第31話 SS 大人になったクリスタ


 帝都。

 そこでジークの代わりにクリスタたちの身の回りの世話兼護衛をしていたリンフィアは、頭を抱えていた。


「リンフィア……髪伸びちゃった……」

「そのようですね……」


 伸びたのは髪だけではない。

 背も伸びている。

 どうみても十代後半の少女が、ベッドで横になっていた。

 とてもクリスタとは思えない。

 容姿は刺々しさのないリーゼといった感じで、困惑してジッとリンフィアを見つめている。


「……決して部屋からは出ないでください」

「なぜ……?」

「あとで説明します」


 そう釘を刺し、リンフィアは急いで部屋を出たのだった。




■■■




「これは大問題よ……」

「そうですね……」


 リンフィアが連れてきたのはエルナとフィーネだった。

 とにかく信頼できる者に伝える必要があった。

 しかし、公にはできない。


「思い当たる節はありますか? なにか道具を手に入れたとか、魔法に触れたとか……」

「……プレゼントをもらった」

「プレゼント?」

「これ……」


 そう言ってクリスタは腕にはめた腕輪を見せる。

 綺麗な腕輪だ。

 しかし、魔力を発している。


「そのようなものをなぜ……」

「理由がわかりました……」


 皇族に渡される物は厳しく管理される。

 ましてやクリスタは一度攫われた身。

 そこらへんの徹底ぶりはほかの皇族とは一線を画す。

 なのに、なぜ得体の知れない魔導具が渡ってしまったのか。

 その疑問にフィーネはたどり着いた。

 机の上に手紙が広げられていたからだ。


「読ませて、フィーネ」

「あ、よした方が……」


 フィーネが止めるのも聞かず、エルナが手紙に目を通す。

 発信者は藩王トラウゴット。

 貴重な防御型の魔導具が手に入ったので、送るという手紙だった。


「あの皇子……!! なにをしてくれてるのよ!?」

「もう陛下です」

「いいのよ! それは!」


 リンフィアの訂正にエルナは手紙を机に叩きつけた。

 フィーネやリンフィアと違い、エルナは長く帝都におり、皇族とかかわってきた。

 大抵問題を起こす人物は決まっているのだ。


「防御型の魔導具ということは、持ち主に害はないはずですが……」

「持ち主を強制的に成長させて、身を守らせるということでしょうか?」

「未来の自分を投影している時間魔法かしら? 幻術なら楽なのだけど、そんな物をトラウゴット陛下が贈るわけないわよね。相当貴重よ、これ」

「どうされますか?」

「大事にしたら大変なことになるわ。皇帝陛下の耳にでも入ったら……」

「もうトラウゴット様は一国の王ですし……」


 昔のように怒鳴りつければ国同士の問題だ。たとえ帝国と藩国に明確な上下関係が存在していても、だ。

 しばし考えこんだあと、フィーネが解決策を出した。


「とりあえず、城を出て勇爵家の屋敷へ移りましょう。それとリンフィアさん、魔法に長けた人を呼んできてもらえますか?」

「どなたでしょうか……?」

「ちょうど北部の雷神が来ていますから、知恵を借りましょう」




■■■




「こんな貴重な魔導具、初めてみたわ」


 勇爵家の屋敷にて、北部貴族の代表であるシャルはクリスタの腕輪を見ていた。

 現状、帝国でもっとも魔法に長けた魔導師と言っても過言ではない人物。

 もちろん一部の例外を除けば、だが。


「どうにか外せそう?」

「無理よ。効果切れを待つのが一番でしょうね」

「では、城に戻って部屋で……」


 フィーネの言葉は屋敷の主、勇爵家の婦人、アンナによって遮られた。


「やめたほうがいいわね」

「どうして? お母さま」

「リーゼロッテ殿下が城に来たそうよ」


 一瞬で全員の顔が青ざめる。

 もっとも知られたらまずい相手が城に来てしまった。


「なぜこのタイミングで……」

「まずいわ。リーゼロッテ様ならクリスタ殿下に会いたがるわよ……」

「知れたら直接藩国に攻め込みかねない人よ……」


 まずい。

 全員の考えが一致した。

 その瞬間、リンフィアは素早く動いた。


「いらっしゃいますか? セバスさん」

「もちろんおりますとも」


 姿は見えない。

 しかしこそこそと移動する自分たちをこの執事が見逃すはずがない。

 だからリンフィアはセバスに声をかけた。

 どこからともなくセバスが姿を現した。


「申し訳ないのですが……アルノルト殿下とレオナルト殿下に今日一日、全力でリーゼロッテ殿下を足止めしてほしいとお伝えしてくれませんか?」

「理由はどう説明いたしますかな?」


 リンフィアはエルナに視線を向ける。

 喋っても問題ないが、できれば知られたくはない。

 ボロがでて、リーゼに漏れるのが一番まずい。


「私がお願いしてるって言って」

「私からもと」

「それでも動かなければ、私もお願いしてると伝えて」


 エルナ、フィーネ、シャルがそれぞれ自分の名前の使用許可を出す。

 なかなか豪華な名前だ。

 大抵のものは動かざるをえない。

 セバスは一礼して、その場を去っていく。

 これでとりあえず危機は去った。

 あとは効果切れまで待つだけ。


「さて……なにをしましょうか?」

「フィーネ……この服……きつい。胸のあたりが」

「……」


 クリスタの言葉にエルナが固まる。

 城を出るまではばれないように、サイズの合わない服の上に上着を着て出てきた。

 そこで勇爵家についてから着替えたわけだが。

 それもサイズが合わないようだ。


「まぁ、そうね。それはそうかも」


 シャルがエルナと大人になったクリスタを交互に見比べて、告げる。

 それにエルナが顔を真っ赤にして抗議した。


「私が小さいんじゃないわよ! 大きすぎるのよ! だって、リーゼロッテ様の妹君よ!?」

「私は何も言ってないわ」

「リンフィア! 何とか言って!」

「わ、私に言われましても……と、とりえあず服を選びなおすのはいかがでしょうか……?」


 黙って立っていたリンフィアは、突然、話題を振られてとりあえずの提案をする。


「そうね。じゃあ服を選んでちょうだい。私は情報が漏れないようにするから。若い子たちだけで楽しみなさいな」


 そう言ってアンナは部屋を出ていく。

 そんな中で、シャルは呟く。


「合うサイズの服なんて……あるの?」


 ジッと見つめるのはクリスタの胸。

 さすがリーゼロッテの妹。将来有望なのは間違いない。

 とても太刀打ちできないだろうと、シャルは再度、エルナの胸を見た。

 それに対して、エルナは告げる。


「あるわよ!!」




■■■




「ど、どうです!? 殿下! 最近、仕立ててもらった赤いドレスは……」

「苦しい……」

「くっ……」


 エルナはクリスタの言葉に衝撃を受けつつ、次の服を手渡す。

 昔の服ではとてもかなわない。

 なるべくゆとりがあるように仕立ててもらった最近の服なら、あるいは。

 そんなことをするエルナに対して、シャルたちはエルナの服ではなく、アンナの服に目を付けていた。


「これなんてどうかしら? フィーネ」

「あ、それはよいですね!」

「良いと思います」


 選ぶのはシャルとフィーネ。

 リンフィアは良いと思った服を預かっていた。


「リンフィアさんも選びませんか?」

「私は……こういうのは……」


 この場で貴族でないのはリンフィアだけだ。

 とてもお嬢様の衣装選びにはついていけそうにはなかった。

 しかし。


「もったいないです! リンフィアさんも似合うはずなのに……」

「どうせ時間かかるのだし、服を借りたらどうかしら? エルナの服なら大丈夫だと思うわよ」

「聞こえてるわよ!?」

「聞こえるように言ったのよ」

「このっ! リンフィア! こっちに来て! これとこれ! 試着よ!」

「えっと、私は……」

「着なさい!!」


 圧に負けて、リンフィアもクリスタと共にモデルをさせられることになった。

 どうしてこんなことに、と思いつつ、リンフィアはクリスタと共に着替える。

 エルナが渡してきたのは白い清楚なブラウスに赤いスカート。

 あまりスカートを履かないリンフィアとしては、その短さに戦慄せざるをえなかったが、着ないという選択肢はなかった。


「ど、どうでしょうか……?」

「地味じゃないかしら?」

「なによ、リンフィアにはこういうのが一番似合うのよ」


 シャルが注文をつけるが、エルナが自信満々に答える。

 だが。


「サイズは問題ありませんか?」

「す、少し胸元が苦しいですが……」

「……」

「あら? 私の見立てが間違ってたわね。エルナの服じゃダメみたい」


 肩を震わせるエルナの横で、シャルがくすくすと笑う。

 それにたまらず、エルナがシャルの胸元に手を伸ばす。


「あなただってそんな! 大したこと……」

「なによ? 見た目でわからない?」


 確かな弾力を感じて、エルナは戦慄する。

 せいぜい同じくらいと思っていたが、思ったより差があるかもしれない。

 どうしようと思いつつ、そんなエルナに追い打ちをかけるようにクリスタが告げた。


「これもきつい……」

「お母さまのでも!?」


 そんな馬鹿な……。

 たじろぐエルナに対して、シャルは肩に手を置き、告げた。


「諦めなさい。あなたの負けよ」

「ま、ま、」

「ま?」

「負けてないわよ!? 勇爵家に敗北の二文字はないのよ!」

「ちょっ!? 服を脱がすのやめて!」

「着てみなさい! それでわかるわ!」

「やめて!? キツイから! 見てわからない!?」

「わからないわよ!」


 エルナは悔しさから無理やりシャルに服を着せにかかる。

 その間にも、フィーネはリンフィアとクリスタに服を選び続ける。

 結局、かなりゆったり目につくられたエルナのドレスをリンフィアが着て、クリスタはアンナ用に作られた大きめの服でぴったりという結果になったのだった。

 そして、そんなことをしている間に時間が過ぎ、クリスタは気付けば元の姿に戻っていたのだった。


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