第44話 皇妹殿下




 帝国辺境の村。

 そこの酒場兼宿場にフードを被った人物が入ってきた。

 店主はその人物を見て、眉を顰める。


「お客さん……悪いことは言わんからほかをあたりなさい」

「……一泊だけ」


 フードからチラリと見えたのは綺麗な金髪。

 声は女性のものだ。しかも若い。

 それに気づいていた店主は、顔をしかめる。

 声を聞いた瞬間、酒場の奥で座っていた男たちが三人、立ち上がったからだ。


「おいおい、旅人さんよ。この店に来たのにフードを脱がねぇのは失礼ってもんじゃねぇか?」


 若い女と気づき、男たちは笑いながら近づく。

 店主はそんな男たちに注意する。


「うちの店ではやめてくれ」

「なら、この店じゃなきゃいいんだな?」


 店の中では横暴を許さない。

 そういう姿勢を店主は見せたが、それに対して男たちは笑いながらフードの女を連れ出そうとする。

 だが。


「……触らないで」


 男が腕を掴もうとした瞬間。

 男は床に寝転がっていた。

 女が男の腕を掴んで投げたのだ。

 目にもとまらぬ早業。

 それに対して、全員が度肝を抜かれる。

 しかし。


「てめぇ……!!」


 投げられた男が顔を真っ赤にして、立ち上がる。

 そのまま女に突進した。

 勢いをつければ小技は使えない。

 そういう判断だったが。


「……近寄らないで」


 男はいきなり硬い壁にぶつかり、そのまま意識を手放す。

 女の周りには半透明の壁が出来上がっていた。

 それは。


「ま、魔法だ……!」

「気をつけろ! 魔導師だぞ!」


 男たちは女が魔法を使うことに驚き、声を上げる。

 それにつられて、わらわらと男たちの仲間が酒場の周りに集まってきた。

 その数は五十以上。


「この村が俺たち山賊団の支配下だって知らないらしいな?」

「無事に帰れると思うなよ?」


 多勢に無勢。

 これから起こる惨劇を想像し、酒場の店主は目を背ける。

 一月前から、この村は山賊たちに支配されていた。

 モンスターの大量発生で、騎士たちはその対応に追われている。

 領主はいまだ対処できていない。

 もしかしたら耳に入ってすらいないかもしれない。

 元々、辺境の村だ。

 閉鎖的であり、どうしても情報は外に出にくい。

 たまたまやってきた旅人も犠牲になる。

 いつまでこの地獄は続くのだろうか。

 そんな風に思った時。


「一つ聞いてもいい……?」

「なにかな……?」

「この人たち……やっつけても平気?」


 女はあまり感情を感じさせない声色で、そう告げた。

 聞かれたことをすぐに理解できなかった。

 けれど、店主は自然と頷いていた。

 それを見て、フードの女は口元に笑みを浮かべた。


「よかった」


 声と同時に風が吹き始める。

 それは閉鎖的な村に流れ始めた新たな風であり、災いをすべて吹き飛ばす風だった。

 風は徐々に強くなり、やがて竜巻へと変わる。

 酒場を囲っていた山賊たちはその竜巻に巻き込まれ、全員吹き飛ばされてしまう。

 その威力に酒場の中にいた山賊は腰を抜かした。


「う、嘘だろ……?」

「まだやる……?」

「い、いや……悪かった! 大人しく出ていく! 許してくれ!」


 男は平謝りをして、その場を乗り切ろうとする。

 女はそんな男を一瞥すると、背を向けた。

 元々、興味があったわけじゃない。

 ただ降りかかった火の粉を払っただけだ。

 だが。


「うわっ!?」

「おい! 動くなよ!?」


 男は隙をつき、店主にナイフを突きつけて人質としてしまう。

 女は少し押し黙ったあと。


「嘘は良くない……」


 ぼそりと呟いた。

 けれど、そんなことは山賊には効かない。


「騙されるほうが悪いんだよ! おい、こっちに来い!」


 男は店主を連れて、外に出る。

 そして意識を取り戻しつつあった仲間の何人かに声をかける。


「おい! 起きろ! その女を縛れ! アジトに連れて帰るぞ!」


 どうにか起き上がった仲間たちは、よくもやってくれたな、とばかりに女に近づく。

 だが。


「私に構うな! やってしまえ!」


 店主は勇気を振り絞って、そう言い放った。

 その言葉に男たちはびくりと体を震わす。

 人質が通用しないなら、敵う相手ではないからだ。

 しかし。


「……良い人は見捨てちゃいけないって教わった」


 女はそう言うと無抵抗をアピールするために両手をあげた。

 男たちはそれを見て、ニヤリと笑う。

 だが。


「善人はいつも損をするんだぜ!」

「そういう人たちが損をしないように……騎士がいるんだよ」


 一瞬で山賊たちは崩れ去った。

 女の傍に現れたもう一人のフードの人物が、全員を斬ったのだ。

 そして。


「危ないことは駄目だよ!」

「危なくないから平気……」

「そもそも油断しない! そんなだから一人旅が許可されないんだって!」

「嘘つくほうが悪い」


 おそらく知り合いなのだろう。

 自分が助かったことに店主はホッと息をつく。

 同時に多数の馬の足音が聞こえてきた。


「山賊に襲われている村があると聞き、駆けつけた! 遅くなってすまない!」


 先頭を駆けるのは若い青年だった。

 その青年のことを店主は知っていた。


「りょ、領主様……!」

「皆、無事か!? 山賊はどこだ!?」


 青年領主は今にも剣を抜きそうな勢いで、辺りを見渡すが……。


「これは……」

「こ、この方たちに助けていただきました……!」


 店主は駆けつけた青年領主にそう事情を説明する。

 それに対して、青年領主は素早く反応した。


「なんと!? 旅の方か!? 領民を救ってくれて、感謝する!」

「……遅い」


 丁寧に頭を下げる領主に対して、フードの女はそれだけ告げた。

 あんまりな発言に全員が固まる。

 しかし、言葉は止まらない。


「今更……何をしに来たの? 皆、困ってた……」

「も、申し訳ない……」

「りょ、領主様になんと無礼な! 我らはモンスターを討伐して回り、休む間もなくここへやってきたのだぞ!」

「先代が冒険者ギルドともめて、冒険者が寄り付かなくなったのが原因……解決できてないあなたたちの問題」

「く、詳しいな……その通りだ。弁解の余地もない」

「りょ、領主様! この無礼者を許すのですか!?」

「無礼、無礼ってうるさい! あなたのほうが無礼だから!」


 我慢ならないとばかりにもう一人のフードの人物が声を上げる。

 そして、その人物がフードを取った。

 くすんだ金髪をサイドポニーにまとめた少女。

 年は十代後半。

 少女は持っていた紋章を取り出しながら告げる。


「帝国近衛騎士団所属第三騎士隊のリタ。こちらは帝国皇妹、クリスタ殿下であられる。これ以上の無礼は……私が許さない」


 リタがそう告げると、呆れた様子で隣にいたフードの女がフードを取る。

 鮮やかな金髪に紫色の瞳。

 まるで人形のように美しい少女を見て、領主は慌てて馬から降りた。


「し、失礼いたしました!」

「リタ……お忍び」

「無礼って言われて……つい」

「……兄様がこの領地の心配をしてたから来ただけ。罰とかはないから安心して」

「……ご温情と配慮に感謝いたします。皇妹殿下」

「しっかりと領地を治めて。苦しむ人が少しでも減るように」

「はっ……」

「私はここにいなかった……そういうことにして」

「承知いたしました」


 クリスタはフードを被ると、リタと共に歩き出す。


「次はどこ……?」

「南のほうでもモンスターが発生してるって話だけど……」

「うーん……アロイス苦戦中?」

「それについてはなんとも」

「じゃあ様子を見に行こう……」


 クリスタはそう言うと、後ろでまだ頭を下げ続けている青年領主に微笑む。


「……頑張って。応援してるから」

「は、はっ!!」


 そんな言葉の後、クリスタとリタの周りに風が吹く。

 その風が吹き終わった頃には、二人の姿はそこになかった。


「ま、まさか皇妹殿下だったとは……」

「陛下は若い妹君や弟君には旅をさせていると聞いていたが……本当だったとは」

「危険では……? 護衛がいるとはいえ……」

「危険だからこそ、だろう。それに……あの方々の妹君だ。彼女もまたアードラーということだろう。しかし……聞きしに勝る美しさ。求婚者が後を絶たないというが、それも頷けるな」


 そう言うと青年領主は部下の騎士たちに、山賊たちの捕縛を命じるのだった。



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