第35話 受付嬢の受難


「はい、それでは、これで手続きは以上です」

「ありがとうございます……」

「いえ、こちらの責任でもありますので……」


 東部にある冒険者ギルド支部。

 そこに帝都支部所属の受付嬢、エマはいた。

 理由は人手不足だからだ。

 いくつかのモンスターが東部で暴れたため、東部の冒険者ギルドは人手不足に陥った。

 そのため、帝都支部から出向する者が出たのだ。

 その一人がエマだった。

 そんなエマが相手をしているのは、帝国の工務大臣、ベルツ伯爵だった。

 最近、寝ていないんだろう。

 目の下にくまを作りながら、冒険者ギルドとの資料をまとめている。

 モンスターを討伐中、いくつかの建物に被害が出た。

 その一つが工務大臣が直々に執り行っているプロジェクトのものだったため、修繕費について話し合っていたのだ。


「余計なお世話かと思いますが、ベルツ大臣、少し休んだほうが……」

「いえいえ……まだ元気ですよ……はっはっは」


 乾いた笑みを浮かべて、ベルツは支部から立ち去る。

 倒れないか心配だったが、エマとて人を心配していられるほどの余裕はない。


「エマさん! 次の依頼をくれ!」

「えっと……アベルさん、怪我をしてらっしゃいますね?」


 ギルドにやってきたのはA級冒険者であるアベルのパーティーだった。

 一仕事終えてきたアベルたちは、ところどころ包帯を巻いていた。


「規定により、怪我人に依頼は出せません」

「かすり傷だ! 稼ぎ時なんだ! 頼むぜ!」

「リーダー、お金がないからって無理を言うのはどうかと思うなぁ」

「うるせぇ! 金があったら使うだろ!? なくなったら働くんだよ!」


 冒険者らしい理論だ。

 エマは少し思案したあと、アベルたちにとっては容易いだろうと思われる依頼をいくつかリストアップした。


「このぐらいなら許可します」

「どれも安いな……けど、しゃーない。これを頼む!」

「はい、かしこまりました」


 アベルたちが依頼を受けることを了承し、エマはため息を吐く。

 東部の支部が忙しい理由は、アベルたちのように出稼ぎに来る冒険者が多いからだ。

 人手は足りないが、だからといって人ばかりが来ても統率が取れない。


「エマ君! 少しギルドを任せていいかな!?」

「はい、支部長……」

「それじゃあ! 私は頭を下げてくるよ!」


 初老の支部長が颯爽と出張へ出かける。

 被害が出た街へ謝罪しにいくのだ。

 冒険者たちはモンスターを討伐するのが目的だが、無理をしたせいで、周りに被害が出ることも多い。

 そのため、支部長はあちこちに頭を下げる羽目になっていた。

 可哀そうに。

 そんなことを思っていたエマだったが、すぐに背筋を伸ばした。

 帝都で磨かれた感性は伊達ではない。

 まずい人間がきた。

 それだけは察知できた。

 そして、すぐにギルドの扉が開いた。


「代表者はいるか?」

「……い、一応、私が……」

「少し話がしたい」

「わ、私がですか……?」

「他に誰がいる?」


 金髪の女性。

 背が高く、帝国内で元帥のみに許された蒼いマントを羽織っている。

 誰かはすぐにわかった。

 エマは泣きそうになりながら、奥の部屋を指し示す。


「ど、どうぞ……リーゼロッテ殿下……」




■■■




 口から胃が出てきそうだ。

 そんなことを思いつつ、エマはリーゼロッテにお茶を差し出す。

 だが。


「ここは客に菓子も出さんのか?」

「……すぐにお持ちします」


 機嫌を損ねた。

 体を震わせつつ、エマはお茶菓子を用意しに裏へ戻る。

 そしてお茶菓子と、自分用にとっておいた特注のチョコレートをお盆に乗せて、部屋へと向かう。

 だが、そこにはリーゼ以外の人物もいた。


「失礼、お邪魔しています」

「ら、ラインフェルト公爵……」

「僕を知っているなら話は早いですね。少しモンスターについて話し合いに来ました」

「は、はい! しかし……支部長は不在でして……」

「情報さえ共有できれば大丈夫です」

「受付嬢」

「は、はい!」


 リーゼロッテはジッとエマが持っているお盆を見ながら、静かに告げた。


「はやく菓子を置け」

「殿下、怖がらせていますよ?」

「では、何と言えばいい?」

「そうですね。自分は甘い物が好きだから、早く食べさせてくれ、というのはいかがでしょう?」

「へりくだっているようで気に食わん」

「では、早く食べたい、では?」

「まるで私が意地汚いみたいではないか。却下だ」


 そんな会話をする二人の前に、エマはお盆を置く。

 すると、リーゼロッテはおぼんを自分の前に引き寄せた。

 そして黙々と菓子を食べ始めた。


「話というのは簡単でして、モンスターに手こずっているようですし、リーゼロッテ殿下旗下の部隊が一部を担当したいそうです」

「そ、それはありがたい話ですが……」

「精鋭を向かわせる。練度は心配するな。鈍らせないためにはちょうどいい」

「それがリーゼロッテ殿下のお話で、僕のお話は被害にあった地域に支援をするので、その詳細な情報を教えていただければと思いまして」

「公爵が個人ででしょうか……?」

「もちろん」

「ありがたいです。正直、一介の支部では賄いきれないレベルですので」


 冒険者ギルドはモンスターのスペシャリストだ。

 当然、安心を提供する義務がある。

 それなのに被害が出てしまっている。

 補填しろという声も多い。

 それらを公爵が引き受けてくれるなら、これほどありがたいことはない。


「では、話は以上です。殿下もよろしいですね?」

「うむ」

「では、さっそく動くとしましょう」


 そう言ってユルゲンとリーゼは一緒に立ち上がる。

 だが、その去り際。


「受付嬢」

「は、はい!」

「美味いチョコだった。感謝しよう」

「あとで、別のモノをお送りしますね」


 わざわざ個人のお菓子を出したことを察していたユルゲンは、小声でそう囁き、リーゼと共にその場を後にする。

 嵐が過ぎ去った。

 さすがに疲れた……。

 ただ、これで東部の問題も解決できる……。

 はず。

 そう思ったエマだったが。


「どちらがモンスターを狩れるか競争といこうではないか、シルバー」

「望むところだ。エゴール翁」


 突如として現れた二人のSS級冒険者。

 もちろん要請はしていない。

 そこまでのレベルではないからだ。


「何をしに来たんでしょうか……?」

「もちろん」

「討伐じゃ」

「……お帰りください」

「しかし、人手不足だと聞いてるが?」

「帰ってください! これ以上、仕事を増やさないでください!!」


 そう言ってエマは二人を追い返したのだった。

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