ボス挑戦直前
【
ただ真っ直ぐに走るミナルーシュは時折、〔ストレージ〕から〔エッジ〕と組み合わせて〔アイテム〕化した猟犬の刃や燕の影を視界に入った敵に放つ。
それはクシャナを待つ間、弱体化した状態で作ったもので、いつもと違い一本で何体も倒せるような威力を持っていない。でも二本、三本と放てばいいし、ミナルーシュも〔ストレージ〕に溜まったものを消費するのにちょうどいいと思っているし、なんの問題もない。
「ねぇ、他のプレイヤーさんの獲物取ってない? だいじょうぶなの?」
「こんな初期エリアのお試し戦闘で手間取ってるほうがわるい」
森から真っ直ぐに伸びる道を歩いている限り、敵とエンカウントしないのは昨日のうちに体験済みだ。
それなのにミナルーシュがわざわざ道から外れた場所に出て来た敵に攻撃をしているのにクシャナが疑問を口にすると、当の本人はいけしゃあしゃあと口答えを返してくる。
クシャナはため息と一緒にやるせない気持ちをはき出した。
そんなこんなで十分もかからずに目的の場所に到着する。そこはちょっとした広場になっていて大勢のプレイヤーがたむろしている。
ボスには〔パーティ〕一組ずつしか対戦できない仕様で、その順番待ちをしているのだ。
クシャナは人目につかないようにかぶっている〔魔女の外套〕のフードをさらに深く顔に引き寄せる。
「ルゥジゥ! お待たせ! クシャナ連れてきたよ!」
ルゥジゥはそんな中で平然と座りこみ、琵琶を弾いて待っていた。いや、琵琶を弾く名目のために待っていたというほうが正しいかもしれない。
「クシャナ、おはよう」
「おはよ。なんていうか……いいように使われてない?」
「利害の一致だから、特に不満はないけど」
ミナルーシュに置物代わりにされておきながら、ルゥジゥは琵琶を弾く時間をもらえるならむしろ喜ばしいらしい。
いつでも行動方針が曲がらないのはいいことなのかもしれないけれど、クシャナは心配になってしまう。
「七組くらいに譲ったよ」
「おけおけ。次に入ろ」
そんなクシャナの苦悩はかえりみてもらえずに、二人は気楽に言葉を交わす。
「あ、くそ、次は俺らだったのに、タイミング悪いな!」
ミナルーシュがやって来てボス戦の行列に入ったのを知って、飛ばされたら次だった男性プレイヤーが不平の声を上げた。
そのちょっと乱暴な口調に〔魔女の箒〕から降りたところだったクシャナはびくりと肩を跳ね上げて、ぴゅっとミナルーシュの背中に隠れた。
「ちょっと、うちの嫁ビビらせんの止めてくれる? 炎上させるよ?」
「おい、止めろ、ミナルーシュが言うと冗談にならないだろ。あー、ごめんな?」
相手は腰低く謝罪してくるが、クシャナはそれもまた申し訳なくて隠れたままだ。
そんなクシャナの態度に相手は渋い顔になる。
「ま、アンタはそこで指をくわえて見てるといいわ。あたしたちがボスを完封するとこをね!」
「完封~?」
ミナルーシュが胸を張って堂々と大言をはくのに、相手のプレイヤーは小バカにするような声を返す。
「いくらお前が攻撃当たらなくたって、一人で倒せるような調整されてないぞ。パーティもフルじゃないし、VR自体初心者もいるんだろ? 完封はムリだろ」
「ほー、言ったなー。じゃ、完封したらなんかよこしなよ」
「ゲンキンか」
話はそこで終わりとミナルーシュは雑に手を払って相手のプレイヤーをしりぞける。
不満たらたらの態度で離れてゆくそのプレイヤーの背中を十分に見送ってから、クシャナはミナルーシュの袖を引いた。
「知り合い?」
「うん、いろんなゲームでプレイしてるVライバー。ボス撃破が配信できなくてかわいそうだね。きっしっし」
かわいそうとか全然思ってない顔でミナルーシュは彼の不運を笑ってやった。
そんな意地の悪さをたしなめるために、クシャナはミナルーシュの額を引っぱたく。
「イタイよ、クシャナ」
「性格悪いよ」
クシャナは怒ってるんだからと見せつけるようにぷいっと顔を背ける。
「あぁん、クシャナー! あんなのいつもじゃれ合いだからさー! 仲良しなんだよ、ほんとだよー!」
ミナルーシュはなんとかクシャナに機嫌を直してもらおうと服にしがみついてぐいぐいと引っ張るが、どう見ても逆効果だ。
我関せずと琵琶を弾いていたルゥジゥはシステムメッセージが入ってひょいを視線を持ち上げる。
「前の〔パーティ〕が終わったみたいだよ。負けたってさ」
「いよっし! じゃあ、作戦通りに勝っちゃおうぜ!」
挑戦権が回ってきたと聞いて、ミナルーシュがパッとクシャナの服から手を離してガッツポーズを取った。
そんな子どもっぽい親友にやれやれと首を振って、ミナルーシュから来た〔パーティ〕申請に加入ボタンをタッチした。
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