第6話 リーゼとヴィルヘルム


 帝国東部国境。

 大陸の覇権を争う最大のライバルである皇国との国境。

 幾度も戦が起きたその場所で、第一皇女リーゼロッテが率いる五千の部隊は孤立していた。


「ふむ、深追いしすぎたか」

「殿下、ここは一度退いたほうが……」


 部下の進言にリーゼは笑う。

 深追いした状態での撤退はそう簡単にはいかない。

 国境での勝利に勢いづき、リーゼは別動隊を率いて皇国軍を追った。

 しかし、負けたとはいえ敵は数万単位の軍勢。

 今は追ってきたリーゼの部隊がそこまで多くないことに気づき、反撃に移ろうとしている。


「下がればこちらが背を追われる。対峙していたほうがまだ被害は少ないだろう」

「しかし、いくらなんでも多勢に無勢では……」

「しつこく帝国に挑むやつらだ。ここらで大敗を経験させなければまたやってくる。それに功績を挙げねば父上がうるさいのでな。さっさと戦場から戻ってこい、と」


 本音は後半。

 手柄を上げ続けなければ、リーゼを手元に置きたがっている皇帝は帝都に呼び戻そうとしてくる。

 戦場こそが自分の生きる道と思っているリーゼにとっては面倒な話だった。


「さて、敵将の首を取りに行くぞ。続け!!」

「で、殿下……!?」


 馬に乗り、リーゼは敵軍に突っ込んでいく。

 相手は数万とはいえ敗走状態だった敵だ。士気は高くなく、指揮系統も乱れている。

 こちらの数を見て、好都合なことに足も止めてくれた。

 リーゼにとっては絶好機だったのだ。

 五千を率いて敵軍の中央に突撃する。

 にらみ合いをしていた皇国軍は、まさかその数で突っ込んでくるとは思っていなかったため、対応が遅れる。

 しかし、それでも数は力。

 突撃するリーゼの部隊は徐々に勢いを落としていった。


「あともう少しだというのに……!」


 近くにいた皇国兵を切り伏せながらリーゼはつぶやく。

 敵将はもう目前。

 しかし、分厚い守備網のせいで突撃の勢いが完全に消されてしまった。

 あともう少しが遠い。

 しかし、その時。

 左右から帝国軍の別動隊が現れた。

 掲げる旗を見てリーゼは笑う。


「さすが兄上。わかっていらっしゃる」

「殿下! 援軍です! ヴィルヘルム殿下が来てくださいました!」

「兄上がきたならもう終わりだ。あの将を討ちに行くぞ」

「え? し、しかし! 敵はもう逃げ始めています!」

「だから終わりだ。ヴィルヘルム兄上が一人で来ることはない。どうせ逃げ道はふさいでいる」


 誰が、とは言わない。

 ヴィルヘルムを支える者は数多くいるが、戦場でヴィルヘルムのことを真に理解できているのは一人だけ。

 皇国軍の後方。

 逃走ルートに帝国軍が現れた。

 その帝国軍と挟み込む形で、リーゼは敵本陣に突撃していく。

 その後、戦闘はすぐに終わった。

 完全に包囲された皇国軍は、帝国軍によって完膚なきまでに叩きのめされ、敵将もリーゼの手によって討たれた。


「援軍感謝いたします。ヴィルヘルム兄上」

「一人で敵を追うなど、リーゼは無茶が好きだな。部下は苦労しているんじゃないか?」

「私の部下はそこまでやわではありません」

「そうだといいが」


 笑いながら第一皇子ヴィルヘルムは、リーゼの服についている返り血を拭う。

 先頭を駆けたため、リーゼの体は血だらけだった。

 らちが明かないため、ヴィルヘルムはため息を吐く。


「怪我はなさそうだな。とりあえず着替えろ。そんな姿を父上が見たら卒倒するぞ」

「武人としては当然の恰好です」

「武人だというなら引き際は弁えろ。我々が来なかったらどうするつもりだった?」


 二人の後ろ。

 ゆっくりと歩いてきたのは皇国軍の後方をふさいだエリクだった。

 その顔は明らかに不機嫌そうだった。


「頼んではいない」

「そういうへらず口は自分だけでどうにかできるようになってから言うことだ。このことは父上に報告する」

「まぁ待て。エリク。リーゼは敵将を討った。それでいいだろ?」

「ヴィルヘルム。いいか? あまり妹を甘やかすとろくなことにならないぞ?」


 スッとヴィルヘルムの後ろに隠れたリーゼを見て、エリクは眼鏡の位置を直しながら告げる。

 そんなエリクの言葉に笑いつつ、ヴィルヘルムは後ろに隠れたリーゼに対して、早くいけとジェスターで知らせる。

 それを見たリーゼはそそくさとその場をあとにした。

 そんなリーゼを見て、エリクは苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。


「こういうときだけ逃げ足が速いのだから困ったものだ。あまり甘やかすな。前線で好き勝手動くせいで、私がどれだけ兵糧のやりくりで苦労しているのかわかっているのか?」

「いつも感謝しているぞ、エリク」


 これ以上は自分に小言がきかねない。

 それを察知して、ヴィルヘルムも礼を言ってその場をあとにする。

 残されたエリクは深くため息を吐き、戦後の後処理を始めたのだった。


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