第22話 エヴァの恋物語



 皇帝の即位二十五周年記念式典。

 その記念式典にアルバトロ公国の代表として来たのはエヴァとジュリオだった。

 とはいえ、ほかの国と比べて扱いは低い。賓客としてもてなされていても、大国のような扱いは受けていない。

 しかし、二人は文句を言うことはなかった。

 外交の場では珍しいことではなかったし、招かれただけ良しというのがアルバトロ公国の見解だったからだ。

 王国に加担して以来、微妙な関係だった帝国と良好な関係を築くというのがアルバトロ公国の目標であり、そのためにエヴァとジュリオは派遣された。

 親交ある皇子たちと接触するためだ。

 しかし、なかなかその機会は訪れない。各皇族には接待する賓客が決まっており、アルの相手はオリヒメ、レオの相手はレティシア。

 有名人の二人だ。

 とても割って入るのは無理と思っていた。

 ジュリオは。


「レオナルト殿下。お久しぶりでございます。エヴァを覚えておいでですか?」

「これはエヴァ殿下。お久しぶりです。ご挨拶に伺えず、申し訳ありません」


 パーティー会場でエヴァはレオを見つけると、レティシアの傍にいるのを気にせず、レオへ接触した。

 その度胸にジュリオは思わず後ずさる。

 自分にはとても真似できそうもなかったからだ。

 アルバトロ公国は小国。対して、レオの傍にいるのは王国の聖女、レティシア。格が違いすぎるのだ。

 ただ、エヴァには関係ないことだった。


「レティシア様。こちらはアルバトロ公国の公女、エヴァンジェリナ様です」

「エヴァとお呼びください。聖女レティシア様のご高名はかねがね。お会いできて光栄でございます」

「レティシアと申します。王国とアルバトロ公国は常に友好国でした。私のほうから挨拶に出向かず、申し訳ありません、エヴァ様」

「そのお言葉だけで十分でございます。レティシア様はレオナルト殿下と親しいのですか?」

「子供の頃に数日、遊んだことがありまして」


 レオの言葉にエヴァはニッコリと笑う。

 その笑みを見て、ジュリオは胃が痛くなった。

 おそらく嫉妬を隠すための笑顔だと気づいたからだ。

 頼むから面倒事はやめてほしいと願いつつ、ジュリオはひたすら食事に集中する。忘れるためだ。


「エヴァ様とレオナルト様のご関係は?」

「海竜が我が公国の海域に出現した際、レオナルト殿下に助けていただきました。あの時、レオナルト殿下がいなければ、弟と私はこの場にいなかったと思います」

「まぁ……さすがはレオナルト様ですね」

「いえ、それは……」


 レオは気まずそうに頭をかく。

 自分のことではないのに褒められるのは慣れていないのだ。

 自分の手柄ではない。アルがしたことだと言えたら、どれほど楽か。

 正直者のレオにとっては、エヴァから向けられる尊敬や恋慕は困ったものだった。


「あの時のレオナルト殿下の話は、我が国では語り草となっております。海竜がいるかもしれない海域で、漂流した私たちを見捨てず、救助活動を行ったばかりか、沈む弟を自ら飛び込んで助けてくださいました。このような場で言うことではありませんが……我が国はレオナルト殿下を支持しております」

「感謝します。エヴァ公女」


 小国とはいえ、アルバトロ公国の支持はありがたい。

 近年、帝国は海軍を重要視しはじめており、当然、知識や有力な海軍を抱えるアルバトロ公国も優先の対象だ。

 そのアルバトロ公国からの支持は捨てられない。

 となると、実は入れ替わっていましたとは口を避けても言えない。

 この地獄はしばらく続くのだろうなと思いつつ、レオはレティシアのほうへ目を向ける。

 すると。


「私は少し席を外してもよろしいですか?」

「え?」

「エヴァ様、レオナルト様のお相手を頼んでもよろしいですか?」

「もちろんです!」


 そう言ってレティシアはレオから離れて挨拶回りに向かってしまった。

 残されたレオとエヴァ。

 エヴァはチャンスとばかりにレオにいろいろと質問するが、どこかレオは上の空だった。


「聞いておられますか? レオナルト殿下」

「あ、失礼。何の話でしたか?」

「我が国の豊富な海産物の話です」

「あ、申し訳ありません……」


 落ち込むレオを見て、エヴァは眉を顰める。

 どうにも会話が弾まない。

 理由はわかっている。

 さきほどからレオはレティシアのことを目で追っている。

 エヴァに気を遣っていないのだ。


「レオナルト殿下は……レティシア様のことをどうお思いですか?」

「どう、とは?」

「あの方は王国の象徴です。そしてレオナルト様は今を時めく英雄皇子。私はお似合いだと思います」

「僕はそんなにすごくありませんよ。レティシア様とはつり合いません」

「レオナルト様はもっと自分に自信を持つべきです」


 エヴァの言葉を聞き、レオは少し押し黙る。

 そして。


「エヴァ公女。もしも……あなたを助けたのが僕ではないとして……それでもそう言い切れますか?」

「どういう意味でしょうか?」

「エヴァ公女は僕に助けられたからこそ、僕を高評価しています。ただ、それは偶然です。僕の力ではありません」


 レオの言葉を聞き、エヴァは首をかしげる。

 レオの言っている意味がわからなかったからだ。

 それでも。


「たしかに私や弟を助けてくれたのは偶然、レオナルト殿下が傍にいたからでしょう。けれど……我が国を救うと決めたのはレオナルト殿下では? 討伐したのはシルバー様とエルナ様だとしても、艦隊を率いたのはレオナルト様です。私の大恩人であることには変わりありません。あなたはとてもすごい方です。助けていただかなくて……私は同じことを言うでしょう」


 エヴァの言葉にレオは目を丸くした。

 そう言った答えが返ってくるとは思っていなかったからだ。

 そのままエヴァは一礼する。


「あなたの行動はまさに英雄のものでした。しかし、英雄だからといって我が国は支持したりはいたしません。海竜へ立ち向かってくれたこと、その後、我が国の被害者に寄り添ってくれたこと、帝国へ我が国への援助を頼んでくれたこと、すべてが支持に繋がっております。私があなたを好ましいと感じているのも……一つの出来事だけではありません」

「……感謝します。エヴァ公女。なんだかあなたから勇気を貰えたように思えます」

「お役に立てたなら幸いです。お邪魔してしまい申し訳ありません。私はもう戻りますね」


 そのままエヴァはジュリオの下へ戻る。

 黙々と食事をするジュリオを見て、エヴァは顔をしかめた。


「いつまで食べてるのよ?」

「わっ!? 戻ってきたの……? どうだった?」

「……完敗よ」

「え? どういうこと?」

「しばらく落ち込みそう。ほかの方への挨拶は任せたわよ」

「え? 無理だよ!? えっ!?」

「いいから行きなさい!」


 そう言ってエヴァはジュリオの足を踏み、無理やりジュリオを挨拶に向かわせる。

 そしてジュリオの代わりに食事に集中するのだった。



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