第25話 爺さんとの修行



「今日はこれじゃ」


 爺さんはそう言って一冊の魔導書を渡してきた。

 場所はいつもの修行場。

 外界から隔絶したこの場所で、とりあえず試し打ちをするのが俺の修行だ。


「また分厚いな……」


 霊体である爺さんが本を持つわけもなく、ぷかぷかと浮かせて、俺に放り投げてくる。

 受け取った俺は、その重さに顔をしかめる。


「貴重な古代魔法の魔導書じゃ。ありがたく読め」

「読めばいいんだろ、読めば」

「そうじゃ。まずは知識を身につけろ。実践はそれからじゃ」


 俺の曽祖父であるこの爺さんは、古代魔法の素質があった。

 アードラーの祖先にも古代魔法を使う者はいた。しかし、ごく少数。

 それだけ貴重な素質なのだ。

 だが、この爺さんが悪魔に体を乗っ取られて、帝都で暴れてから皇族の間では古代魔法は禁忌となった。

 だから気づかなかった。

 自分に古代魔法の素質があるだなんて。

 これまで魔法の訓練はいくどもやってきた。

 豊富な魔力だけはある俺は、どうしても原石に見えるらしい。

 多くの家庭教師がさまざまな系統の魔法を教えてきたが、俺が使えたモノはない。

 それは古代魔法に特化した俺の素質のせいだったわけだが、それを知ったのはつい最近だ。

 これまで魔法を使えなかった俺が魔法を使える。

 少し浮かれてしまう。どうしても。

 だけど、爺さんはそれを許さない。

 とりあえず使うなんてことはさせない。

 しっかり理解しろ、というのが先だ。


「今回の魔導書は……闇系統の魔法か」

「消費魔力の多い古代魔法じゃ。しかし、威力は抜群。なかなか準備に時間もかかるが、覚えておいて損はないじゃろう」

「俺が学びたいのは戦闘系の魔法じゃないんだが?」

「まずは学べるものを学べ。今日はそれじゃ」


 口答えするなと言わんばかりに、爺さんは魔導書を指さす。

 ため息を吐きながら俺は魔導書を開く。

 小難しい文章はどうしても飽きが来る。

 これまで他人に強制された読書が成功した試しはない。

 けれど、古代魔法の魔導書はどうやら俺と相性がいいみたいだ。

 魔法を使えるようになるという点で、多少興味が向いているわけだが、別に読みたい気分ではない。

 けれど、自然と魔導書の内容が理解できてしまう。

 分厚い魔導書をすらすらと読み進めていく。

 闇系統の古代魔法。

 それは確かに扱いずらい。

 威力に特化した結果、魔力の消費が大きいうえに準備に時間がかかる。

 その中でもとりわけ使いづらそうな魔法があった。

 それを頭にとめておきつつ、俺はさっさと魔導書を読み終えた。


「終わった」

「もう一度読むのじゃ。理解しなければならん」

「もう理解したよ」


 そう言って俺は小屋を出る。

 外界から隔絶された空間には湖があった。

 そこに向かって俺は手を伸ばす。

 そして。



≪我は簒奪者なり・冥府の底より黒を簒奪した・その黒は闇よりなお暗く・その黒は夜よりもなお深い・開闢の闇黒・終焉なる極黒・すべてはその黒より生まれ・すべてはその黒に還る――インフィニティ・ダークネス≫


 巨大な黒い球体が俺の手の先に出現した。

 そして俺はそれを湖に向かって放つ。

 その威力によって、湖の水が一気に舞い上がる。

 爆風が周囲を覆い、舞い上がった水が雨のように降り注ぐ。


「ほら? できただろ?」

「一回読んだだけで……」


 ちょっと引いた様子で、爺さんは呟く。

 そして爺さんがスッと腕を振るうと、時間が巻き戻ったかのように湖が元に戻った。


「ほかの魔法も試しじゃ」

「えー、撃ってわかったけど、俺、あんまりこの系統、得意じゃないかも」

「やってみなければわからんじゃろ! やれ!」


 言われて、俺は仕方なくほかの魔法の準備に入る。

 湖はすでにさっきの状態に戻っている。

 いくら撃っても平気ではある。

 だが、それから湖がさきほどのように破壊寸前にいくようなことはなかった。

 どうやら俺の古代魔法に関する感覚は当たるらしい。

 とりあえず発動はできるが、思ったほどの威力は出ない。

 発動できるだけだ。

 とても使えない。


「ほら? 言っただろ?」

「したり顔はやめよ。やってみて、使えるか使えないか判断する。それが実践じゃ」


 爺さんはそういうと、プカプカと浮いて、小屋へ戻っていく。


「次の魔法は?」

「また今度じゃ。そのペースで覚えられたら魔導書がいくつあっても足りんわい」


 そう言って爺さんは呆れたようにため息を吐くのだった。


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