第21話 レオとレティシア
帝国西部国境。
王国との戦争中、レティシアの居場所はこの国境の要塞だった。
理由は王国から続々とレティシアを慕う鷲獅子騎士たちが投降してくるからだ。
レティシアが姿を見せるだけで、王国軍の士気は下がる。
ゆえにレティシアは王国との最前線にいた。
けれど、その状況をレオはあまり歓迎していなかった。
「王国軍が前進開始! いつもの挑発行為と思われます」
「相手にしなくていい。向こうも本気でこちらと戦おうとは思っていないだろうからね」
国境でのにらみ合いは、互いに本気で戦う気のない茶番だった。
そういう風なパフォーマンスが必要であるからしているだけ。
王国としてもにらみ合っている戦力だけでは要塞を抜けないとわかっているし、帝国としても、ここで本格的に王国と戦うには準備が足りなかった。
しかし、挑発は挑発。
やられただけでは士気が下がる。
だからやり返す必要がある。
相手の士気を下げる嫌がらせ。
それが。
「では、また私が出ます」
「行かなくていいよ。キリがない」
レオの部屋で報告を聞いていたレティシアが立ち上がる。
前進する王国軍にレティシアが姿を見せるだけで、向こうの士気は大いに下がる。
離反者も出てくるだろう。それだけ王国でのレティシアは大きな存在なのだ。
しかし、矢面に出るたびにレティシアは愛した祖国と敵対している事実を突きつけられる。
それがレオには嫌だった。
「そういうわけにはいきません。私が帝国の保護を受けていられるのは、対王国戦において有用だから。レオもわかっていますよね?」
「そういうことじゃなくて、僕は嫌なんだ。君が悲しい顔をするのが」
「では、笑顔で帰ってきますね」
そう言ってレティシアはさっさと部屋を出ていってしまう。
あしらわれたレオは、手を伸ばしたが、その手はレティシアには届かない。
自分しかいなくなった部屋で、レオは憮然とした表情を浮かべた。
「さっさと王国軍が撤退してくれればいいのに……」
もっといえば王国が帝国と和平を結べば、ここからレティシアは解放される。
早く帝国の各地を案内したい。
レオは常々そう思っていた。
しかし、状況が許さない。
「はぁ……」
ため息を吐き、レオはだらしなく椅子に体重をかける。
そこにノックの音が聞こえてきた。
「どうぞ」
「失礼いたします。お寛ぎの最中でしたかな?」
入ってきたのは第六近衛騎士隊のランベルトだった。
レオは気にした様子もなく会話を続ける。
「こういう気分なんだ。報告かい?」
「長い睨みあいで、兵士たちの士気が下がっております」
「同感だね。僕の士気も下がってる」
「恐れながら殿下。兵士たちは傍に婚約者を置いている殿下を羨んでおります。そういうことは口になさらずに」
「……失言だったね。気を付けるよ」
レオは気持ちを入れ直し、姿勢を正す。
兵士たちは愛する者を故郷に残している。レオは傍にいる。
その差は大きな違いだ。贅沢な立場なのだから、不満を言うべきではない。
しかし。
「士気の低下は考えないとだね」
「いくつか提案が上がってきております」
そう言ってランベルトは書類をレオに手渡す。
その提案書を見て、レオは天井を仰ぐ。
「本気かい? これを提案した者は」
「軍内は規律だらけ。仕方ありません」
提案書には娼婦を要塞内に招くことや、兵士を部隊ごとに街へ向かわせることなどが書かれていた。
「ここは西部国境の要だ。娼婦の人たちを入れるわけにはいかない。部隊ごとに街へ行かせるのもなしだ。万が一、羽目を外されたら周辺貴族と問題になる」
「しかし、何も手を講じないというのも……」
「……よろしい」
レオはしばらく考えたあと、そう呟いた。
ニヤリと笑うその姿に、ランベルトはアルの姿を見たのだった。
■■■
数日後。
要塞のすぐそばでは盛大な祭りが開かれていた。
いくつもの天幕が張られ、まるで大軍勢の野営地だ。
その多くが商人たちの出店であったり、そういう風に見せた出張型の娼館であった。
「要塞に入れないなら問題ない。兵士たちも監視下における。考えましたな」
「貴族たちは喜んで協力してくれたよ。不満の溜まった軍人たちが街に来るより、マシだからね」
満足しながらレオは要塞から祭りを見ていた。
兵士たちは楽しんでいる。
いいストレス発散になるだろう。
けれど。
レオの本命はそれではなかった。
その夜。
祭りはそろそろ終わりを迎えようとしていた。
盛大な祭りの音は、王国軍にも伝わっているだろう。
ある種の挑発にもなる。王国軍にはできない芸当だからだ。
敵の士気は下がり、自軍の士気は上がる。
一石二鳥だ。
しかし、レオはそれだけでは満足しなかった。
「どうしたんです? 突然、空に上がって……」
レオはノワールの背にレティシアと共に乗っていた。
そろそろ辺りは暗くなり始めている。
そんな中、レオは空中散歩にレティシアを誘ったのだ。
「たまには二人きりになりたくてね」
「嬉しいですが……危険では?」
「大丈夫。ランベルト隊長たちに哨戒を頼んであるから」
「しかし……」
「いいから。見てて」
祭りの最後。
突然、空に無数の魔法が打ち上げられた。
要塞の魔導師たちによる疑似的な花火だ。
もちろんレオの指示だ。
魔法の練習だと思って、思う存分やってよいと指示していた。
どんどん打ち上げられる魔法は色鮮やかで、空中で爆ぜる。
ときには流星のように飛び回り、見る者を楽しませる。
「綺麗……」
「帝都でたまにこういう祭りがあるんだ。冒険者が開く祭りだったり、商人が開く祭りだったり。その時、その時で楽しめるんだよ」
「そうなのですか? さすが帝都ですね」
「そう……本当は君と帝都で見たいけど……今は無理だからこれで我慢しようかなって」
「……そんなこと言って。私の気晴らしのために用意してくれたのですよね?」
「いやいや、僕のためだよ?」
気を遣われたと思わせたら、レティシアは存分に楽しめない。
だからレオは自分のためだと言い張った。
その姿がおかしくて、レティシアはクスリと笑った。
そして、そっとレオのほうに体重をかけた。
「私は今、とても幸せです。なぜだかわかりますか?」
「なぜだろう?」
「……あなたの傍にいられます。私はそれだけで満足です」
「ずいぶんと幸せの器が小さいんだね?」
「駄目ですか?」
「駄目じゃないけど……僕はその器じゃ収まらないくらい幸せにするつもりだから。大きくすることを検討にいれておいて」
レオは腕の中のレティシアを抱きしめる。
しばらく二人はそのまま空から魔法の花火を見守った。
そして最後の魔法が空を照らし終わった後。
そっとレオはレティシアの顔に自分の顔を近づけたのだった。
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