第41話 アルの寝坊



 アルがまだ子供の頃。

 皇帝は子供たちを連れて帝国を回ることがあった。

 それは旅行という意味合いもあったし、子供たちへの教育という意味もあった。

 当然、それにアルもつれて来られたことがあった。

 ただし、アルだけではない。


「おはようございます……ザンドラ姉上」

「よく暢気に朝の挨拶ができるわね……」


 呆れた様子でザンドラは目を擦るアルを見つめた。

 ここは皇帝が所有する屋敷の一つ。

 帝国をめぐる際、皇帝はこういう屋敷を利用することもある。

 そんな屋敷にアルとザンドラはいた。

 正確には昨日まではレオもいたし、エリクもいた。

 どうして今日はいないかというと、置いていったからだ。

 なかなか起きないアルを。


「お父様に置いて行かれたら、普通慌てると思うのだけど?」

「それよりお腹が空きました……」


 もちろん子供のアルを一人で残していくことはしない。

 屋敷には使用人たちもいる。

 机に用意された食事に向かいつつ、アルは大きなあくびをする。

 まったく気にした様子のない弟に、ザンドラはため息を吐いた。

 大物なんだか、駄目すぎるのか。

 呆れていたのは皇帝も同じ。

 時間の問題もあったため、帝都に護送するよう臣下に指示をして、出発したのだ。

 普通なら大問題。

 しかし、アルにとってはいつもの寝坊と変わらない。

 あまりにもふてぶてしい。

 ザンドラは頬杖をつきながら、食事をすすめるアルを見つめ続ける。

 そんな中、アルは水を一気に飲み干し、一息つく。

 そして。


「置いて行かれた!?」

「今、ようやく覚醒したのね……」


 寝ぼけていただけか。

 ザンドラはアルの反応を見て、さらにため息を吐く。

 アルはしばし狼狽えたあと、ポツリと呟いた。


「まぁいいか……面倒だし」

「今から追いかけて謝ればお父様も許してくれるかもしれないわよ?」

「許してほしいわけじゃないですから。逆に追いかけたら、父上は怒りますよ。子供が危ないことするなって」

「よくお父様のことを理解しているのね?」

「怒られ慣れてますから」


 そう言いながら今度はアルがザンドラをジッと見つめた。

 しばし、それは続く。


「なによ?」

「なぜザンドラ姉上も残っているんですか? 寝坊ですか?」

「あんたと一緒にするんじゃないわよ! 私は誰よりも早起きだったわよ!」


 アルの物言いに声を大きくしつつ、ザンドラはさらにさらにため息を吐いた。

 どうしてこうなったのやら。

 皇帝である父と共に帝国を回るのは、良い勉強になるはずだった。

 しかし、なぜか皇帝一行からは離れ、弟の傍にいる。


「じゃあなんでここにいるんです?」

「はぁ……起きたときに一人じゃ不安でしょ? 私が帝都に送ってあげるわ。感謝しなさい」

「ザンドラ姉上……」

「お礼は」

「送ってくれるのは近衛騎士では?」

「……どうしてあんたって余計なことしか言えないのかしら?」

「すみません、癖で。ありがとうございます」


 頬を引きつらせるザンドラを見て、アルは素直に頭を下げる。

 それを見て、怒る気の失せたザンドラは椅子から立ち上がる。

 いつまでもここにいるのは時間の無駄だ。


「さぁ、早く行くわよ。あんたを帝都に送ったら、私は父上の次の目的地で合流するんだから」

「忙しいですね」

「あんたがその気なら、一緒にお父様のところに行ってあげてもいいわよ?」

「嫌ですよ、面倒くさい」

「でしょうね。だからお父様もあんたは帝都に帰せって命じたんでしょう。さぁ、行くわよ。馬車の中で魔法について講義してあげるわ」

「ええぇ……」

「嫌そうにするんじゃないわよ」


 露骨に嫌な顔をするアルに対して、ザンドラはご機嫌だった。

 なぜご機嫌なのか理解できず、アルは告げる。


「なにかいいことありました?」

「今からいいことがあるのよ」

「どんなことです?」

「魔法について語れるわ。絶対に逃げられない生徒に」

「そんなんだから、婚約者が決まらないんじゃ……」

「回り道してもいいのよ? アルノルト」

「すみません……」


 よろしい。

 そう一言告げて、ザンドラは歩き出し、アルはそのあとをとぼとぼと追うしかなかったのだった。







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