クシャナは天才!

 ミナルーシュはちらちらと隣を歩くクシャナをうかがう。

 クシャナにしたら、ミナルーシュよりもその周りにふよふよ浮いている魔力の刃の方が気にかかる。

 建物が色取り取りの花で飾られた駅街を歩く人の数は多い。ミナルーシュに寄り添う刃はするりと人を避けているけれども、見ているクシャナははらはらしてしまう。

「ねぇ、それ、しまったら?」

「え?」

「人に当たりそうで見ててこわいよ」

「そう?」

 ミナルーシュはゲームなんだからターゲットしなければ攻撃が当たるわけがないと思っているので、クシャナの抱く危機感はすっかりすり切れている。

 それでもクシャナが気にするならと〔インベントリ〕機能を呼び出す。

「そもそも、これ〔魔術〕なのにしまえるのか? あ、しまえるわ。……そっか、〔破壊魔術〕の刃は攻撃だけど〔創造魔術〕の刃は〔アイテム〕扱いなのか、なるほどねー。ん? 待てよ? ってことはつまり……そっか、そういうことができるのか……」

 疑問を懐きながらも勝手に自己完結して猟犬の刃を〔インベントリ〕に収納した後も、ミナルーシュはぶつぶつと言いながら思考を巡らせている。

 その態度は少し近寄りがたくて、クシャナは心配になってしまう。

「やっばいことを理解した! すご! クシャナ、やっぱ天才!」

「え、なにが?」

 いきなりテンション高く称賛されてもクシャナはついていけなかった。彼人かのとからすれば抜き身の包丁を持って歩くのは危ないから片付けろと言ったのと同じ感覚の発言だった。

 常識から注意しただけなのに、天才とか言われても意味がわからない。

「いやー、やっぱうちの嫁はちがうね。もう最高じゃない? 元から最高だったわ」

 しかしミナルーシュは一人でうんうんとうなずくばかりで、なにがすごいのか説明してくれない。

 きっと廃人ゲーマーにしかわからないことがあるんだろうと、クシャナは放っておくことにした。ぶっちゃけ、話す気がないなら相手してられない。

『ミナルーシュが条件を満たしたことにより、〔スキル:マッピング〕が取得可能になりました。

 クシャナが条件を満たしたことにより、〔スキル:マッピング〕が取得可能になりました』

 そんな感じで街を歩いてたら、唐突にシステムメッセージが流れてきた。

「お、来た。やっぱ〔エリア〕踏破率で解放か」

「〔マッピング〕?」

 ミナルーシュはこの〔スキル〕の取得を狙って街中を歩き回っていたのだ。早速システムメニューを操作して新規〔スキル〕を取得する。

 するとミナルーシュの視界の左下に円に縁取られた地図が現れた。

 ミナルーシュはそのついでにAPを使って〔能力値〕を成長させるのと〔メンタルリッチ〕の〔スキルランク〕を上昇させる。

「お、〔MP〕が一気に100上がった。よっし」

「いいなー」

 クシャナは戦闘で〔MP〕が枯渇したのもあって、〔メンタルリッチ〕でどんどんと〔MP〕を増やすミナルーシュをうらやましがる。

「あれ? クシャナも〔魔女の髪〕が〔MP〕タンクじゃなかった?」

 ミナルーシュがクシャナも似たような〔スキル〕を持っていたはずと問いかける。

 クシャナは薄っすらと白いつきく青空をちらりと見上げた。

「夜じゃないんだもん」

 クシャナは〔魔女の髪〕の〔MP〕蓄積方法を髪を夜闇に浸すことにしている。

 〔箱庭〕の空白環境は昼でも夜でもなく、【遊花ゆうか駅街えきがい】の薄明で、クシャナの〔魔女の髪〕はまだ〔MP〕を1点も生成していない。

「それで、この〔マッピング〕ってわたしも取った方がいいの?」

 クシャナが首をかしげると全身を覆い隠す〔魔女の外套〕がくしゃりと首元にシワを作った。

「クシャナにはあたしがずっとついてるからいいんじゃない? てか、マップがあってもクシャナは迷子になるからSPのムダになると思われ」

「……ぐう」

 ミナルーシュの指摘に顔を背けたクシャナがうめいた。

 ぐうの音も出ないわけじゃないという抵抗のようにも、ぐうの音しか出ないという降参のようにも聞こえる。

 なにを隠そうこのクシャナの中の人である雪菜せつなは待ち合わせになれた近場の駅でも、集合場所と逆の出口に出違でちがえて毎回毎回歩月ほづきが探しにいくハメになっている。

 最近では遠出するにも雪菜の家の前で集合するようになっている。

「クシャにゃんはあたしとお手手つないではぐれないよーに、しよーねー?」

 ミナルーシュがこれが好機とクシャナの手をつかんでくるけど、クシャナは甘んじてそれを受け入れる。普段の迷惑料だと思えば、抵抗する権利がない。

 〔マッピング〕で歩いた周囲が自動で埋まっていく地図を手に入れたミナルーシュは教えてもらったパン屋へとよどみなく到着する。

 しかしそこはクルトの実家とはまた別のパン屋だった。それでも店の奥さんに他のパン屋の位置も教えてもらえたので無駄足とまでは言えない。

「うちの旦那も全然帰って来ないんだよ。どこをほっつき歩いているんだか。見つけたら怒ってるって伝えてくれないかい?」

「はーい。結婚すると男の人も大変だねぇ。ま、その点、うちの嫁は理解があるから心配いらないかな。ね、クシャナ!」

「いちいちアホなこと言わなくていいから」

『〔クエスト:帰って来ない旦那〕をを受領しました。詳細はシステムメニューより確認出来ます』

 探している人物が見つからなかったのに、また別の人探し〔クエスト〕が増えてしまった。

 クシャナは内心で、この街、行方知れずの人多すぎない、とげんなりする。あとミナルーシュのセクハラすれすれの発言も地味に心を削ってくる。

 その奥さんもクルトがどこのパン屋の息子かは知らなかったので、二人は教えてもらった店を総当たりしていく。

 その中で二、三軒に一軒のペースで同じように人が帰って来ないから探してほしいと〔クエスト〕が増えていった。

「ねぇ、これ、おかしいよね?」

「うーん……たぶん単発に見せかけてるけど、全部原因いっしょなんじゃねって気はしてきた」

 ちなみに、クルトの実家は発見出来たものの、両親も跡継ぎの息子は恋人とのデートに出かけているという情報しかもらえなかった。それは始めから知っている。

「ただ、まじめな性格で寄り道とかしないと思う、と。なんか事件に巻き込まれてるっぽいなー」

「でも、事件が起きてるみたいな騒ぎないよね?」

 ここまで街中を散々に歩き回ったけれど、道行く人は賑やかだけどみんな慌てた様子も不穏な様子もなく、普通に日常を過ごしているように見えた。

 大きな事故やら事件やらが起きているなら、人の噂になったり自警団なりなんなりが出動したりしているはずだ。

「そんな話はないんだよね?」

 クシャナはいろんなNPCから情報を聞き出したミナルーシュに再確認する。

「変なこと起きてないかも聞いてたけど、みんないつも通りだよって答えられたよ」

 ミナルーシュは肩の高さに両手を上げて目ぼしい情報はないと答える。

「あ、でも、どっかの酒屋の息子とか、ワイン工房の職員が最近見かけないみたいに言ってる人はいたな」

「お酒? ワイン?」

 クシャナは口元に軽く握った手を持って来て推察を始めた。

「いなくなった人になんか共通点とか思い当たらない?」

「んー……どうだろ。あ、でもほとんど男の人だったような気もする?」

「そう言えば、パン屋さんでいなくなってる人も息子さんとかご主人ばっかりで、奥さんとか娘さんはちゃんといたね……歳は?」

「わからん。聞いてない」

「パン屋さんとお酒関係以外の人でいなくなった人はいた?」

「ん、たぶんいないと思う。いなくなったって聞いたのはパン屋の他はさっき言った二人だけ」

「他に気になること、覚えてること、全部言って」

「そこまで覚えてるほど記憶力に自信はないのですが……あたし、ミステリー読まないし」

「ミナルーシュはミステリーどころかマンガ以外読まないでしょ」

「失礼な。教科書は読むぞ、一応」

「授業でだけでしょ」

「あはは……さすがよくわかってらっしゃる」

「真面目に答えて」

「ミナルーシュちゃんがふまじめみたいな言い方はやめてよー。真剣にゲームやってるんだからー。いたっ」

 あまりにもミナルーシュの雑な言い方にいらっとして、クシャナはその額をぺしりとたたいた。

 いい音が鳴りはしたものの、ミナルーシュの〔HP〕は1点も減っていない。

「あ、そうそう、まじめと言えば、いなくなった人のことをみんな、まじめだとかいい奴だとか言ってたかも」

「それは……善良、ってことかな」

 やっとミナルーシュが出してきた意味のある情報に、クシャナは頭の中でピースがはまりそうだった。

 自分の知識と出てきた情報をつき合わせ、類似したものを探り、そこからこの〔クエスト〕を設定した人物の意図を推察していく。

 そして〔クエスト〕を作った人物だと思い出したクシャナは、もう一つ重要な要素を導き出した。

「天使」

「ん?」

「〔エンヴォイ〕っていう世界を侵略してるの、ボスが天使だって言ってたよね」

「ああ、そう言えばそうね」

 駅員のNPCからレトリックランドの基本情報として教えてもらったことの一つだ。

 そしてそれがクシャナに、今まで出てきた情報を一本に繋げるシナリオを組み上げさせる。

「キリスト教がモチーフなのかも」

 フードの下に隠れたクシャナの瞳は力強い眼差しをミナルーシュに向けた。

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