第32話 若返りの街 前編
皇帝の巡遊。
それは皇帝自ら帝国各地を巡ること。
皇帝の権威を見せること、そして現地の状況を皇帝自らの目で見ること。
それが目的だ。
それが行われたのは、藩国にトラウ兄さんが向かう前。
最後の家族旅行という側面もあった。
父上についてきたのは、トラウ兄さんと俺とレオ。
今の帝国ではこれでも無理をしている。
動ける皇族は貴重だからだ。
「陛下、今晩はこのあたりで野営でもかまわないでしょうか?」
皇帝の近辺を固めるのは近衛騎士団。
その団長であるアリーダが、父上と俺たちが乗る馬車に顔を出し、そう言ってきた。
「なぜだ? 街はもう目の前であろう?」
「近くに見知らぬ古代遺跡が出現しているそうです。安全のため、街に入るのはご遠慮ください」
「古代遺跡が現れた程度で、街に入らぬわけにはいかん。すでに街には通達している。歓迎ムードに水を差せば、ワシの評判にも関わる」
「しかし……」
「よい。街へ入るぞ」
家族旅行ではあるが、これは戦続きで疲弊した帝国の民を慰める旅であり、そして皇帝の威信は健在であると見せるためのモノ。
安全を期すならここで野営すべきだが、それでは皇帝の威信が損なわれる。
街にも動揺が広がるだろう。
「父上、あまり無理をしないほうがいいでありますよ……」
「心配するな。この先の街には何度か来たことがある。良い街だぞ、エリクスの街はな」
そう言って父上は笑う。
俺とレオは微妙な表情で顔を見合わせるのだった。
■■■
「皇帝陛下の屋敷は入念に検査を。近衛騎士団は遺跡の調査に小隊を向かわせるんだ!」
宿泊予定の屋敷に到着してすぐ、レオはそう指示を出した。
なるべく不安材料は消すに限る。
「大丈夫でしょうか……」
「警備に穴はないし、調べてみたが遺跡は稼働状態じゃない。心配ないさ」
フィーネにそう答えつつ、俺は窓から外を見る。
やってきた皇帝一行を一目見ようと、民が集まってきている。
そんな中、一斉に民が沸いた。
父上とトラウ兄さんがバルコニーに姿を現したからだ。
「皇帝陛下万歳!!」
「トラウゴット皇子万歳!!」
すでにトラウ兄さんが藩国に向かうことは伝わっている。
これは最後の顔みせ。
藩国にいけば滅多に帰っては来られない。
この巡遊は父上なりの優しさだ。
「アルは顔を見せにいかなくていいの?」
「見せてどうする? 俺たちはおまけだぞ」
護衛についていたエルナにそう答えつつ、俺は民たちに目を光らせる。
警備は厳重。
この警備を突破するのは至難の業だ。
しかし、何が起きるかわからない。
暗殺者が狙ってくるかもしれない。
とにかくこの巡遊は無事に終わらせなければいけない。
皇帝に何かあれば、帝都を預かる宰相はエリクを次期皇帝に擁立するだろう。
そうせざるをえない。
もちろん、そうならないためにかなりの戦力が同行している。
「心配しなくても平気よ。これだけの警備なら何も起こらないわ」
「だといいんだがな……」
何事もなく、トラウ兄さんに良い思い出を作れるならそれに越したことはない。
ただ、なんだか胸騒ぎがする。
思い過ごしならいいんだが……。
■■■
朝。
俺は自分の体の違和感で起きた。
なんだか体が熱い。そして息苦しい。
かけていた布団が顔を覆っていたのだ。
やけに布団が重いと思いつつ、どうにか顔を外に出し、息を吸う。
「どうなってる……?」
どうも体が上手く動かない。
何が起こっているのか?
とにかく状況を調べるために魔法を使おうとするが……。
「うん……?」
思った通りに魔法が発動しない。
どうなっている?
これは魔力が足りないかのような状態だ。
そんなわけないはずだ。
周りを調べるくらい、大したことないはずだが……。
そう思っていると、突然扉が開いた。
「アル!? 大丈夫!?」
「ノックをしろ、ノックを」
いつも通りの返しをしつつ、俺は自分の声に違和感を覚えた。
どうにもいつもと違う。
これではまるで……。
「あ、アルまで子供になってるわ!?」
「子供……?」
そこでようやく俺は自分の体を見つめた。
気づかなかったのには訳がある。
服がピッタリだったのだ。
だから体に違和感をあまり覚えなかった。
ベッドや布団が大きくなったような感覚だけがあったのだ。
しかし、俺の体はしっかり縮んでいた。
急いでベッドを降りると、鏡で自分を確認する。
そこには十歳に行くか行かないか程度の、俺がいた。
「おいおい……」
「兄さん!」
声を聞き、振り返るとそこには同じく縮んだレオがいた。
「これはいったい、どういうことだ……?」
「どうやら古代遺跡が発動してしまったようであります……」
現れたのは十代前半くらいのトラウ兄さん。
エルナはそのままなのに、なぜ俺たちだけ。
「古代遺跡が原因ならさっさと近衛騎士団が止めてきてくれ」
「それが……」
「どうやら男だけに効力があるようだ。お前たちの様子を見る限り、年が半分になるといったところか」
部屋に入ってきたのは見慣れないイケメン。
金髪碧眼。髪はぼさぼさで、服を気崩している。
どこか俺を思わせるその男は、堅苦しそうに皇帝のマントを羽織っていた。
「ち、父上……?」
「エルナを連れてきていて正解だったな。危うく、警備が手薄になるところだった」
「へ、陛下、そんな悠長な……」
「なぁに、安心せよ。これが何者かの罠ならとうの昔に襲われておる。偶発的に古代遺跡が動いたのだろう。慌てるな。主だった者を集めよ、ここで軍議を開く」
若いからだろう。
どうもいつになく活力に満ちている。
まぁ当たり前か。
五十代の父上にとって、若返った今は全盛期。
帝位争いを勝ち抜いた頃の父上だ。
今とは違って当然といえる。
「陛下、街の様子を見てきましたが、やはり症状は男性だけのようです」
「ご苦労、フィーネ。さて、全員座れ。立っていてはいい案が生まれないのでな」
余裕そうな顔で父上は用意された椅子に座る。
近衛騎士団にはエルナのほかにも女性の団員がいる。
アリーダもいるし、戦力的には大幅なダウンとはならない。
ただ、だからといってこのままでいいわけではない。
「くっ、このっ……」
椅子が高い。
どうにか登ろうとするが、腕力が足りない。
四苦八苦していると、ひょいっと持ち上げられた。
そしてそっと椅子に着地させられる。
「おい!? 子ども扱いするな!?」
「子供なんだからしょうがないでしょ?」
「精神は大人だ!」
俺を持ち上げたのはエルナだった。
手を振り回して抗議するが、そのせいで椅子の上でバランスを崩してしまう。
呆れた様子で、そんな俺をエルナは支えた。
そして、俺を抱き上げると自分の膝の上に乗せた。
「それにしても本当に昔のアルね? 十歳になる前くらいかしら?」
「おーろーせー!」
「騒ぐからダメよ」
そう言って俺はエルナの膝の上に座らされるという屈辱を味わうことになった。
わざわざ膝の上に乗せるのは、楽しんでいるからだ。
子供の頃の俺は背が低い。
子供扱いしたくて、たまらないらしい。
「諦めよ、アルノルト。何ならワシの膝の上に乗るか?」
「結構です!」
「そうか、それは残念だ」
そう言って父上は笑う。
いつもの笑みではない。
どこか挑戦的で、自信に満ち溢れた笑み。
そんな父上を見て、フィーネがそっと顔を寄せてきた。
「まるでアル様みたいですね」
「一緒にしないでくれ……」
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