ネズミ退治

 クシャナはミナルーシュに手を引かれて街中へと再び繰り出した。

 なぜか自然と手を握られて迷子防止されているけれど、人混みをミナルーシュが縫って歩いてくれるから助かると言えば助かる。

「人探し〔クエスト〕だから、ヒントで目処を付けつつ街の中をくまなく探すよー」

「ん。りょーかい」

 とにかく足を使うのが必要なのがこの手の〔クエスト〕だ。ゲームだから疲れて動けなくなるなんてのはあんまりないけれど、根気は要求される。

 ミナルーシュは道行く人に話しかけては、クルトという名前やパン屋を探していると情報を聞き出していく。

 そのコミュ力の高さにクシャナは任せきりになっている。

『〔クエスト:通行人を盛り上げよう〕を受領しました。詳細はシステムメニューより確認出来ます』

 またミナルーシュが知らない人と話しているのをぼんやり待っていたクシャナはまたシステムメッセージが〔クエスト〕の通知を宣言して目を丸くする。

「え、ドリスさんの途中なのに別の〔クエスト〕も受けたの?」

「あ、いや。これはあたしじゃないよ。ルゥジゥじゃない?」

 ミナルーシュは今しがた話していた男性にお礼を言い手を振って別れる。

「でも受けれる〔クエスト〕あったら受けるけどね」

「えっ」

 ミナルーシュがなんでもないことみたいに〔クエスト〕を並行して受けていくと聞いて、クシャナは困惑で足を止めてしまった。

「ちゃんと片付ける前に他の人の頼まれごとも受けちゃうの?」

「ゲームで〔クエスト〕をいくつか抱えるのはふつーだから」

 クシャナはそんなの不誠実だと思ってしまうけれど、ミナルーシュはそんなのは当たり前のことだなんて言う。

 クシャナは釈然としないままに、またミナルーシュに手を引かれて引っ張られていく。

 空にはつきく薄っすらとした姿が浮かんでいる。そんな月を見上げているとクシャナはちょっとふわふわした心地になる。

 そんなクシャナはミナルーシュも連れ歩くのが楽なようだった。

「なぁ、俺の頼みも聞いてくんね?」

「内容次第かなー。どんな頼み?」

 そんな中でミナルーシュは本当に違う人の頼みを聞いていた。

『〔クエスト:ネズミ退治〕を受領しました。詳細はシステムメニューより確認出来ます』

 しかもその頼みを解決すると請け負ったのがシステムメッセージから報せられた。

「なんか食糧庫にネズミが出て困ってるんだってさ。ネコでも飼ったらいいんじゃないかな?」

「なら猫探せばいいんじゃない?」

 クシャナはちょっと呆れてしまってミナルーシュへの応対もおざなりになる。

「あー、なんだよー。ちゃんとパン屋さんの場所も教えてもらえたから、機嫌直してよー」

「あ、そうなの?」

 けっこう歩き回った甲斐があって求めていた情報もゲット出来てたらしい。これは素直にミナルーシュがたくさんの人と会話してくれたおかげだ。

 でもそれをほめてしまうとミナルーシュの態度が少し、いやだいぶうざったくなるから、今回は特になにも言わずに流しておく。

 ミナルーシュもそこは特に気にしてないようで腕を振り上げてパン屋を目指し始めた。

「あ、でも、それよかネズミ退治の方が近いから先にそっちやっちゃおうか」

 そして一分も歩かない内に寄り道を決めたミナルーシュに対して、クシャナはフードの下でじと目になる。もっともミナルーシュに見えていないからノーダメージだし、一応はさっき〔クエスト〕として受けた頼まれごとでもあるし、クシャナも強く文句を口に出せない。

『〔クエスト:通行人を盛り上げよう〕を達成しました。

 ルゥジゥが【馥郁な花】を20個取得しました。

 ルゥジゥが【永久の雪】を20個取得しました。

 ルゥジゥが【滴る月光】を20個取得しました。

 ルゥジゥの〔奏者〕が4レベルに上昇しました。

 ルゥジゥが5APを取得しました。3SPを取得しました。

 ルゥジゥが条件を満たしたことにより、〔スキル:パフォーマンス〕が取得可能になりました。

 ミナルーシュが1APを取得しました。

 クシャナが1APを取得しました』

「あ、くそ、ルゥジゥに先越された!」

「なに張り合ってるの、もう」

 〔パーティ〕内で競争をする意味なんてないし、そもそも競争なんかしてなかったし、クシャナはあきれてしまってため息が出る。

「いいの、気分だよ、気分。テンション上がる感じで。せっかくのゲームなんだからさ」

「ほんと、ミナルーシュってばノリだけで生きてる」

「それがあたしの取り柄だからね!」

「わるいとこだよ」

 クシャナが冷たい声で批難すると、ミナルーシュは、たはー、と頭の後ろをかく。

 そんなかけ合いをしている間に、二人は目的の食糧庫に到着していた。ここもレンガ造りで、周りの住宅よりはちょっぴり大きい。

 ミナルーシュがためらいなくドアを開けると暗い室内に光が差し込み、ちゅ、と短く鳴いたネズミ達が一斉に逃げていった。

「え、数多くね?」

「パッと目で追っただけでも五、六匹はいたねぇ」

 中を見ると袋が破れて小麦が漏れ出てたりしていた。こんなところで保管されている食料なんて不衛生だと、女子中学生の二人はそろってイヤそうに顔をしかめる。

「よし、ちゃっちゃか終わらせちゃおう」

 ミナルーシュは腕まくりをしてやる気を見せた。

 これは任せてだいじょうぶだなと判断してクシャナは壁に寄りかかって後ろ手を組む。

 ミナルーシュは外の光が差し込んでもなお陰が濃い室内に向かって腕を伸ばした。

〈猟犬達よ、走れ! 獣に牙を突き立てろ!:エッジ〉

 ミナルーシュは〔エッジ〕に猟犬の〔魔術〕を重ね合わせた。

 〔ネーミング〕の効果によって〔エッジ〕の性能を基本にして猟犬の特性が追加され、ミナルーシュの伸ばした手の前に二十四本の小さなナイフ状の刃が展開する。

「いけ!」

 ミナルーシュのかけ声に応じて二十四の刃が列を成して駆け出した。

 一列に連なった刃は途中で違う行き先を分担して枝分かれしていく。積み重なる食糧の袋や樽を避けて壁へと向かい、物陰に姿を消していく。

 小さな刃はネズミが逃げ込んだ穴や裂け目に身を滑りこませて追い立てる。

 壁の隙間からネズミ達の悲鳴がそれはもうたくさん聞こえてきた。

『〔ラット〕を146体倒しました。

 ミナルーシュが条件を満たしたことにより、〔スキル:エイミング〕が取得可能になりました。

 〔クエスト:ネズミ退治〕を達成しました。

 ミナルーシュが8APを取得しました。5SPを取得しました。

 クシャナが2APを取得しました。

 ルゥジゥが1APを取得しました』

「ぎゃくさつ?」

「せめて駆逐って言ってよ」

 百五十も駆除したらさすがにこの食糧庫に住んでいたネズミも全滅しただろう。

 ミナルーシュは笑ってごまかしながらドアに向かって体を振り向かせる。

『〔ラット〕を41体倒しました。

 〔マウス〕を27体倒しました。

 〔野犬〕を倒しました』

 食糧庫を出ようとしたところで、システムメッセージが追加の討伐報告をしてきてミナルーシュはぴたりと動きを止める。

「ぎゃくさつ?」

 クシャナがさっきと同じ質問するのにちょこんと首を傾げるのも足しているのがあざとい。

「もどってこーい」

 ミナルーシュはやけっぱちになって棒読みでネズミ退治のためにけしかけた魔力の刃を呼び戻す。

 少し待っていると十一本まで数を減らした刃達がミナルーシュの手元に帰ってきた。

「なるほど。〔創造〕タイプの〔エッジ〕だと耐久力が高いんだな」

「そして無関係な動物達を虐殺したと」

「……ねずみも野良犬も駆除対象ってことで。ね?」

 ミナルーシュが許してと顔の前で手を合わせるけれど、その横にはふよふよと魔力の刃が連れ添っている。

 クシャナは自分が許すとか許さないとかいう話じゃないんだけどな、と思ってしまって、特になにも言わずに先に表へ出る。

「あ、待ってよー! わざとじゃないんだってばー!」

 だから別に怒ってなんかないんだけどな、とクシャナはぼんやりと空に浮かぶづきを見上げながら、足を止めずに追いかけてくるミナルーシュの声に耳をそばだてていた。

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