第9話 剣聖のお話


 とある貴族の屋敷。

 そこにエゴールはいた。

 しかし。


「うーん……ここから出してくれんかのぉ? わしは怪しいもんではないんじゃが」

「見るからに怪しいドワーフが何を言っている? 領主様の命令だ。そこでじっとしていろ」

「行くところがあるんじゃが……」

「しばらく待て。騒動が収まれば領主様は解放してくださる」


 屋敷の小さな部屋。

 そこにエゴールは閉じ込められていた。

 理由は領内に人間に擬態するモンスターが現れたからだ。よそ者は危険ということで、エゴールは即座に捕らえられた。

 そして屋敷に連れてこられ、ここに監禁されたのだ。


「どのくらいかかるかの?」

「まだまだかかる。冒険者がしっかりとモンスターを討伐してくれれば、問題なく解放されるはずだ。本来、旅人を捕らえることはしないんだが……今は領民も不安がっている。ご老人、あなたの安全のためでもある。じっとしていろ」

「そういわれてものぉ」


 エゴールはよいしょっと背伸びをして、窓から外の様子を見る。

 薄暗い霧に包まれた外は、明らかに不気味だった。

 何かが起きる前触れ。

 誰もがそれを感じ取っていた。


「このままじゃと大変なことになると思うんじゃが?」

「冒険者ギルドの冒険者たちがじきにやってくる。彼らを待つようにという指示だ」

「まぁ、普通の兵士じゃ意味はないじゃろうが」


 エゴールは再度、外へ視線を向ける。

 視線の先。

 霧の向こうから人影が現れ始めた。

 それも一人、二人ではない。

 数十人はいる。


「領主としては当然の判断じゃが、討伐隊でも送ったのかの?」

「ああ、最初に送った討伐隊は消息不明だ。どうやらモンスターは人の姿に化けることができるらしい。だからご老人にも疑いの目が向いたわけだ」

「正確には違うのぉ。あれは人の姿に化けるんじゃなく、人を操るんじゃ」


 そういうとエゴールは窓から離れて、部屋の隅に置いてある自分の荷物に近づく。

 そして杖を取り出した。


「何をするつもりだ!?」

「ちょっとした運動じゃ」


 エゴールは軽く体を伸ばすと、ゆっくりと杖を引っ張る。

 すると、そこから中に隠された刃が現れた。

 監視はギョッと目を見張るが、エゴールは気にせず窓を切り裂く。


「お主らが人の姿に化けるといっているモンスターの名は〝食人果実〟。人に寄生して操るモンスターじゃ。最終的には人を完全に支配して、自らの栄養分にする。厄介なのは人を操り、自分の分身をほかの者に取り付ける。そうやって勢力を増やす点じゃ」


 説明しながらエゴールは静かに目を閉じる。

 対象は多いうえに距離も離れている。

 しかも繊細な操作も必要となる。

 だが、しかし。


「対処法は一つ。取りついている果実を排除する。まだ根は深くないようじゃし、全員無事に解放できるじゃろうて」


 エゴールは言いながら刀を一振りする。

 正確には何度も振っているが、監視には一回にしか見えなかった。

 それで発生した斬撃は霧の中から街に迫る食人果実の軍団へと向かい、正確に果実を切り裂いていく。

 超精密な遠隔斬撃。

 それによってエゴールはさっさとこの一件を片付けてしまった。


「ここらへんじゃ見ないモンスターじゃ。どこかに母体がおるじゃろう。冒険者ギルドの冒険者たちには母体を探すように伝えておくのじゃ」

「え? あの……ご老人?」

「わしはもう行く。あちこちで呼ぶ声が聞こえるでな」

「ちょっと! 待ってください! 説明を……!」

「わしの名はエゴール。冒険者ギルドのSS級冒険者じゃ。人は迷子の剣聖と呼ぶ」

「SS級冒険者……?」

「飯も美味いし、雨風もしのげる。良い宿じゃったと領主には伝えておいてくれ。ああ、皮肉ではないぞ? それと冒険者ギルドの者たちには、わしからの伝言を頼む。遅い、と言っていたと伝えておくのじゃ」


 言いたいことだけ言うと、エゴールは風のように窓から消え去る。

 監視が窓の外を覗いたとき。

 すでにエゴールの姿はなかった。

 代わりに霧が晴れて、奥で倒れている者たちが見えてきた。

 本物だという実感とともに、監視はゆっくりと自分の首を触る。

 つながっていることにほっと息をはき、脱力する。

 普段と変わらない小さな部屋ではあるが、ここは先ほどまで大陸随一の危険地帯だった。

 いつ首が飛んでもおかしくなかった。

 生きていることを実感し、監視はゆっくりと立ち上がる。

 このことを領主に伝えなければいけない。

 ただ、その後の混乱を思うと胃が痛くなる。

 せめて領主にちゃんと自分の身分を明かしてくれればよかったのに……。

 そんなことを思いながら、監視は部屋から出たのだった。

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