最初の〔クエスト〕
駅員と話し終えた三人はお礼を伝えて駅舎を出る。
「
一歩表に出たところで、クシャナは空を見上げて立ち止った。
ミナルーシュがその視線をたどると、確かにまだ明るい青空に欠けた月がうっすらと浮かんでいる。
「あ、ほんとだ。もう月が出てる」
「……うん」
クシャナは元から顔を隠しているフードをきゅっと引っ張ってミナルーシュの横に寄り添った。
「で、これからの予定は?」
月をずっと眺めていたってしょうがないだろうと、ルゥジゥがミナルーシュにこれからどう行動するのかと訊ねる。
ミナルーシュがその場で腕を組んで考えを巡らしてしまったので、クシャナは通行人の邪魔にならないように道の端まで引っ張った。
そんな二人を追ってルゥジゥもマイペースに道からはける。
「メインシナリオ進めたいからボスは倒したいけど、まだクシャナには早いかな。ゲームに慣れさせるのとレベル上げを一緒にしたいからこのまま街で〔クエスト〕回そうか」
「なるほど」
ようは街ブラをして探索していくと聞いて、ルゥジゥはその場に座りこんで琵琶を取り出した。
「それなら二人で行ってきて、私はここにいるから。必要があったらメッセージ投げてくれれば合流するよ」
目的もなく歩くのに時間を使うのはごめんだと態度で示すルゥジゥを前にして、ミナルーシュとクシャナは視線を合わせた後に溜息を吐き出した。
「ミナルーシュ、いこっか」
「そうね。こうなったルゥジゥはてこでも動かないからね」
付き合いの長い二人はこうなったルゥジゥを連れて行くのは無理だとすぐに判断して、別行動を決断する。
すたすたと遠ざかっていくミナルーシュの背中を追いながらクシャナはルゥジゥに手を振った。ルゥジゥは撥を大袈裟に振り返して琵琶を鳴らし二人を見送る。
人の波をすいすいと縫って歩いていたミナルーシュは、しばらくして後ろを振り返ってクシャナが人とぶつかりそうになって四苦八苦しているのに気付いてペースを落とした。
「だいじょうぶ? 手、つなぐ?」
「人前でそんな恥ずかしいことできないから」
ミナルーシュは遠慮しなくていいのにと思うけれども、クシャナがイヤだと言うから諦めた。
「どこか行き先あるの?」
「ううん。取りあえず街全体歩くよ。上手くするとそれでマップ解放されると思うんだ」
だからなにかしらの条件を満たせばマップが解放されるとミナルーシュは見込んでいる。
最初の街で一定以上の範囲を踏破するというのはゲーム界隈ではメジャーなマップ解放条件だ。
そうやって街を歩き回れば〔クエスト〕の一つも見つかるだろうという期待もある。
「あとは気になるお店に入ってもいいしね。お店の手伝いする系の〔クエスト〕も定番だから」
そうなんだ、とクシャナは感心しながらフードの下で鼻をひくつかせる。
「なんだかおいしそうな匂いもするね」
「向こうの広場かな。行ってみる?」
リアルだと現在時刻は十一時過ぎ、クシャナもお腹空いてきたのかなとミナルーシュは微笑ましく思ってしまった。
ミナルーシュが匂いの漂ってくる広場へと先導するとクシャナがちょこちょことついて来る。ミナルーシュの気分はヒナを連れて歩くあひるのお母さんだ。
広場は屋台でにぎわっていた。さっと見ただけでも肉の串焼きにホットドッグ、ポップコーン、クレープの屋台が軒を連ねていて行列が出来ている。
クシャナはちゃっかりとフルーツ串の屋台で子ども達の後ろに並んでいる。先頭にたどり着いた子はチョコでコーティングされたフルーツが四つも刺さった串を受け取ると、決まって嬉しそうに走り出していく。
その姿を見てクシャナは全身をおおう〔魔女の外套〕の下でわくわくと体を揺すっている。
ミナルーシュはクシャナの姿が最後まで見守れる位置にあるベンチに腰かけて待つことにした。
ついでに広場全体を見回す。どこに焦点を合わせるでもなく広い範囲を視界に納めて行き交う人の違和感を拾う。
〔クエスト〕の起点になるNPCはその挙動にクセがあってプレイヤーの目に付きやすいように調整されていることが多い。ミナルーシュが多くのゲームでクエストを見つけてきた中で身に付けたプレイヤースキルだ。
「ん?」
そしてそれはわりとすぐに見つかった。
広場の真ん中にある何種類もの花が組み合わさって作られた大樹のオブジェクト、それは住人の待ち合わせ場所になっているようでカップルやら友人やらが待ち人に駆け寄っては連れ立って去っていく。
その中で一向に相手が来ないで広場の出入り口に何度も視線を送っては腕時計を確認している若い女性がいた。どう見ても待っている相手が時間になってもやって来ず待ち惚けになっている。
「ミナルーシュ、お待たせ」
手に二本の串を持ったクシャナが嬉しそうに声を跳ねさせてミナルーシュの待つベンチに駆け寄ってきた。
そして当然のように右手の一本をミナルーシュに差し出す。
「あたしの分も買ってくれたの? ありがと」
「うん」
ミナルーシュはクシャナからホワイトチョコでコーティングされたフルーツ串を受け取ると先端の一個をかじる。最初のフルーツはイチゴだった。
果実の甘酸っぱさをホワイトチョコの控えめな甘さがほどよく抑えてくれてミナルーシュには食べやすい。
クシャナの手にしたミルクチョコの方だと甘ったるさで眉をひそめてしまったかもしれない。
「さて、ちょっと〔クエスト〕受けられそうな人見つけたから行ってみようか」
ミナルーシュは二つ目のフルーツを串から外して口の中に放りこむとベンチから立ち上がった。次のフルーツはキウイだった。
フルーツ串の甘さを噛みしめていたクシャナは少し出遅れてしまって、慌ててミナルーシュの背中を追いかける。
クシャナが追い付けるくらいに歩調を抑えてミナルーシュは三つ目のフルーツを齧った。瑞々しいブドウがぷちりと歯の間で弾ける。
「こんにちは。なにかお困りだったりしません?」
ミナルーシュは初対面の相手でも物怖じせずににこやかに話しかける。
声をかけられた若い女性は広場の入り口へ合わせていた視点を目の前に現れた少女に運んで目を丸くする。
「えっと……?」
「こんにちは。ミナルーシュ。異世界からの来訪者って言ったら、通じるのかな?」
「来訪者? どうしてそんな人が私に……?」
「見ていて、困っている雰囲気だったから、手助け出来ないかなって思って」
女性のNPCは不思議そうに驚いていたが、困っているのは本当なので戸惑いながらも事情を教えてくれた。
「実は彼氏と待ち合わせをしているんだけど、もう約束の時間から一時間も経っているのに来なくて……なにかあったのかも……」
「それは心配ですね。入れ違いになるといけないから、あたしたちが探してきましょうか? 彼氏さんってどんな人なんです?」
「ほんとう? すごく助かるけど……。そうね、お願いしちゃおうかな。私はドリス。彼はクルトって言って背が高くて灰色の髪が素敵な人よ。パン屋の一人息子なの」
クシャナはするすると女性の懐に入りこんでいくミナルーシュのコミュニケーション能力に圧倒されていた。気が付けばミナルーシュが提案した通りに人探しを頼まれている。
『〔クエスト:行方不明の恋人〕を受領しました。詳細はシステムメニューより確認出来ます』
そしてミナルーシュは慣れた手際で最初の〔クエスト〕を受け取ったのだった。
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