友情の勝利

 クシャナははっきりとミナルーシュの体が天使の剣先にぶつかるのを見てしまった。

 恐れおののいて頬を手で押さえた拍子に、ずっと被っていたフードがぱさりと落ちてミナルーシュにデザインしてもらった端正な顔が恐怖で歪むのを人目にさらす。

 天使の刺突は地面を掘り返して土煙を上げていてミナルーシュの安否が確認出来ない。

 親友が自分の身代わりになったのを目の当たりにした彼人かのとには、視界の隅の簡易ステータスにバフ効果が表示されているが目に入っていなかった。

「だいじょうぶ!」

 だからミナルーシュは友達をいち早く安心させるために声を張り上げた。

〈エッジ〉

 彼女の〔詠唱〕が聞こえると土煙の中に光が見えた。

 ルゥジゥの〔魔術〕で新緑の光を体にまとったミナルーシュは、その右手に白く光る刃を灯して、巨大な刃の上を疾走していく。

 天使の攻撃の直前にルゥジゥからの防御強化が間に合って至って軽微だったミナルーシュの力強い走りを見て、クシャナのまなじりに涙が零れる。

 天使の手元まで駆け抜けたミナルーシュは飛び上がり、巨体の肩に刃を振るう。

 しかしその刃はかん高い音を立てて呆気なく折れてしまった。

「ああ、もう! これもダメか!」

 〈エッジ〉は〔消費MP〕が少なくて負担が軽かったがまるで意味がなかった。

 〔MP〕を無駄にしたのを歯噛みしながらミナルーシュは天使の陶器のようになめらかに硬い体を蹴って地面に降りる。

「攻撃は任せきりにするしかないんだ、がんばってくれよ」

「分かってる! でも防御は任せてるからね!」

「承っているじゃないか」

 ルゥジゥからのエールだか揶揄だか分からない言葉に言い返しながらも、ミナルーシュは地面を蹴る。

 一番後に攻撃したミナルーシュの姿を追って、天使の顔は突っ立っているクシャナとは反対の方向へと動いた。

〈エッジ〉

 ミナルーシュは自分を踏み潰そうと天使が降ろしてきた足を紙一重で避けて、逆に魔力の刃で斬りつける。

 またもミナルーシュの造った刃は一撃で折れて消えるけれども、ヘイトは更新されて天使の目標はしっかりと彼女に釘付けに出来た。

 足手まといになっている。クシャナがいくら初心者だからってそれくらいは判断出来た。悔しくて頬の内側を噛んだけれど、アヴァターは痛覚が鈍いらしくて期待したほどの痛みは感じなかった。

 ミナルーシュは低燃費の〈エッジ〉も使わずに素手で天使の硬い肌を殴る。ルゥジゥからの防御強化も突き抜けてきた痛みをミナルーシュは手を振って逃がした。

 クシャナは考える。自分になにが出来る。それからなにをしてしまったらミナルーシュの迷惑になる。

 迷惑になる方はすぐに分かった。クシャナが天使に狙われるとミナルーシュはそれを庇うために動かないといけない。ミナルーシュ自身に向けられた攻撃ならいくらでも避けられるけれど、クシャナを守るにはミナルーシュは身を呈さないといけない。

 なら、クシャナが攻撃されないような手助けをすればいい。

 でもそれは出来るだろうか。

 ルゥジゥのように味方を強化する形なら天使は攻撃しているミナルーシュを優先している。しかしクシャナの〔魔術〕は敵に影響を及ぼすものだ。

 さっきもそれでミナルーシュからクシャナへと天使の狙いが移った。

 じゃあ、天使の動きを止めてしまえばいい。そうしたらクシャナに対して攻撃も出来ないし、動けない相手ならミナルーシュがきっと仕留めてくれる。

 クシャナは自分の足元を見下ろした。光源がどこかも分からない真っ白な空間だけど、影はそこにある。

 クシャナはつばを飲みこんで、影を見つめながらゆっくりと移動する。

 天使の攻撃を避け続けてはダメージの出ない反撃を繰り返しているミナルーシュが、クシャナの動きに気づいて目で追ってくる。

 背後に静かに回るクシャナに天使は全く気付いていない。

 それでもミナルーシュはクシャナが余計なことをするんじゃないかと眉にしわを寄せている。

 だいじょうぶ、とささやくようにクシャナはうなずいて見せた。

 その立ち位置でクシャナの足元から伸びた影が天使の足に触れる。

〈光訪れぬわたしの影は虚無へと無限落下する無重の陥穽〉

 クシャナが〔詠唱〕を謳う。

 するとクシャナの影がずぷりと沈んで、その陥穽は天使の足を捉えた。

 ずり、ずりとクシャナの影は掴んだ者を引きずりこんで、天使は自重を支えきれなくなって無様に地面に倒れた。さっきまでは問題なく天使が乗っかっていたはずの地面がなぜか巨体の重さでへこんでいる。

 さらに天使の体に走るひび割れがべキバキと音を立てて崩れ出した。

 クシャナの影が変じた重力の井戸に掴まった天使は〔束縛〕を受けて身動きが取れなくなる。

「クシャナ、ナイス!」

 この好機を逃すようなミナルーシュではない。

 ミナルーシュは勢いをつけて天使の無防備にさらされた頭部へと肉迫する。

〈この手の歪みは全てを切り裂く〉

 ミナルーシュは新しい〔詠唱〕を乗せて右手を振り抜いた。

 その手で握りこんだ先の空間が歪み捻じれて、刃の形を表現している。

 その歪みそのものの刃は物質の硬さなんてまるで関係なくズバンと天使の巨体を真っ二つに切り裂いた。

「イチかバチかの取って置きだよ。ふふ、成功してよかった」

 ミナルーシュは斬撃を繰り出した体勢のままで見栄を切る。

 二つに分かれた天使はその断面から光の粒へと崩れ去っていく。

『〔壊れ掛けの天使〕を倒しました。

 ミナルーシュが【馥郁ふくいくな花】を20個取得しました。

 ミナルーシュが【永久の雪】を20個取得しました。

 ミナルーシュが【滴る月光】を20個取得しました。

 ミナルーシュの〔魔術師〕が4レベルに上昇しました。

 クシャナが【馥郁な花】を20個取得しました。

 クシャナが【永久の雪】を20個取得しました。

 クシャナが【滴る月光】を20個取得しました。

 クシャナの〔魔女〕が4レベルに上昇しました。

 ルゥジゥが【馥郁な花】を20個取得しました。

 ルゥジゥが【永久の雪】を20個取得しました。

 ルゥジゥが【滴る月光】を20個取得しました。

 ルゥジゥの〔奏者〕が3レベルに上昇しました。

 〔箱庭〕の〔ゲート〕が開放され、【遊花ゆうか駅街えきがい】へ移動出来るようになりました』

「いよっし! 友情の勝利だね!」

 システムメッセージが間違いなくボスを討伐したと宣言するのを聞いて、ミナルーシュはクシャナに向けてニカッと笑ってピースした。

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