第34話 フィーネのダイエット


「フィーネ様。ご注文されていたドレスでございます」

「ありがとうございます」


 フィーネは自分の部屋でセバスから以前注文していたドレスを受け取っていた。

 貴族との話し合いは、一対一での話し合いばかりではない。

 パーティーでの話し合いもある。

 参加するためにはドレスが必要であり、甘く見られないために立派なドレスが必要だった。

 そのドレスだ。

 フィーネは気分よさげに自分の部屋に入り、そしてドレスを着る。

 真っ白なドレス。

 体の線がしっかり出るドレスだ。

 そのため、しっかり採寸してもらった。

 なのに。


「く、苦しいです……」


 ちょっと信じられないくらい苦しい。

 こんなドレスを着て、パーティーに出るのは無理だ。

 おかしい。

 しっかり採寸してもらったのに……。

 フィーネは自分の体を見つめる。

 特別、太ったということはなさそうだが……。

 食事には気を付けている。アルのために健康的な食事を用意しているからだ。

 太るようなことはないはずなのだが……。

 フィーネは服を着替え、採寸が間違っているのかと考え始めた。

 だが。


「フィーネ……」

「これはクリスタ殿下。どうされましたか?」

「またお菓子作った……食べて」

「はい、喜んで」


 クリスタが袋に包まれたお菓子を手渡してくる。

 クリスタは最近、お菓子作りに目覚めていた。

 フィーネはその味見役を引き受けていたのだ。

 クリスタからすれば、フィーネはお菓子作りの達人。

 食べてもらうのは自然の流れだったのだが。


「今日のは少し甘すぎますね……」

「甘いほうがおいしい……」


 クリスタの意見に苦笑しつつ、フィーネは残るお菓子を食べようとして。

 手を止める。

 愕然としたのだ。

 気づいてしまった。

 しっかり健康的な食事を心がけ、運動も欠かしていない。

 そんな自分の生活に混じった、イレギュラーに。

 クリスタに悪いと思い、毎回、出されるお菓子を完食していた。

 どう考えても。

 このお菓子しかありえない。


「フィーネ……?」

「あ、いえ、なんでもありませんよ?」


 フィーネは笑いながらお菓子を食べきった。

 食べないという選択肢はない。

 問題は食べたら、動かなければいけないという点だ。

 フィーネは笑顔でクリスタを見送ると、急いで走り出したのだった。




■■■




「ダイエット? フィーネに必要とは思えないけれど……」

「ドレスが入らないんです!」


 フィーネが頼ったのはエルナだった。

 エルナはフィーネの言葉に懐疑的だった。

 フィーネからすればエルナは引き締まった体を持つかっこいい女性だったが、エルナからすればフィーネは理想的な女性の体、そのものだった。

 わざわざダイエットなんてやる必要があるとは思えない。

 けれど。


「お願いします!」

「そうね……」


 頭まで下げられては断れない。


「パーティーはいつなの?」

「一週間後です!」

「まぁ、多少きつい程度ならそれで十分かしらね。じゃあ、私と少し動きましょうか」


 そう言って二人のダイエットが始まったのだった。

 とはいえ、エルナは太るということとは無縁だ。

 現役の近衛騎士隊長。

 太る余裕などない。

 常に動いているし、常に動けるようにしておくのが責務だ。

 そんなエルナのちょっとは、フィーネにとっては激しいものだった。


「フィーネ、深呼吸しなさい。浅い呼吸ばかりじゃ駄目よ」

「そ、そう言われましても……」


 軽い筋トレ。

 とはいえ、エルナ基準だ。

 バランスを維持しろと片足で立ったり、自重でトレーニングをしたり。

 どれもフィーネにはきついメニューだった。

 しかし、エルナは簡単にこなすし、ゆっくり呼吸しろと言ってくる。

 無理だと思いつつ、どうにかフィーネはメニューをこなしていく。

 その根底にあったのは、クリスタの笑顔だった。

 自分が食べるのをやめたら、クリスタはお菓子作りをやめてしまうかもしれない。

 それだけは避けたい。同時にドレスも着なければいけない。

 新調したドレスの噂は貴族たちの耳に入っている。

 それ目当てでパーティーに来る者もいるだろう。

 着れないとはとても言えないのだ。


「そうよ! その調子!」

「が、頑張ります……!」




■■■




 そして一週間後。

 フィーネはエルナと共に意を決して、白いドレスにそでを通した。

 しかし。


「く、苦しいです……」

「や、やっぱり採寸が間違ってたんじゃないかしら?」

「わ、私が太りすぎたんです……」


 情けない。

 そんな様子でフィーネは落ち込むが、そんな二人の下にミツバが現れた。


「失礼するわよ」

「み、ミツバ様!?」

「どうしてこちらに?」

「セバスから知らせを聞いたの。採寸してちょうだい」


 そう言ってミツバの傍に控えていた者がフィーネの体を採寸する。

 そして、ドレスのほうも調べる。


「直せそうかしら?」

「問題ないかと」

「やはり太っていたんですね……」

「落ち込まないで、フィーネ……」

「太っていたといえばそうかもしれませんが……胸が成長されているようですので、その部分に手を加えます。苦しさは解消されるかと思います」

「ん……? 胸?」

「はい、エルナ様」


 採寸をした者はドレスを受け取り、その場を後にする。

 その言葉を聞いたフィーネはパッと顔を明るくした。


「ふ、太っていたわけではありませんでした! エルナ様!」

「そ、そうね。よかったわね……」


 なんとも複雑そうな顔で応えるエルナに対して、ミツバはクスクス笑いながら、告げる。


「そういえばエルナ。塗り薬が届いていたから、取りに来なさいな。なんでも胸が大きくなるそうよ?」

「本当ですか!?」

「まぁ、人によるでしょうけど」

「ぜひ!」


 自分には必要ない。

 そう口にしようとして、ミツバは口をつぐむ。

 これ以上、エルナにショックを与える必要はないからだ。



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