第38話 嘘をつく日


「アル様! アル様!」

「うん?」

「私、身長が伸びました!」


 勢いよく部屋に入ってきたフィーネが、そんなことを言ってきた。

 少し思案したあと、俺はありきたりなことを呟いた。


「それは……喜ばしいな」

「あ、その……嘘です……すみません……」


 しょんぼりとした様子で、フィーネは肩を落とす。

 一体、何をしたいのかわからず、俺は苦笑する。


「また異国の文化か?」

「はい……嘘をついてもいい日だとか……実は嘘でしたと明かして、相手を驚かすのが面白いらしくて……」

「それで身長が伸びたと?」

「驚いてくれるかと……」

「工夫が足りなかったな」


 そう言いつつ、俺はニヤリと笑う。

 嘘をついていい日なんて、面白い。

 誰にでも嘘をついてもいいなら、いくらでもイタズラができる。

 誰にイタズラをしようかなと思っていると、部屋の扉が開いた。


「アル! なんだか嘘をついてもいい日とかって話だけど、嘘ついちゃだめよ!?」


 入ってきたのはエルナだった。

 そんなエルナに対して、俺は呆れた様子で告げる。


「お前、そんなこと信じているのか?」

「え?」

「そういう文化があるという嘘だぞ」

「え? え? でも……」

「常識的に考えろ。嘘をついていい日なんて、非常識だ。そんな文化があるわけがないだろ。そういう嘘で遊んでいるだけだ。ひっかかるな」

「え? そ、そうだったの? 私はてっきり……」

「近衛騎士が嘘に踊らされるのはどうなんだ?」

「し、知ってたわよ! ちょっと確認で言っただけよ! そんな文化があるわけないわよね!」


 顔を真っ赤にして、エルナが笑う。

 そんなエルナを見て、俺はにんまりと笑う。

 これは愉快だ。


「まぁ、という嘘だけどな。本当にそういう文化があるから、騙されないようにしろよ、エルナ」

「なっ……!!」

「面白い文化だ」

「あ、アル!? だましたわね!?」

「知ってたんだろ?」


 喚くエルナを尻目に俺は部屋を出る。

 そしてルンルン気分で後宮へ向かった。

 後宮にはクリスタがいるはずだし、からかって遊ぼう。

 そういう魂胆だった。

 しかし。


「クリスタは遊びに出かけたわよ」

「そうですか……」


 からかいがいのある妹が遊びに出かけたときいて、俺は肩を落とす。

 そんな俺を見て、母上がクスリと笑う。


「クリスタがいなくて残念そうね?」

「いえいえ、クリスタがいないなら話がスムーズで助かりますよ」


 そう言って俺は真剣な顔つきで母上を見つめた。

 そして。


「母上、実は……シルバーの正体は俺なんです」

「知っているわよ」


 母上は動じない。

 ニッコリと笑っている。

 そのあまりの動じなさに、俺は冷や汗を流しながら告げる。


「嘘です……」

「知っているわよ」


 クスクスと母上は笑う。

 その知っているというのが、この文化を知っているのか、それともすべて知っているのか。

 それを確認するのは怖くてできなかった。

 嘘をつく相手は選ぼう。

 心の中で教訓にしながら、俺は紅茶を飲むのだった。


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