人生最大の窮地に陥った。
ちょうど、王国が連合王国と戦争中であり、王国側に目を向けていたこともあり、帝国の初動は遅れた。
すぐに反応できたのは帝都にいた皇太子と第二皇子エリクのみであり、双方は五万の東部国境守備軍を指揮下に置いて、皇国軍を迎え撃った。
緒戦こそ、帝国軍が勝利したものの、皇国軍は続々と援軍を加えて二十万の大軍に膨れ上がっていた。
籠城戦ではいずれ破られる。
そう判断した皇太子ヴィルヘルムは、突如として一万の精鋭で敵本陣を強襲。
敵指揮官を討つことには成功したが、小高い丘に追いつめられる形となった。
「それで? これからどうする?」
「兵の様子は?」
「皇太子殿下のためなら死を厭わないという感じだな」
「それはいけないな。生きて帰れる者は、生きることを諦めない者だ。鼓舞しなくては」
周りを二十万に囲まれた状況でも皇太子ヴィルヘルムはいつもどおりだった。
そんなヴィルヘルムの様子にエリクはため息を吐く。
「私が囮になる。その間に包囲を抜けろ」
「断る」
「このままでは抜け出せなくなるぞ?」
「いや、抜け出せる」
「では策を示してくれ。敵指揮官を討ち取った代償に、皇太子を討ちとられたでは割に合わないぞ?」
「そう慌てるな。もうすぐ一か月だ。急いで動けば、まとまった援軍が来る頃合いだ」
「他力本願はやめろ。来るかもわからない援軍にすべてを託すつもりか?」
「少しは弟妹を信じたらどうだ?」
「お前がいなければまとまらん」
「かもしれない……だが、何が起きるかはわからないぞ?」
そう言ってヴィルヘルムはニヤリと笑った。
その笑みを見て、エリクはため息を吐く。
そういう笑みを浮かべたとき、ヴィルヘルムに何を言っても無駄だからだ。
来ると信じているなら、来る前提で作戦を立てる必要がある。
「いつでも包囲を突破するように指示をしておく」
「そうしてくれ」
そうヴィルヘルムが言った時。
角笛の音が戦場に響いたのだった。
■■■
「俺の前を走るな!」
「ふん! 遅いのが悪い! 一番槍は私がもらうぞ?」
「なにを!? 二人で一番槍と言われたではないか!? 抜け駆けするな!」
「現場の判断というやつだ」
角笛の音と共に二人の将軍が周りを置いてけぼりにして、敵陣に突っ込んだ。
少しだけ早かったのは第一皇女リーゼロッテ。
少しだけ遅かったのは第三皇子ゴードン。
「私の勝ちだな」
「何を偉そうに! どちらが多くの兵を斬ったか! それで勝負だ!」
「面白い。では、私は自由にやらせてもらうぞ?」
そう言ってリーゼはさっさと敵陣深くに向かってしまう。そのあとをリーゼの側近たちが追う。
一方、ゴードンの側近たちは遅れていた。
「遅いぞ! フィデッサー! 何をしている!?」
「お待ちください! 殿下! 隊列が伸びてしまっています!」
「知ったことか! リーゼロッテを追うぞ!」
「あ、殿下!? お待ちを!」
ようやく側近たちが追い付いたのを確認し、ゴードンも突っ込んでいく。
それを見て、フィデッサーはため息を吐く。
そして。
「ということでして……申し訳ありません、トラウゴット殿下。後方指揮をお任せしてもよろしいでしょうか?」
「わかっていたでありますよ。こうなると思ったから、自分はここに配置されたのであります。どうぞ、お好きなように」
二人と打って変わって、投げ槍な態度なのは第四皇子トラウゴット。
呆れた様子で、後続の軍の指揮に移る。
それを見て、フィデッサーもゴードンの後を追った。
「困ったものでありますな」
「そうでしょうか? 私はああいう姿に憧れます」
後方指揮を任されたトラウゴットの横。
第五皇子のカルロスは輝いた目で二人を見つめていた。
それに対してトラウゴットはつぶやく。
「人には向き不向きがあるでありますよ。それにあの突撃は〝馬鹿〟であります。決着は到着した時点でついているでありますからな」
そう説明し、トラウゴットは本軍へと目を向けた。
無数の掲げられた旗はほかの皇族とは一味違う意匠が施されていた。
その旗を掲げられるのはただ一人。
それを見て、皇国軍は一気に総崩れになった。
「こ、皇帝旗だ!!?? 皇帝が自らやってきたぞ!?」
「逃げろ!! 十万はいるぞ!?」
「早く下がれ!! 近衛騎士たちが突っ込んでくるぞ!!!!」
恐慌状態。
そんな皇国軍に対して白いマントを羽織った一騎当千の騎士たちが突撃していく。
元々、小高い丘を囲んでおり、迎え撃つ形ができていなかった皇国軍は総崩れとなったのだった。
■■■
「続け!」
皇帝軍の登場を受け、皇太子ヴィルヘルムは脱出にとりかかっていた。
一点突破の突撃。
させまいと皇国軍も抵抗するが、皇太子ヴィルヘルムが先頭に立った軍はいとも簡単に皇国軍を突破していった。
さらに。
「ヴィルヘルム兄上!」
ヴィルヘルムの進路上。
大きな爆発が起きて、皇国兵たちが吹き飛ばされた。
そこにいたのは第二皇女ザンドラ。その周りには多くの近衛騎士がいた。
「おお! ザンドラ。お前も来ていたのか?」
「はい! 援護を仰せつかりました! 道を作ります。ついてきてください」
「頼もしいな、そう思わないか? エリク」
「私はそんなことよりこんなに戦力を集中して、王国側が問題ないのか心配だ」
「可愛い妹が助けに来てくれたのだ。王国のことなど忘れて、素直に喜べ。さぁ、父上に挨拶しにいくぞ」
そう言ってヴィルヘルムはザンドラの魔法で空いた道を通って、悠々と脱出したのだった。
皇帝出撃の一報を受けて、皇国軍はそのまま撤退。
出撃できる成人済みの皇族を全員動員した本気の軍ではあったが、王国側が安定していない以上、そのまま侵攻することはないという判断だった。
実際、皇帝は軍をヴィルヘルムに任せると即座に撤退した。
こうして皇太子ヴィルヘルム、最大の窮地を脱したのだった。
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