第23話 リーゼとエルナとリタ
エルナがまだ十歳の頃。
すでにリーゼは戦場に立っていた。
その剣の腕前は誰もが一目置くものであり、当然、エルナもいずれ手合わせをと思っていた。
そしてその機会は意外なタイミングで訪れた。
朝、アルとレオの部屋にエルナは向かっていた。
二人を起こすためだ。
そしていつものようにノックもせずに扉を開けると……。
「アル! レオ! 朝よ……?」
「ふむ、エルナか。大きくなったな」
「り、リーゼロッテ様!? お久しぶりです!」
まさかアルとレオの部屋にリーゼがいるとは思わなかった。
戦場に出ることが多いリーゼはあまり帝都にはいない。あちこちを飛び回っているからだ。
数年ぶりの再会。
エルナはすぐに一礼した。
そしてチラリとアルとレオを見る。
二人で正座させられていた。
「あの……これはどういう状況でしょうか……?」
「私は昨日、帰るから出迎えるようにと伝えた。二人に、だ。しかし二人は私が帰ってきたというのに寝ていた。姉の久々の帰還を祝えない駄目な弟のため、反省させている」
「無茶言わないでくださいよ……早朝に帰ってくるなんて聞いてませんし」
「姉の気配ぐらい感じろ」
「無理ですって……」
理不尽すぎる要求にアルは抗議する。
そんなアルに対して、横のレオは軽く肘をいれる。
抗議をするだけ無駄だとわかっているからだ。
「すみません、リーゼ姉上。反省しています」
「レオは物分かりがいいな。反省しているようだし、立っていいぞ」
「ちょっ!? 俺は!?」
「お前は駄目だ。もう少し反省し、姉を敬え」
「敬ってますって……」
「敬いが足りん」
そう言ってリーゼはアルの頬を軽く引っ張る。
リーゼなりに久々な弟とのスキンシップであったが、アルからすればいい迷惑だった。
面倒そうな顔をするが、それが原因でまたリーゼに難癖をつけられる。
早々にリーゼの魔の手を逃れたレオはそっと、エルナのほうへ向かう。
「しばらく兄さんは解放されないから、僕らは行こう」
「でも……」
「無理だよ。リーゼ姉上は兄さんを特に気に入ってるから」
自分に対して不平不満を言う者が珍しいリーゼにとって、素直に顔に出すアルは面白い存在だった。
ゆえにアルはおもちゃにされているのだ。
しかし、エルナにとって今日は珍しく一日遊べる日だった。
リーゼにアルを取られるわけにはいかない。
だからこそ、エルナはリーゼに願い出た。
「リーゼロッテ様。お願いがございます」
「ん? どうした?」
「私に剣術の手解きをしていただけませんか?」
「ほう? 面白い」
事実、面白いと思ったのだろう。
興味の対象がアルからエルナに移った。
チャンスとばかりにアルは足を崩す。
そして。
「じゃあ稽古場に行きます?」
要領よく話を進めたのだった。
■■■
純粋な剣術勝負において、背の高さはアドバンテージとなる。
まだ幼いエルナは背が低く、リーゼとはだいぶ身長差がある。
それを埋めるため、エルナは動き回りながらリーゼと剣術勝負をしていた。
「さすが勇爵家の跡取り娘だ! 並みの騎士ではもう相手にはなるまい!」
そう言いながらリーゼは強い一撃をエルナに見舞う。
その一撃をなんとか受け止めたエルナだが、体勢が崩された。
その隙を逃さず、リーゼは追撃をかける。
一気に防戦に立たされたエルナは、どうにか反撃の隙を探るが、リーゼはそんな隙を与えない。
そしてしばらくリーゼの連続攻撃が続き、エルナの喉元に剣が突き付けられた。
「私の勝ちだな?」
「……まいりました……」
エルナは悔しそうにしながらも負けを認める。
相手は帝国軍内で並ぶ者がいない猛者。十歳の子供が勝負になっただけすごいのだが、エルナからすれば関係ないことだった。
勝負は勝負。
負けは負けなのだ。
「良い太刀筋だが、まだまだだな。もっと修練を積むように」
「はい……」
「どうだ? もう一本してみるか?」
リーゼからしてもエルナほどの使い手と剣術勝負をする機会は少ない。
上機嫌で次の勝負を提案する。
しかし。
「子供相手に何をしている? リーゼ」
稽古場に響いた声にリーゼは固まった。
チラリと見ると、そこにはヴィルヘルムとエリクが立っていた。
「これは兄上……おはようございます」
「おはよう、リーゼ。不思議な話だが、どうやら父上はお前の帰還を知らないらしい。私に挨拶しに来たときに言ったはずだが? しっかり父上にも挨拶しに行け、と」
「いえ、それは……」
「子供と遊んでいる暇があれば、父上に挨拶しに行くべき。そうだな?」
「そうかも、しれません……」
「一緒に来い。父上へ挨拶しに行くぞ」
「あ、兄上! せめてあと一本だけ!」
「いいから来い! どうして父上を後回しにできるのだ!? この国の皇帝だぞ!?」
「でも……」
「でもじゃない!」
ヴィルヘルムは痺れを切らして、リーゼの首根っこを掴むと引きずるように連れていく。
嵐が過ぎ去り、自由の身になったアルはホッと息を吐く。
「ヴィルヘルム兄上に知らせて正解だったな。エルナ、これで遊びにいけるぞ!」
「……稽古するわ」
「え?」
ようやく遊びに行けると思ったアルは、エルナの言葉を聞いて固まる。
エルナは瞳に涙をためながら、一心不乱に剣を振り始めた。
その光景を見て、アルとレオは顔を見合わせる。
「エルナ、リーゼ姉上に勝てないのは仕方ないだろ? 向こうは大人で、こっちは子供だ」
「勝負に年は関係ないわ。私は未熟。もっと頑張らないと」
「エルナ、久々に遊べるって楽しみにしてたでしょ? 何も今日、稽古しなくても……」
「稽古したいの! 負けて悔しいの!」
そう言ってエルナは剣を振り始める。
あまりの気迫にアルとレオは何も言えず、ため息を吐くしかなかった。
そしてエルナの気が済むまで、傍でエルナの稽古を見守ったのだった。
■■■
「リタ……エルナに勝てないのは仕方ない……」
「勝負に年は関係ないから!」
エルナから剣術の指導を受けているリタは、先ほど完膚なきまでにエルナにやられたばかりだった。
それを見ていたクリスタは、リタを慰めるがリタは首を振って剣を振り続けた。
「今日は遊ぶ日……」
「リタはもっと強くならなきゃだから! 今日は稽古!」
「でも……エルナに勝てる人はいない……」
「手加減されても手も足も出なかった! もっと強くならないと! 近衛騎士にはなれない!」
「リタはまだ子供……」
「子供でも大人と戦うときは来るから!」
そう言ってリタは黙々と剣を振り始める。
帝都で大人と戦ったリタにとって、年は言い訳にはならなかった。
戦いは待ってはくれない。
守りたい者を守りたいなら、今、強くなる必要がある。
だからこそ、リタは強い気持ちで剣を振っていた。
そんな様子を遠くから見ながら、アルとレオは同時にため息を吐いた。
「何も今日、打ち負かさなくてもいいのに……」
「だ、だってぇ……」
「せっかくお忍びで外に出れる準備したってのに、これじゃあ稽古で一日終わるぞ?」
「しょ、しょうがないでしょ!? すごい上達してたから……つい」
アルとレオに見られ、エルナは唇を尖らせる。
今日はクリスタとリタが外で遊べる日だ。そのためにアルとレオが準備した。
しかし、早朝の稽古でエルナがリタに火をつけてしまい、なかなか動こうとしない。
「昔もこんなことがあったよね?」
「エルナがリーゼ姉上に負けたときだな」
「あ、あれは……!」
「自分で三人で遊ぶ日って決めたのに、結局一日中、稽古場だったな」
「む、昔の話でしょ!?」
「弟子は師匠に似るってことかな?」
「変な部分で似てもらっちゃ困る。責任取って、リタを遊びに向かわせろよ?」
「あんなに頑張ってるのに、遊んで来いなんて言えないわよ……ほら! 今のはすごい良かったわ!」
リタの剣筋を見て、エルナは顔を輝かせる。
弟子の成長が嬉しくて仕方ないのだ。
アルとレオは顔を見合わせ、同時にため息を吐く。
そして同時につぶやいた。
「「またか……」」
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