第37話 ありえた未来
これはきっと夢なんだろう。
そう思いながら、俺はゆっくりと歩いていた。
「兄さん、早くしないと!」
「そんな慌てるなって」
俺を急かすのはレオだ。
暗い廊下を歩いていくと、一気に光が広がった。
そこは帝剣城のバルコニー。
すでに兄姉たちが集まっていた。
「遅いぞ、アルノルト、レオナルト」
「すみません、エリク兄上、その、兄さんが……なかなか起きなくて」
「だから言ったじゃない。早めに起こしなさいって」
エリク兄上の横。
ザンドラ姉上が呆れたようにため息を吐くと、俺の傍までやってくる。
そしてぼさぼさの髪を整えようとしてくる。
「まったく、どうしてこんなボサボサなの? ちょっとはレオナルトを見習いなさい」
「はーい……」
「あくびを噛み殺しながら返事をするんじゃないわよ」
ザンドラ姉上は俺の髪を直すのを諦め、俺の頬をつねる。
そんな俺たちを尻目に、眼下に広がる大勢の民、そして整然と整列した帝国軍を見ながら、リーゼ姉上とゴードン兄上が張り合う。
「やはり俺の軍のほうが練度は上のようだな」
「並ぶだけなら誰でもできる。その程度のことを誇らないほうがいいぞ? ゴードン」
そう言ってリーゼ姉上が右手を上げる。
それだけで、整列していたリーゼ姉上の軍は踵を合わせ、一斉に民に向かって敬礼した。
その見事な動きに民たちは沸き立つ。
「どうだ? やってみるか?」
「お、俺の軍はそういう細々しいことは苦手だ! そんなことできなくても、我が将兵たちは勇猛果敢だ! 馬鹿にするな!」
「馬鹿にはしていない。兵士は将に似ると思っただけだ」
「馬鹿にしているではないか!?」
白熱する二人。
それを見ながら、トラウ兄さんが呟く。
「よくこんな暑い中、張り合えるでありますね……」
「二人らしいではないですか」
トラウ兄さんの隣、カルロス兄上がフッと微笑む。
年長組は好き勝手振る舞っているが、年少組はそうもいかない。
緊張した様子で、ルーペルトやクリスタは座っており、ヘンリックは今にも剣を抜きそうな、ゴードン兄上とリーゼ姉上の傍でウロウロしている。
そんなヘンリックを見て、コンラートは笑っていた。
これは夢。
ありえない夢だ。
けれど、美しい夢だ。
かつて。
誰もが思い描いた夢。
「そろそろ落ち着け、我が子供たち」
「お前たち、父上も来られた。早く座れ」
エリク兄上はそう言って、弟と妹たちを座らせる。
その言葉に従い、俺も指定の席に座った。
エリクは父上の傍へ向かい、最後の打ち合わせをしている。
「陛下、では、その段取りで」
「ああ。これでようやく陛下という言葉から解放されるな……」
「私が言うのもなんですが……お疲れ様でした」
「まぁ、ほどほどに大変ではあった。だが、良い皇帝人生と言えるだろう。なにせ子供たちが争わなかった」
「父上の教えがあればこそです」
「世辞はよせ。すべては跡取りが優秀だったからだ。さぁ、新たな皇帝を迎えよう」
そう言って父上が後ろを見ながら立ち上がる。
それに合わせて、全員が立ち上がった。
廊下からゆっくりと靴の音が聞こえる。
現れたのはヴィルヘルム兄上だった。
その横にはテレーゼ義姉上。
その登場に民たちが一斉に沸き立った。
そんな民たちの目の前で、父上はヴィルヘルム兄上に王冠を譲った。
そして、皇帝が座る席にヴィルヘルム兄上が腰をかけた。
「新皇帝陛下万歳!」
「ヴィルヘルム陛下万歳!」
「アードラー万歳!!」
民たちから祝福の言葉が飛び交う。
それにヴィルヘルム兄上は笑みを浮かべながら手を振ってこたえる。
その脇には多くの兄妹たち。
優秀なアードラーの者たちがわきを固める。
盤石の体勢。
そんなヴィルヘルム兄上の姿を見て、レオは目を輝かせている。
「すごいね、兄さん……」
「そうだな……」
それは憧れた姿。
誰もが認める完璧な皇帝。
そんな皇帝は民たちへの顔見せを終えると、踵を返す。
追従するのはエリク兄上をはじめとした兄弟たち。
「さぁ、行くぞ。我が弟と妹たち。私と共にこの帝国を支えてくれ!」
愉快そうにヴィルヘルム兄上は笑い、暗い廊下へと消えていく。
それを皆が追っていく。
俺はそこには行きたくなかった。
この夢から覚めたくはなかったからだ。
けれど、無情にも足は進んでいく。
暗い廊下に飲み込まれ、俺の意識は暗転する。
そして。
「夢か……」
目を覚ました時。
俺はどこか空虚さを感じながら、つぶやいていた。
夢に心を惹かれるなんてめったにない。
けれど、もう一回、見られないかと思うほど良い夢だった。
長兄ヴィルヘルムが皇帝になり、優秀な兄妹たちが周りを固める。
誰もが思い描いた理想像。
それは叶わなかった。
誰もが望んだにも関わらず。
「アルノルト様、おはようございます」
「ああ、おはよう、セバス」
「さっそくですが、冒険者ギルドから依頼が入っております」
「やれやれ……SS級冒険者も辛いな」
休む暇もない。
そんなことを思いながら、俺は仮面を被って、服を一瞬で着替える。
そして転移門を開き、その場をあとにした。
その時にはもう夢のことは忘れていた。
心の中に、絶対に叶えなければいけない目標があったからだ。
夢を見ている時間は俺にはないのだ。
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