第5話 ミツバとアンナ

アルの藩国行き前


「あら? 珍しいわね。あなたが後宮に来るなんて」


 後宮。

 本来なら皇帝の許可なく入ることができない場所だが、一部の例外がいる。

 皇帝の子供たちや、勇爵家の者たちだ。


「たまにはミツバさんと話でもと思って」


 そう言って勇爵家夫人、アンナ・フォン・アムスベルグはお土産のお菓子を机の上に置いた。

 互いの子供たちがまだ小さい頃は、よく二人でお茶会をしたものだが、徐々にその回数は減っていった。

 理由はエルナが早々に近衛騎士になってしまったから。

 子供たちの接点が減れば、親の接点も減っていく。


「今日は一体、どんなたくらみで来たのかしら?」


 アンナの持ってきたお菓子をつまみながら、ミツバは問いかける。

 理由はわかっている。

 つい最近あった、大きな出来事についてだろう。


「あなたに謝ろうと思って。勇爵家としてアルに婚約の話を出してしまったわ」

「別にいいわよ。アルを帝都に留まらせるためでしょ?」

「エルナのためでもあるわ。ただ……あなたへの配慮に欠けてたわ。相談するべきだった」

「アルもそういう年頃になったってだけの話よ。皇子なのに、今までそういう話がなかったのが不思議なのよ。だらしないとはいえ、顔だけはレオとそっくりだもの。引く手あまたでもおかしくないわ。最近はそれなりに功績も残しているし」

「嫌じゃないのかしら? 子供の婚姻が勝手に進むっていうのは」

「嫌なら自分で断るわ。そういう風に育てたもの。政争の中で婚姻が必要と思えば、自分で決めるでしょうし、必要ないと思えば断るはず。皇子なのだから婚姻の自由が利かないのは当然。その中で、本人がやりたいようにやればいいと思っているわ」


 本人任せ。

 昔から放任主義と言われていたが、放任とは少し違うとアンナは思っていた。

 二人が自主性に富んだ子だったからこそ、その自主性を重んじた。それがミツバの教育方針だった。

 もっと内向的で何も決められないような子供だったら、また違う育て方をしただろう。

 実際、二人は双子なのにまったく違う性格に育った。どちらも好ましい性格に。

 大人の考えを押し付けるような育て方ではそうはいかなかっただろう。

 ただ、それは大人に頼れないということでもある。

 子供のころから自分で決めろといわれて育った二人は、大抵のことは何でも自分で決断してしまう。

 同じ親として、ミツバは寂しくないのかとアンナには疑問だった。


「あなたは不思議ね。昔から」

「そうかしら? 私にとって私は普通よ。いつぞやだったか、子供を愛してないから放任しているだなんて言われたことがあるけれど、私は子供を愛しているからこそ、子供の決断を尊重しているだけ。それに自信があるの」

「自信?」

「そう、自信よ。私は息子たちに与えられるだけの自由を与えて育てたわ。皇子という立場だからこそ、二人は自由の尊さを知っている。大切なことよ。それ以外にもたくさん、大事なことを知って育ったわ。幼馴染の大切さ、とかもその一つ。だから自信があるの。あの子たちが嫁選びで失敗することはないわ」

「それと嫁選びがどう関係あるのかしら?」

「良い男に育てたわ。だから、良い女を選ぶ。あの子たちが選ぶなら、どんな女性でも喜んで受け入れるわ。平民だろうと、貴族だろうと、亜人だろうと構わない。だから私は口を出さないの。だからエルナがアルの妻になるなら喜ぶわよ。安心して」

「それを聞いて安心していいのかしら……?」


 なんでもいいと言われたようなものだ。

 アンナとしても大切に育てた自慢の娘だ。

 相手がアルでなければ、簡単に婚約の話など出したりはしない。

 だが、それを言っても無駄だということもわかった。

 放任主義というよりは、息子至上主義。

 ある意味、究極の子煩悩に何を言っても無駄だからだ。

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