ワン・ショット・キル

 クシャナも〔パーティ〕に入ったところで、ミナルーシュはボス戦の申請のウィンドウを開く。

 『準備は出来ましたか?』という表示の下にある『Yes』を選択しないで制限時間を過ぎると、ボス戦に移行できず待ち順を飛ばされる仕組みだ。

 もちろん、三人そろったのでミナルーシュは『Yes』をタップする。ウィンドウにはきちんと、『残り待ちパーティ0組』と表示されて、ミナルーシュ達が次に挑戦する権利を報せる。

『これより〔エリアボス:下級天使〕との戦闘用エリアに移動します』

「お、来た来た!」

 ミナルーシュはすぐに順番が回って来てテンションが思いっきり上がっている。

 瞬きのように三人の視界が暗転して、そして今までと同じ景色が映る。けれどそこには他のプレイヤーが一人もいなかった。

「なるほど、こういうインスタントエリア使う感じか」

 ミナルーシュはやっぱりこういう事態には慣れていて平然と受け入れているけれど、初体験のクシャナはきょろきょろと周囲を見回して他の人が消えたのに驚いている。

「二人共、そこにボスさんも出てきているよ」

 ルゥジゥが座ったまま撥をまっすぐに伸ばして指した先に、二人は視線を向ける。

 そこには〔箱庭〕を封鎖していたのと良く似た陶器の質感をした巨体を誇る天使が仁王立ちしていた。前の天使と違うのは、つるりとした体のどこにもひび割れがなくて完璧な状態でいることだ。

「異なる天地よりきたる侵略者よ。この世界は我等がしゅが治めるものである」

〔アナライズ〕

 天使が戦闘の前口上を述べているにも関わらず、ミナルーシュがしれっと相手の情報を解析する〔スキル〕を宣言した。昨日、レベル上げするのに〔魔術師Wizard〕がカンストしていたら経験値がもったいないからと取得した〔視者Exsight〕という〔ルーツ〕のもので、〔視者〕は初期取得の〔スキル〕が便利だとミナルーシュがあらかじめ目を付けていた。

「ミナルーシュ、相手が話してるんだからちゃんと聞こうよ……」

 まじめなクシャナは、いくらゲームの敵とはいっても失礼な態度を取ったミナルーシュを窘める。

「え、ごめん、クシャナ、聞きたかった? たぶんもう動画に上がってるから後で確認する?」

「そういうことじゃないぞ、そこのゲーマー」

 文学好きなクシャナはストーリー重視だったかと勘違いしているミナルーシュにルゥジゥは冷たく声を突き刺しておいた。

 そこまで言われても意味がわかってなくてきょとんとしたミナルーシュに、クシャナはため息をつく。

「もういいよ……」

「――けして、此処より先には行かせぬ」

 そしてボスである天使は三人に相手されなくても自動で決められたセリフを延々と話していた。

 しかし聞いていなかったように見えて、ミナルーシュは天使のセリフが終わって体が動き出した瞬間に〔ストレージ〕から猟犬の牙を放ち、ヘイトを稼ぐ。

 それから一拍遅れてクシャナは〔魔女の箒〕で宙に浮かび上がる。ルゥジゥはずっと琵琶を弾いていて、すでに最初のバフを入れていた。

「あ、ところでさ」

 天使に向かって飛び出して相手の視線がクシャナやルゥジゥに向かないように位置取ったミナルーシュがのんきな声で二人に呼びかける。

「完封どころか、一撃で沈められるかも」

 ミナルーシュが次々と放つ猟犬の牙では天使は傷一つつかず、拳を振るってくる。

 その一撃をミナルーシュは軽く避けた。

 先程の〔アナライズ〕で解析された情報は天使の〔HP〕だけ、それも簡易ステータスと同じくステータスバーが見えただけで詳細な数値も得られなかった。それでも〔HPバー〕の長さだけでミナルーシュは天使が昨日相手にしてきた敵と比べてどれくらいの体力があるのか、おおよそ推察している。

「え、そうなの?」

 天使の様子を見ながら慎重に高度を上げていくクシャナがさすがに驚いていた。

 今までたくさんのプレイヤーが挑戦して討伐に失敗しているというのに、ミナルーシュはすごいんだな、なんて思っているあたり、こちらはこちらで一般的なゲーム感覚がやはり欠けている。

「うんうん、クシャナがしっかり動きを止めてくれれば、いけるよー」

 ミナルーシュはお喋りしながら涼しい顔で天使の攻撃を回避していく。それは多くのプレイヤーが二、三回も食らえば〔デスペナルティ〕になると懸命に避けて、そして遂には敗れた攻撃そのものである。

 ルゥジゥは無知って怖いな、と思いつつ、〔演奏〕で発動する次の〔魔術〕を〔パーティ〕の強化から敵の〔状態異常〕弱体化に切り替える。

 天使の硝子のような無機質の瞳から放たれた光線をミナルーシュが回避したタイミングでルゥジゥの〔魔術〕が発動して天使に弱体化のエフェクトが入る。

「クシャナ!」

 ルゥジゥが一際力強く弾いた弦の音に乗せて、天使の真上まで到着したクシャナに呼びかけた。

 しっかりと自分の影を天使の巨体に落としたクシャナは静かにうなずき、おごそかに〔詠唱〕を紡ぐ。

〈光訪れぬわたしの影は虚無へと無限落下する無重の陥穽〉

 長い〔詠唱〕を持ち、自分の影を効果範囲とする制限と無差別に効果を発揮することで、効果量と成功率を底上げした、クシャナお得意の〔束縛〕の〔呪縛魔術〕だ。

 それは〔状態異常〕への抵抗を弱体化された天使の膝を地面につかせ、陥没させる。

 クシャナの〔詠唱〕と同時にミナルーシュは天使から離れていた。

 ここで接近してしまうとミナルーシュもクシャナの〔束縛〕を受けてしまう。

 だからミナルーシュは、天使相手に効果的な歪みの刃を、遠くから投てきできる〔魔術〕を作っておいたのである。

〔抵抗〕〔確立〕

 ミナルーシュは立て続けに〔反逆者Rebellion〕の〔スキル〕を二つ発動させる。

 任意の〔スキル〕もしくは〔状態異常〕の効果を一分間無効化する〔抵抗〕によって〔魔術規制〕の〔魔術補正値〕の低下をなくして。

 『〔奴隷所有権〕が関係する〔スキル〕の数』と同じ点数だけ〔魔術補正値〕を上昇させる〔確立〕により、元に戻した〔魔術補正値〕にさらに6点上昇させる。これにより〔効果〕の数値だけでも7.9に至る。

〈この手の歪みを槍と放ち全てを捩じり穿つ〉

 ミナルーシュは他のプレイヤーもいないので遠慮なく切り札を〔詠唱〕する。

 その手の内に呼び出された歪みは槍の形を取り、ミナルーシュは体を槍投げ選手の完全なフォームさながらに体を弓代わりに引き絞る。

 その〔魔術〕の〔効果〕、つまりダメージ量は〔魔導書〕記載によれば九千を越えて、さらに〔秩序特攻〕により1.3倍になり、そしてさらに〔抵抗力無視〕であるために相手はステータスでダメージを減少させることもできない。

 その凶器を構えて、ミナルーシュの瞳は薄暗く灯り、もがいてはクシャナの影に無様に足を取られる天使を見据える。

 そんな相手に、ミナルーシュが攻撃を外す理由なんてありはしなかった。

『〔下級天使〕を倒しました。

 ミナルーシュが〔反逆の烙印〕を取得しました。

 ミナルーシュが【馥郁ふくいくな花】を100個取得しました。

 ミナルーシュが【永久の雪】を100個取得しました。

 ミナルーシュが【滴る月光】を100個取得しました。

 ミナルーシュの〔反逆者〕が13レベルに上昇しました。

 ミナルーシュの〔視者〕が8レベルに上昇しました。

 クシャナが【馥郁な花】を100個取得しました。

 クシャナが【永久の雪】を100個取得しました。

 クシャナが【滴る月光】を100個取得しました。

 ルゥジゥが【馥郁な花】を20個取得しました。

 ルゥジゥが【永久の雪】を20個取得しました。

 ルゥジゥが【滴る月光】を20個取得しました』

 無機質なシステムメッセージが砕け散った〔下級天使〕が確かに倒されたと告げるのを聞いて、ミナルーシュは力強く天に向けて握り拳を突き上げた。

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