メインシナリオ開始

 ボスを倒して解放された〔ゲート〕を早速三人で通過する。

 揺らめく門をくぐり抜けた先は、これまでの白だけの景色とはまるで違っていた。

 西洋のようなレンガ造りの建築が並ぶ街並みは、そのレンガ同士を接着しているモルタルの部分に色取り取りの花が咲いている。

 三人が出てきたのはロータリー広場の入り口になるレンガの門の前で、目前には西洋のお城みたいなデザインの駅舎が堂々と存在していた。

「おー、これが駅街えきがいかー。すっご、海外みたい」

「古い方の東京駅にも似てるね」

「ああ、重要文化財の。あれはむしろ西洋式で建てたものじゃないか」

 三人娘はお上りさんのように現実では見られない風景にきょろきょろしている。正確にいうときょろきょろしているのはミナルーシュで、クシャナは外観に圧倒されていて、ルゥジゥは特に感動もなく二人の後ろに立っているのだけれども。

「もし、そちらのお三方は来訪者様でしょうか?」

 そんな三人に声をかける人物がいた。

 ミナルーシュがそちらを向くと、学ランにも似た制服を着こんだ見るからに駅員という風体の壮年が、帽子の唾に白手をかけて持ち上げていた。

 ちなみに、クシャナは声をかけられた時点でさっとミナルーシュの背中に隠れている。

「いくらクシャナが小柄でもミナルーシュの体に隠れたって丸見えだよ」

「わ、わかってるけど……」

 ルゥジゥが冷静に指摘するけれど、クシャナはせめてもの抵抗かミナルーシュの〔ローブ〕を掴んでその背中で顔を隠している。その顔は元から〔魔女の外套〕のフードで隠れて周りから見えてないのに。

「立て込み中で?」

「気にしないで。この子、人見知りなんで」

 ミナルーシュが答えると、それならば、と駅員は神妙にうなずいた。

「三女神からの提示によって、別世界からこのレトリックランドを救うために来訪者がいらっしゃると既に承っています。よろしければご説明を差し上げますが、いかがでしょうか?」

「なるほど。最初の案内ってことね。それなら聞いておきたいかな」

 このまま街を観光しても行き当たりばったりにしか動けない。

 ゲームとしてメインとなるシナリオを知っておくのはゲーマーとして基本だ。

「この人、運営さんってこと?」

 クシャナが小声でミナルーシュの背中に話しかける。

 ミナルーシュは前を向いたままそれに返事をした。

「いや、普通にNPCだと思うよ」

「えぬぴーしー? パソコン?」

 まるで見当違いなこと言っているクシャナにミナルーシュもルゥジゥも苦笑した。

「ノン・プレイヤーキャラクターだよ。ようはゲームのキャラクターってこと」

「えっ? 普通に喋ってるよ?」

「今時、簡易AIだって流暢に喋るだろうに、なに言ってるんだか」

「あ、え、あー……そう、だね?」

 親友二人から呆れ混じりに指摘されるもクシャナはいまいちピンと来ていない。

 そういやこの子、デジタルにうとかったな、とミナルーシュは思い出したりしていた。

「差し支えなければ、腰を据えてお話出来る場所までご案内したいのですが」

「あ、はいはい。ごめんなさいね」

 堅気な調子で三人を待っていた駅員に言葉ばかりの謝罪を入れつつ、ミナルーシュはクシャナの手を引いて彼の方へと歩み寄る。なんだかクシャナの手が火照っているが、まぁ、気にするとまた脱線するので迷子と逃亡防止でそのまま引っ張っていくことにする。

 ルゥジゥはどうせ勝手に付いて来る。面倒くさがりで自分勝手な割に、目を離してもいなくならないのが数少ない彼女の良い所だ。

 駅員は革靴で高らかに石を敷いた道を鳴らして三人の前を進む。

 案内されたのは三人娘が見上げていた駅の中、人の行き交う動線から外れた一室で駅員室と表示板がドアに張られていた。

 その部屋の革張りのソファを駅員は進めてくる。

「高そう……」

「ゲームでそんなこと言ってたらやっていけないよ。王様と普通に話したりすることだってあるんだから」

 庶民らしく高級そうに艶めくソファに気後れしているクシャナにかまっていると時間がいくらあっても足りないから、ミナルーシュはその撫で肩を押して無理やりに座らせる。

 その両サイドをミナルーシュとルゥジゥが腰かけて今にも消えてなくなりそうなほどに縮こまっているクシャナの逃げ場をふさいだ。

「どうぞ」

 駅員はテーブルにビスケットとレモンスカッシュを出してくれて、三人の向かいで丸イスに座った。

「レモンスカッシュだ」

 ミナルーシュが炭酸と一緒に始める爽やかな香りに喜色満面で声を上げると、駅員はかすかに眉を眉を寄せた。

「レモネードです」

 そして言葉少なにミナルーシュの発言を訂正した。

「え、炭酸入ってるけど?」

 ミナルーシュがそう言い返して、さらに駅員が訂正を重ねようと口を開く、その一瞬前にクシャナがミナルーシュの袖を引いた。

 ミナルーシュはくいっとクシャナに顔を向ける。

「海外だと炭酸入りのをレモネードっていう国も多いんだよ」

「へぇ、そうなんだ。さすがクシャナ、物知り」

「本で読んだだけだから……」

 クシャナはミナルーシュの感心を向けられてまた恥ずかしそうにうつむいてしまったけれど、駅員は満足そうにうなずいていた。

 ルゥジゥはその間にマイペースにビスケットを摘まんでいる。

「それでは、早速ですがこの世界の現状について説明させていただきます。三女神から既にお聞きの部分もあるやもしれませんが、ご容赦を」

 駅員はそう前置きをしてから咳払いでのどを整え、淡々と説明を始める。

「このレトリックランドという世界は、滅んでいない部分が極僅かにしか残っていないと言う絶望的な状況です。記録も情報も侵略者に滅ぼされた現状では、何故このような現状なのかすら分かりません。ただ〔エンヴォイ〕という侵略者が襲って来て世界が削り取られているという現実が目の前にあるのみです」

 〔エンヴォイ〕という存在がこのレトリック・プレイ・オンラインRPOにおけるプレイヤーの倒すべき敵だと明言された。彼が語るには、〔エンヴォイ〕の特徴はその姿の一部もしくは全体が無機物であること、強力な〔エンヴォイ〕は天使型であること、〔エンヴォイ〕がいる空間は緩やかに空白へと変わって滅んでいくらしい。

「現在、滅びを免れているのは三女神の加護を受けた三つの都市、即ち【遊花ゆうかの駅街】【香雪こうせつ社都しゃと】【毀月きげつの要塞都市】のみ。その他は空白の虚無であり足を踏み入れることも叶いません」

 プレイヤーが最初に選べる三つの都市のことね、とミナルーシュは駅員の説明と既存の知識を頭の中で結びつける。

 クシャナを挟んだ反対側でルゥジゥが琵琶を鳴らし始めたが、駅員は眉一つ動かさない鋼の真面目さを見せている。その割にどうしてレモンスカッシュとレモネードについては受け流してくれなかったのかと全然重要じゃない疑問がミナルーシュの頭に浮かんで、首を思いっきり振ってかき消した。

「何か腑に落ちない事がありますか?」

 ミナルーシュの行動に駅員は説明の口を一旦止めた。

「あ、いえ。続けて」

 ミナルーシュは申し訳なさと釈然としなさを飲みこんで続きをうながした。

 駅員は帽子をきゅっと被り直して、再び口を開く。

「この滅んでいるレトリックランドを辛うじて繫ぎ止めているのが三女神です。そして女神達は世界を再興する希望も齎しました。一つはお三方のような異界から〔エンヴォイ〕に対抗し得る来訪者を遣わしてくれた事。さらにもう一つ、三女神は〔エンヴォイ〕を倒したら世界を作り直す資源に変えるようにしてくださった。これがその世界を作り直す資源です」

 駅員がビスケットの横に並べたのは三人も既に手に入れている三種類の〔アイテム〕だった。

 つまりは【馥郁ふくいくな花】【永久の雪】【滴る月光】である。

「レトリックランドの再興にはこの三つの資源が大量に必要になります。来訪者の皆様には〔エンヴォイ〕を倒すと共にこの三種類の資源もこの世界に捧げていただきたい。勿論、これらが三女神より来訪者へ与える報酬に使われるものとも既に聞いております。よって私達は来訪者へ品物や情報、助力などを差し上げた際にその対価としてこれらの資源を求めると規定を定めました」

「……ごめん、どゆこと?」

 駅員の物言いが少し難しくてミナルーシュには理解しきれなかった。それでクシャナにこっそりと耳打ちをする。

 クシャナは手のひらを添えてミナルーシュの耳に唇を寄せる。

「ようは、売り物とかサービス提供の代価で資源を払ってほしい、ってこと」

「つまり、お金代わり?」

「簡単に言うとね」

 さすがクシャナ、一発でばっちりと分かっているなんてすごい、とミナルーシュは親友のありがたみをまた実感した。

 ここで分からなくてもゲームをやっていくうちに自然と慣れていっただろうけど、手探りの期間なんて短ければ短い程いい。

「ギブアンドテイクってやつですね。それなら必要な時は頼らせてもらいますよ」

「そういって貰えて恐縮です。……私達は自分の世界の事なのに、三女神や来訪者様を頼るしか出来ない不甲斐ない者達ですが、手助けだけは全力で致します」

 駅員は太股に両手を付くと深々と頭を下げた。

 これにはクシャナだけでなくミナルーシュもいたたまれなくなる。

「ちょ、だいじょうぶですから、頭上げてください!」

 女子中学生がゲームで遊んでいるだけなのに、こんな重たい態度はごめんだった。

 駅員も年を重ねているからか、年若い娘には誠意も時として負担になると理解して、表情は強張ったままでも顔を上げてくれた。

「では、続いて当面、皆さんにお願いしたい事を伝えさせていただきます」

「ええ、はい。それで」

「こちらをご覧ください」

 駅員は一枚の紙を取り出す。三角形の頂点を作る位置に丸印があり、それぞれ【遊花の駅街】【香雪の社都】【毀月の要塞都市】と名前が振られている。

 駅員は【遊花の駅街】に人差し指を置いてから【香雪の社都】へと滑らせた。

「まずはこの街から【香雪の社都】へ続く街道を切り開いていただきたい。この街は現在、駅はあるものの列車も馬車も行き交う先がない名ばかりの駅街です。その駅としての機能を取り戻すには他の街に通じる道がなんとしても必要なのです」

「あの、要塞都市へは行かないんですか?」

 どうせなら同時に道を切り開いた方がいいんじゃないかとクシャナが口を挟んだ。このゲームのプレイ人数がどのくらいかは知らないけれど、そんなに人手が足りないとも思えなかった。

 駅員はフードに隠れて陰になっているクシャナに目を合わせて、厳かにうなずいた。

「無理なのです。【毀月の要塞都市】方面に向かう境界には、強大な〔エンヴォイ〕が立ち塞がっています。【香雪の社都】方面も〔エンヴォイ〕が阻んでいますが、こちらの方がまだ討伐の目があります」

「あー、あとで〔エリア〕解放させるためにボスのレベルが全然違うやつね」

 ミナルーシュはゲームで時々見かけるギミックだと納得した。

 そんなことをするくらいならそもそも進めなくしろよ運営と思わないでもないが、世界観を損ねないために進めない理由をきちんと置いておくのがクヲンの常套手段だ。

「最初のメインシナリオは三つの都市を繫ぐってことね。おけ、分かりやすいわ」

 ミナルーシュは目の前の駅員を始めとするレトリックランドの住人の不安を少しでも和らげてあげようと、自信満々に自分の胸を叩いてその役割を請け負った。

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